前回の物語で、須佐之男命(スサノオノミコト)は出雲の地に降り立ち、その子孫こそが、地上世界「葦原中国(あしはらのなかつくに)」を治める英雄神、**大国主神(オオクニヌシノカミ)**です。
オオクニヌシは多くの試練を乗り越え、荒々しかった地上を平和な国へと作り上げますが、やがて天上(高天原)からの命令により、その国を明け渡すという重大な決断を迫られます。
1. 苦難と成長:オオクニヌシの神話
オオクニヌシは、多くの兄弟神(八十神:やそがみ)たちにいじめられ、幾多の苦難を経験しながら成長します。
① 因幡(いなば)の白兎
オオクニヌシがまだ兄弟たちの荷物持ちとして旅をしていた時、傷ついて泣いている一匹の兎に出会います。これが有名な「因幡の白兎」の物語です。
兄弟神たちは、兎に嘘の治療法を教えてさらに苦しめますが、オオクニヌシは正しい方法(真水で体を洗い、蒲の穂を敷いて寝る)を教えます。兎の傷は治り、その兎はオオクニヌシに、**「あなたこそが美人である八上比売(やかみひめ)と結婚し、この国を治めるでしょう」**と予言します。
② 根の国での試練
この予言通り、オオクニヌシが八上比売と結婚したことに嫉妬した兄弟神たちは、彼を二度にわたって殺害しようとします。オオクニヌシは母神の助けを得て逃げ出し、父方の祖先であるスサノオノミコトが治める**根之堅洲国(ねのかたすくに、地下の国)**へと向かいます。
根の国で、オオクニヌシはスサノオの娘である**須勢理毘売命(スセリビメノミコト)**と出会い、恋に落ちます。
スサノオはオオクニヌシを認めず、次々と危険な試練(蛇のいる部屋、ムカデのいる部屋での宿泊、広野での火攻めなど)を与えますが、スセリビメの助けと知恵によって全てを乗り越えます。
最終的に、スサノオが昼寝をしている隙に、オオクニヌシはスサノオの**「生大刀(いくたち)」と「生弓矢(いくゆみや)」、そして琴**を奪い、スセリビメと共に根の国から脱出します。
この**「大国主」の名を授けられ、武具を得たことで、オオクニヌシは地上に戻り、ついに兄弟神たちを打ち破って葦原中国の統治者**となりました。
2. 葦原中国(あしはらのなかつくに)の国造り
地上を統一したオオクニヌシは、国を安定させ、人々の生活の基盤を整える「国造り」を進めます。
彼は、疫病や災害から人々を守る神、産業や医療の神として信仰を集め、現在の**出雲大社(いずもたいしゃ)**に祀られているように、豊かで平和な国を築き上げました。
しかし、この豊かな地上世界は、天上界にとって無視できない存在となっていきました。
3. 天上の計画:アマテラスによる「国譲り」要求
高天原(たかまがはら)を治める天照大御神(アマテラスオオミカミ) は、「この葦原中国は、我が子孫が治めるべき国である」と考えます。
そこで、オオクニヌシに対し、地上世界の支配権を天上(天つ神)に譲るように要求する「国譲り」の交渉が始まります。
① 度重なる使者の派遣
アマテラスは、数柱の神を使者として地上に送りますが、交渉は難航します。
- 最初に派遣された神はオオクニヌシに懐柔され、任務を忘れ地上に住み着いてしまいます。
- 次に派遣された**天若日子(アメノワカヒコ)**も、オオクニヌシの娘と結婚し、8年間も報告を怠ります。
② 武神タケミカヅチの降臨
度重なる失敗に業を煮やしたアマテラスは、武勇に優れた二柱の神、**建御雷神(タケミカヅチノカミ)**と天鳥船神(アメノトリフネノカミ)を最後の使者として派遣します。
タケミカヅチは、出雲の稲佐の浜に降り立ち、十拳剣(とつかのつるぎ)の切っ先を波の上に突き立てて 、オオクニヌシに強く国譲りを迫りました。
オオクニヌシは、すぐに返事をせず、自分の二人の息子に判断を委ねます。
- 事代主神(コトシロヌシノカミ):「この国は、天つ神の御子に献上いたしましょう」と答え、自ら海中に青い布をかぶって隠れてしまいます。
- 建御名方神(タケミナカタノカミ):譲渡に反対し、タケミカヅチに力比べを挑みます。しかし、タケミカヅチの神威の前に敗れ、信濃国(現在の長野県)まで逃げ落ち、そこで降伏します。
④ 国譲りの成立
息子たちの承諾を得たオオクニヌシは、ついに国譲りに応じます。
その代償として、**「私が住むための、天つ神の御子(天皇の祖先)の御殿と同じくらい立派な宮殿」**を建ててくれることを要求しました。
この要求が聞き入れられ、オオクニヌシは地上世界の支配権を天つ神に譲り、自身は静かに神々の世界(後の出雲大社)に隠居します。
これをもって、地上の統治権はアマテラスの子孫(天皇家)へと移譲されることが確定し、次の「天孫降臨」の準備が整うのです。

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