【書物図鑑】『古事記』創造と破壊の連鎖:「神産みと悲劇」の詳細解説

『古事記』の神話は、伊邪那岐命(イザナギ)と伊邪那美命(イザナミ)による国生み(国土の創造)を終えた後、彼らが世界を司る具体的な神々を生み出す「神産み(かみうみ)」の段階へ進みます。

しかし、この創造の営みは、日本の神話史上最も劇的な悲劇へと繋がります。この記事では、神産みの詳細と、世界を大きく変えたその悲劇について解説します。


1. 国土を司る神々の誕生

イザナギとイザナミは、大八島国(日本列島)を産み終えた後、その国土を実質的に運営・維持していくための神々を次々と生み出します。

この神産みで生まれた神々は、自然の力生活の基盤を司る存在たちです。

神々のカテゴリ主な神様(例)司るもの
家宅の神屋船久久能遅神(やふねくくのちのかみ)など家屋、建築、木材
自然の神志那都比古神(しなつひこのかみ)
大山津見神(おおやまつみのかみ)
大綿津見神(おおわたつみのかみ)
水辺の神闇淤加美神(くらおかみのかみ)など谷や水の流れ、雨

このように、世界のありとあらゆる現象や要素が、神々の具体的な働きによって成り立っていることが示されます。創造の営みは順調に進み、世界は豊かになっていきました。


2. 創造の頂点、そして悲劇の始まり

神産みの最後に、イザナギとイザナミはを司る神を生もうとします。

生まれてきたのは、火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)です。

しかし、火の神はあまりにも強大な存在でした。イザナミは、ヒノカグツチを産む際にその炎に焼かれて重い病にかかり、苦しみます。

苦しみから生まれた神々

イザナミが床に臥して苦しむ最中、彼女の排泄物や吐瀉物からも神々が誕生します。これは、死の淵においてもなお、命を生み出し続ける神の力を示す描写です。

  • 金山毘古神・金山毘売神:鉱山や金属の神
  • 弥都波能売神(みつはのめのかみ):水の神(病気を治す水)
  • 和久産巣日神(わくむすひのかみ)と豊受毘売神(とようけびめのかみ)など:食物に関する神

しかし、これらの神々が生まれても、イザナミの苦痛は和らぎません。そしてついに、伊邪那美命は亡くなってしまい、出雲の国と伯伎国(伯耆国)の境にある比婆の山に葬られます。


3. 伊邪那岐命の怒りと報復

愛する妻、イザナミを失ったイザナギの悲しみと怒りは甚大なものでした。

イザナギは、この悲劇の原因を作ったのが、生まれたばかりの火之迦具土神であると考えます。

怒りの剣:十拳剣(とつかのつるぎ)

激昂したイザナギは、腰に差していた十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き、ヒノカグツチの首をはねて殺してしまいます。

この報復の行為は、神話の構成上、非常に大きな意味を持っています。創造の神であるイザナギが、初めて破壊(殺害)という行為を行った瞬間だからです。

殺害から生まれた神々

ヒノカグツチの殺害は、単純な復讐で終わりません。その血や体からも、多くの神々が誕生するのです。

  • 血から生まれた神々:岩の神、水の神、雷の神など、八柱の神々。これらは、剣から滴る血や体から飛び散った血から生まれています。
  • 死体から生まれた神々:ヒノカグツチの死体は、山や谷の神々、つまり具体的な地形を司る神々(正木山津見神など)に変わっていきました。

この一連の出来事を通じて、『古事記』は「破壊や死からも、新しい創造が生まれる」という、命の循環と変容の思想を示しているとも言えます。


4. 次の舞台へ:「黄泉の国」訪問

愛する妻の死と、自らの手による子の殺害という深い悲劇を背負ったイザナギは、次の行動に出ます。

「国は生み終えたが、最も大切な妻を失ってしまった。彼女を取り戻さなくては」

イザナギの悲痛な願いは、彼を死者の世界、黄泉の国(よみのくに)へと向かわせます。この「神産みと悲劇」のエピソードは、次の「黄泉の国訪問」という、さらに緊迫した神話への、決定的な導入部となっているのです。

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