『古事記』上巻の冒頭には、日本の国土と神々がどのようにして誕生したのか、その根源的な物語が描かれています。それは、すべてが混沌とした状態から始まり、やがて一組の夫婦神が壮絶な体験を経て日本列島を創り上げていく、壮大な創造神話です。
ここでは、「天地開闢(てんちかいびゃく)」から「イザナミの死と黄泉の国訪問」まで、日本の神話の幕開けを詳しく解説します。
1. 天地開闢(てんちかいびゃく):宇宙の始まり
物語は、世界がまだ**「混沌」**としており、天と地が分かれていない状態から始まります。
やがて、軽くて清らかなものが上に昇り**「高天原(たかまがはら)」(天上の世界)となり、重くて濁ったものが下に留まり「葦原中国(あしはらのなかつくに)」**(地上の世界)となりました。
別天神(ことあまつかみ)の誕生
この高天原に、最初に現れたのが**「別天神(ことあまつかみ)」**と呼ばれる特別な五柱の神々です。
- 天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ):宇宙の根源とされる、最も尊い最高神。
- 高御産巣日神(タカミムスビノカミ):生成力を象徴する神。
- 神産巣日神(カミムスビノカミ):生成力を象徴する神。
- 宇麻志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)
- 天之常立神(アメノトコタチノカミ)
これらの神々は、姿を現したと思ったらすぐに身を隠してしまい、世界の創造をイザナキ・イザナミに託します。彼らは世界の根源を象徴する、特別な存在です。
2. 国生み神話:イザナキ・イザナミの誕生と国土創造
別天神の後に現れた神々の中で、最も重要な役割を担うのが、**伊邪那岐神(イザナキノカミ)と伊邪那美神(イザナミノカミ)**の兄妹(夫婦)です。
① 天命と天沼矛(あまのぬぼこ)
高天原の神々(天つ神)は、まだ漂っているだけの不安定な地上を見て、イザナキとイザナミに対し、「漂っている国土をしっかりと作り固めよ」という命令(天命)を与え、**「天沼矛(あまのぬぼこ)」**を授けます。
二神は天浮橋(あまのうきはし)に立ち、この矛を混沌とした海に突き刺してかき回します。矛を引き上げると、先端から滴り落ちた塩が固まり、最初の島、**淤能碁呂島(おのごろじま)**が誕生しました。
② 失敗からの再挑戦:国生み
この淤能碁呂島に降り立った二神は、結婚して国土を生む「国生み」を始めます。
- 最初の失敗:結婚の儀式で、女性であるイザナミから先に声をかけたため、最初に生まれた子は**水蛭子(ひるこ)**という不具の子でした。この子は葦の船に乗せて流されてしまいます。
- 天の神の教え:失敗の原因を天上の神に問うと、「男神から先に声をかけよ」という指示を受けます。
- 日本の誕生:正しい手順で儀式を行い直すと、淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州(大八島:おおやしま)を次々と生み出します。こうして、私たちが住む日本列島が形作られました。
3. 神生みと悲劇:イザナミの死
国土の創造を終えた二神は、次に自然の神々(山、海、川、風など)を生み出す「神生み」に取り掛かります。
多くの重要な神々が誕生する中、物語最大の悲劇が起こります。
火の神の誕生と死
最後に、火を司る火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)を生んだ際、イザナミはその炎で大やけどを負い、それが原因で死んでしまいます。
イザナミが死の苦しみの中で生んだ神々もいますが、イザナキは愛する妻を失った悲しみと怒りから、生まれたばかりの火の神カグツチを剣で斬り殺してしまいます。この時、カグツチの体から流れた血や、斬られた体の一部からも、多くの神々が誕生しました。
4. 嘆きと別れ:イザナキの黄泉(よみ)の国訪問
イザナミの死を受け入れられないイザナキは、妻を取り戻すため、死者が行く地下の国**「黄泉の国(よみのくに)」**へと向かいます。
禁断の約束
黄泉の国で再会したイザナキに対し、イザナミは「私はすでに黄泉の国の食べ物を食べてしまった。ここに留まらなくてはならない」と告げます。しかし、イザナミは「どうか、私の姿を見ないでください」と頼み、黄泉の神に相談するために奥へ入ります。
逃走と決別
待ちきれなくなったイザナキは、自分の櫛の歯に火を灯して中を覗いてしまいます。
そこにいたのは、腐敗してウジが湧き、恐ろしい**八雷神(やくさのいかづち)**がまとわりついた変わり果てたイザナミの姿でした。
約束を破られたイザナミは激怒し、黄泉の国の醜女(しこめ)たちや雷神を差し向けてイザナキを追いかけます。イザナキは必死で逃げ、黄泉の国の入り口である**黄泉比良坂(よもつひらさか)**までたどり着き、巨大な岩で道を塞ぎます。
岩を隔てた二神は、永遠の別れを告げます。
- イザナミの呪い:「私はあなたの国の人々を、日に千人殺すでしょう」
- イザナキの応え:「それならば、私は日に千五百の産屋を建てよう」
この誓いによって、黄泉の国(死の世界)と現世(生の世界)が決定的に分離されました。そして、一日に必ず死者が出るが、それ以上に多くの生命が誕生するという、「生と死」のサイクルが定まったのです。
この壮絶な物語は、古事記が語る日本の神話と、その後の神々の物語の原点となっています。

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