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【お城めぐり】松江城 ―― 水都を見下ろす“最後の現存天守”

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【お城めぐり】
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島根県松江市の中心部、宍道湖と中海を結ぶ水路に囲まれてそびえる松江城
現存天守をもつ日本12城の一つであり、江戸時代初期に築かれた最後の現存天守として知られています。

黒々とした下見板張りの外観と、広大な水堀。
松江城は、水と陸の防御を融合させた完成度の高い平山城です。

本記事では、松江城の築城背景から、堀と城下町、国宝天守の建築的特徴、そして茶の湯文化まで、時間をかけて詳しく解説します。


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松江城の基本データ

項目内容
城名松江城
別名千鳥城
所在地島根県松江市殿町
築城1607年着工、1611年完成
築城主堀尾吉晴
城郭形式輪郭式平山城
天守現存天守(望楼型・四重五階)
指定国宝(天守)

松江城

石垣 ハート石垣

松江城の成立 ―― 出雲国の新たな支配拠点

堀尾吉晴と出雲入封

関ヶ原の戦い後、出雲国に入封したのが**堀尾吉晴(ほりお よしはる)**です。

  • 豊臣政権下では羽柴秀吉に仕え
  • 関ヶ原では東軍に参加
  • 徳川政権下で出雲24万石を与えられる

吉晴は、それまでの拠点であった月山富田城が、

  • 山城で統治に不向き
  • 城下町形成に不利

であることから、平地に新城を築くことを決断しました。


水の都・松江という選択

松江城の立地は、

  • 宍道湖
  • 中海
  • 大橋川

に囲まれた天然の要害です。

水運を活かし、

  • 物資輸送
  • 防御
  • 城下町経営

を同時に成立させる、近世的な都市構想がここにありました。


城郭構造 ―― 水堀に守られた輪郭式城郭

輪郭式平山城

松江城は、

  • 本丸を中心
  • 二の丸・三の丸を同心円状に配置

する輪郭式平山城です。

これにより、

  • 防御線を幾重にも構築
  • 攻城側の侵入経路を制限

しています。


水堀の活用

松江城最大の特徴は、広大な水堀です。

  • 城の外周をほぼ完全に囲む
  • 現在も水を湛えた状態で保存

水堀は、

  • 防御
  • 城下の排水
  • 水運

を兼ねる、多機能インフラでした。


国宝天守 ―― 実戦と象徴を両立した構造

天守の基本構造

松江城天守は、

  • 四重五階
  • 望楼型天守

という構成です。

外観は重厚、内部は実戦的で、
戦国の名残を色濃く残した天守と評価されています。


千鳥破風と外観美

松江城天守の別名は千鳥城

  • 千鳥破風を多用
  • 屋根が重なり合う外観

が、千鳥が羽ばたく姿に見えることから、この名が生まれました。


防御を意識した内部構造

急勾配の階段

松江城の天守内部には、

  • 非常に急な階段
  • 狭い通路

が多く見られます。

これは、侵入者の動きを制限する防御設計です。


鉄砲戦への対応

  • 鉄砲狭間
  • 矢狭間

が適切に配置され、
戦国末期の戦闘様式に対応しています。


松江城と茶の湯文化

城主・松平治郷(不昧公)

江戸中期、松江藩主となった**松平治郷(不昧公)**は、

  • 大名茶人
  • 出雲流茶道の祖

として知られています。

彼の治世により、

  • 茶室
  • 和菓子文化
  • 城下町の文化水準

が飛躍的に高まりました。

松江が「茶の湯の町」と呼ばれる背景には、松江城の存在があります。


松江城が壊されなかった理由

明治維新後、多くの城が破却されましたが、松江城は、

  • 天守が比較的新しく
  • 軍事施設として再利用可能
  • 市民による保存意識

といった理由から、破却を免れました

2015年には、天守が国宝指定され、
その価値が改めて国に認められました。


松江城の見どころまとめ

  • 国宝指定の現存天守
  • 最後に築かれた現存天守
  • 広大な水堀と水都構造
  • 戦国的防御と江戸的象徴性
  • 茶の湯文化と城下町の融合

おわりに ―― 松江城は「水と共に生きる城」

松江城は、
戦うための城であり、治めるための城であり、文化を育む城です。

水に囲まれ、
水を使い、
水と共に繁栄した松江の中心に、今もその姿を留めています。

天守から宍道湖を望むとき、
そこには、戦国から江戸へと移り変わる日本の歴史が、静かに流れています。

松江城は、
“水都・松江”の心臓部なのです。

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