滋賀県彦根市、琵琶湖の東岸にそびえる彦根城。
現存天守を持つ日本12城の一つであり、さらに天守・附櫓・多聞櫓が国宝指定されている、極めて格式の高い城です。
しかし彦根城の本質は、単なる美しい城ではありません。
それは、**徳川幕府二百六十年の安定を陰で支え続けた「政治の城」**でした。
本記事では、彦根城の成立、井伊氏の役割、城郭構造、国宝天守の特徴、そして保存の背景まで、時間をかけて詳しく解説します。
彦根城の基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 城名 | 彦根城 |
| 所在地 | 滋賀県彦根市金亀町 |
| 築城 | 1604年着工、1622年完成 |
| 築城主 | 井伊直継・井伊直孝 |
| 城郭形式 | 梯郭式平山城 |
| 天守 | 現存天守(三重三階) |
| 指定 | 国宝(天守・附櫓・多聞櫓) |
彦根城築城の背景 ―― 関ヶ原の勝者の城
石田三成の居城・佐和山城の廃城
彦根城の歴史は、関ヶ原の戦い(1600年)から始まります。
関ヶ原で敗れた西軍の主将・石田三成の居城が、近隣の佐和山城でした。
徳川家康は、
- 三成の拠点をそのまま使うことを嫌い
- 新たな城を築き、支配を明確に示す
ため、佐和山城を廃し、新城として彦根城を築くことを決断します。
城主・井伊氏の特別な立場
彦根城主に選ばれたのは、井伊直政の後継である井伊氏です。
井伊直政は、
- 徳川四天王の筆頭格
- 関ヶ原の戦いで先鋒を務めた猛将
であり、徳川家中でも別格の存在でした。
その後、井伊家は代々、
- 譜代大名の筆頭
- 幕府要職(大老)を輩出
する、徳川政権の中枢を担う家となります。
彦根城は、まさにその象徴でした。
彦根城の立地 ―― 交通と軍事の要衝
琵琶湖と中山道を押さえる
彦根城が築かれた場所は、
- 琵琶湖水運
- 中山道
- 北陸道
が交差する、日本有数の交通要衝です。
ここを押さえることは、
- 京都防衛
- 西国大名の監視
という、幕府にとって死活的な意味を持っていました。
城郭構造 ―― 防御と権威を兼ね備えた城
梯郭式平山城
彦根城は、金亀山(こんきやま)と呼ばれる丘陵を利用した梯郭式平山城です。
- 山頂に本丸
- 麓に二の丸・三の丸
- 段階的に郭を配置
これにより、
- 攻めにくく
- 城下町を統制しやすい
構造となっています。
佐和山城の遺構を再利用
彦根城の築城では、
- 佐和山城
- 近江国内の廃城
から、天守・櫓・石垣などが移築・転用されました。
そのため彦根城は、
戦国城郭の要素と、江戸城郭の整備性を併せ持つ城
という、独特の性格を持っています。
国宝天守 ―― 小ぶりだが完成度の極み
天守の基本構造
彦根城天守は、
- 三重三階
- 層塔型天守
で、決して巨大ではありません。
しかし、
- 建築的完成度
- 意匠の洗練
- 防御機能と象徴性の両立
において、日本屈指の名天守と評価されています。
彦根城天守の特徴
① 美しい白漆喰と黒瓦
白と黒の対比が鮮やかで、威厳と清廉さを兼ね備えた外観です。
② 華頭窓(かとうまど)
中国風意匠の窓が配され、大名格の高さを示しています。
③ 破風の多用
- 千鳥破風
- 唐破風
を効果的に配置し、視覚的な変化と権威性を演出しています。
附櫓・多聞櫓 ―― 天守と一体の国宝
彦根城の特筆すべき点は、天守だけでなく附櫓・多聞櫓も国宝であることです。
- 天守+櫓が一体で現存
- 江戸初期の城郭構成をそのまま残す
例は極めて稀で、城郭全体としての完成度が高く評価されています。
馬屋が現存する稀有な城
彦根城には、日本でも数少ない**現存馬屋(重要文化財)**があります。
- 武士が馬をいかに重視していたか
- 軍事拠点としての実態
を、具体的に知ることができる貴重な遺構です。
なぜ彦根城は壊されなかったのか
明治維新後、多くの城が廃城令で破却されました。
しかし彦根城は、奇跡的に破壊を免れます。
その理由として、
- 明治天皇の北陸巡幸の際、保存が決定
- 旧彦根藩士・市民の強い保存運動
- 軍事施設としての再利用価値
などが挙げられます。
結果として、彦根城はほぼ完全な形で江戸城郭を伝える城となりました。
彦根城の見どころまとめ
- 国宝天守+附櫓+多聞櫓
- 徳川譜代筆頭・井伊家の居城
- 交通・軍事の要衝
- 美と実戦を両立した城郭構造
- 馬屋など付属施設の充実
おわりに ―― 彦根城は「徳川政権の縮図」
彦根城は、単なる地方の名城ではありません。
それは、徳川幕府という巨大政権を安定させるために築かれた、政治と軍事の結晶です。
天守の優美さの裏には、
西国大名を睨み、京都を守り、幕府を支え続けた緊張感があります。
静かな城内を歩くとき、
そこには**「戦わずして勝つ」徳川政治の思想**が、確かに息づいています。
彦根城は、
江戸時代そのものを体現する城なのです。

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