【古事記・人代編①】初代・神武天皇から応神天皇までの治世と英雄伝

『古事記』は、上巻の神話時代から中巻の**人代(じんだい)**へと移ります。人代とは、天孫降臨の系譜を受け継いだ天皇が、実際に地上を治める時代です。

中巻では、日本の国家としての基盤が固められていく過程が、伝説的な英雄たちの物語を交えてドラマチックに語られます。


1. 初代 神武天皇(じんむてんのう)の東征と即位

神武天皇は、前回の物語の主人公である山幸彦(火遠理命)の孫にあたります。彼は、日本の統一国家を確立するために、日向(ひむか)の地から東へ向かう遠征を決意します。

① 東征(とうせい)の旅

神武天皇の一行は、現在の宮崎県から船団を率いて瀬戸内海を東へ進みます。この東征の目的は、豊かで安定した統治の拠点として、大和の地(現在の奈良県)を目指すことでした。

道中、八咫烏(やたがらす) という三本足の神の使いに導かれたり、現地の抵抗勢力との激しい戦いを経験したりします。

② 大和での苦難と勝利

大和に入る際、長髄彦(ながすねひこ)という強力な豪族に阻まれ、戦いに敗北するという苦難も経験しますが、神武天皇は天照大御神から授けられた**霊剣(布都御魂:ふつのみたま)**などの神威に助けられ、ついに長髄彦を討ち破ります。

最終的に大和を平定した神武天皇は、**橿原宮(かしはらのみや)**で即位します。これをもって、日本の建国と天皇による統一支配の始まりとされています。


2. 欠史八代(けっしはちだい)と初期天皇の治世

神武天皇に続く第二代から第九代までの天皇(綏靖天皇から開化天皇)の時代は、**「欠史八代(けっしはちだい)」**と呼ばれます。

  • 「欠史」の理由:古事記には系譜や后妃の名は記されていますが、治世中の具体的な事績やエピソードがほとんど記述されていません。
  • 歴史的意味:この時代は、実在の信憑性について様々な議論がありますが、伝承や記録が失われたか、あるいは後の世に系譜を整えるために挿入された時代だと考えられています。この時代を経て、徐々に大和王権の基盤が確立されていったと推測されます。

3. 英雄の時代:ヤマトタケルノミコトの物語

第十二代**景行天皇(けいこうてんのう)の皇子である倭建命(ヤマトタケルノミコト)**は、古事記中巻における最大の英雄であり、その物語は日本神話の中でも特に有名です。

① 熊襲(くまそ)征伐と「ヤマトタケル」の名の由来

ヤマトタケルノミコトは、父である景行天皇から、九州南部にいた強大な豪族**熊襲(くまそ)**の征伐を命じられます。

彼は女装して熊襲の首領の宴会に潜入し、油断させたところで首領二人を討ち取ります。この時、首領の一人から「お前は真に強い。お前の名(小碓命:おうすのみこと)ではなく、**ヤマトタケル(大和の勇者)**と名乗るがよい」と言われ、この名を得ました。

② 東国平定と草薙剣(くさなぎのつるぎ)

次に、ヤマトタケルは東国(関東地方)の平定を命じられます。伊勢神宮に立ち寄った際、叔母である**倭比売命(やまとひめのみこと)から、前回スサノオがオロチの尾から取り出した草薙剣(くさなぎのつるぎ)**を授けられます。

道中、相模国(現在の神奈川県)で野火に囲まれた際、ヤマトタケルはこの草薙剣で周りの草を刈り、さらに火を打ち返して難を逃れました。これが「草薙(草を薙ぐ)」という名の由来となりました。

③ 妻オトタチバナヒメの犠牲

東征の帰り道、ヤマトタケルが走水海(はしりみずのうみ、東京湾付近)を渡ろうとした際、荒波に阻まれます。

これに対し、妻の弟橘比売命(オトタチバナヒメノミコト) は、「これは荒ぶる海の神の怒りである」として、夫の代わりに自ら海に身を投じます。彼女の犠牲により海は鎮まり、ヤマトタケルは無事に渡ることができました。

④ 敗北と最期

東国平定後、ヤマトタケルは伊吹山(いぶきやま)の神を討伐しに向かいます。しかし、剣を置いたまま丸腰で向かったため、伊吹山の神の起こした氷の雨と霧にやられて病に倒れます。

ヤマトタケルは故郷の大和を目指しますが、力尽きて**能煩野(のぼの)で亡くなります。彼の魂は白鳥(しらとり)**となって天に昇っていったと語り継がれています。


4. 神功皇后(じんぐうこうごう)と応神天皇

ヤマトタケルの後、古事記中巻のクライマックスとして描かれるのが、第十四代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の皇后である神功皇后(じんぐうこうごう) の伝承です。

  • 朝鮮半島への遠征:神功皇后は、仲哀天皇の崩御後、お腹に応神天皇を宿したまま、新羅(しらぎ、朝鮮半島の国)を征伐したという伝説的な遠征(三韓征伐)を行ったとされています。
  • 応神天皇の誕生:遠征から帰国後、皇后が生んだのが、第十五代**応神天皇(おうじんてんのう)**です。
  • 応神天皇の治世:応神天皇の治世は、朝鮮半島や中国大陸との交流が深まり、渡来人(とらいじん)によって文字や技術が伝来するなど、日本の文化が大きく発展した重要な時代とされています。

応神天皇の時代をもって、古事記の中巻は結ばれます。中巻は、神話の延長線上にありながら、英雄の登場と、国家の領域を広げる戦いの記録が主となり、古代国家の力強い勃興期を伝えるものとなっています。

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