【伝説図鑑】利修仙人|鳳来寺山を開いた不老不死の修験者【愛知・新城市】

愛知県新城市――
霊山「鳳来寺山(ほうらいじさん)」の深い森にこだまする静寂。
その奥深くに、千年以上の昔から“仙人”が住んでいたという伝説が残されています。

その名は――利修仙人(りしゅうせんにん)
神通力をもち、不老不死といわれたこの人物は、鳳来寺の開山祖として今なお崇敬を集めています。


■利修仙人とは?

項目内容
名称利修仙人(りしゅうせんにん)
活動時期養老元年(717年)ごろと伝えられる
信仰修験道、山岳信仰、薬師信仰
主な事績鳳来寺山の霊鳥の導きにより開山、鳳来寺を建立
特徴神通力・飛行術・病気平癒の霊力を持つと伝承

利修仙人は史実上の人物ではなく、山岳信仰の中で語り継がれる“霊人”、あるいは“聖者”として扱われています。


■鳳来寺山開山の伝説|霊鳥の導きと薬師如来の啓示

ある日、利修仙人が鳳来の地を歩いていると、どこからともなく**黄金の霊鳥(ほうおうとも言われる)**が現れ、山中へと導いたといいます。
仙人がその後を追ってたどり着いたのが、現在の鳳来寺山山頂付近。

そこで、薬師如来の光明を浴び、神託を受けた仙人は、この地に薬師如来を本尊とする寺を建立します。
これが、今日まで続く「鳳来寺」の始まりです。


■神通力を持つ仙人|伝説的なエピソードの数々

利修仙人には、さまざまな霊験の逸話が語られています。

◎空を飛んで移動した

「仙人」と呼ばれるにふさわしく、空を舞う神通力を持っていたとされます。鳳来寺山を飛び立ち、遠く伊勢の山まで瞬時に移動したという伝説も。

◎病を治す力

仙人が唱える真言や祈祷には、病を癒す力があったと伝えられ、里人たちの信仰を集めました。特に目の病にご利益があるとして、薬師信仰と結びつきます。

◎不老不死の体

利修仙人は「老いず、死なず」とも語られています。山に籠もり、**自然と一体となって“仙人化”**した存在として崇められました。

鳳来寺の奥の院には、今も「利修仙人の入定窟(にゅうじょうくつ)」とされる岩屋が残り、霊気が漂っています。


■徳川家康誕生との関係

利修仙人が開いた鳳来寺は、後に徳川家康誕生の祈願所として知られるようになります。

家康の母・於大の方が、この寺に祈願したことで男子を懐妊し、家康が誕生したという逸話があります。
この伝説が、後の**鳳来山東照宮建立(1651年)**につながる重要な布石ともなりました。

つまり、利修仙人の信仰が、徳川幕府の成立をも導いた――とすら考えられるのです。


■利修仙人の今|現代に息づく信仰と文化

現在でも、利修仙人の存在は以下の形で伝えられています:

  • 鳳来寺奥の院:仙人が修行した洞窟が今も信仰の対象に
  • 目の病に効くご祈祷:薬師如来の力と仙人の霊験が融合
  • 地元の子どもたちが歌う「仙人まつり」の伝承歌も

また、鳳来寺山は登山客やパワースポットファンにも人気で、利修仙人の名前は登山道の標識や案内にも登場します。


■まとめ|山に宿る霊と、祈りをつなぐ存在

利修仙人は、実在が証明されているわけではありません。
しかし、彼の名と霊験は、1000年以上にわたって人々の祈りと信仰の中で生き続けてきました

  • 自然の中で生き、神仏と交わり
  • 人々の病を癒し
  • 歴史を動かす力を持った存在――

まさに、日本的な“仙人像”の象徴といえる人物です。

鳳来寺山を訪れたときには、ぜひその空気の中に仙人の気配を感じてみてください。
自然、信仰、そして伝説が溶け合う、東海地方屈指の“霊の山”が、あなたを待っています。

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