愛する妻、伊邪那美命(イザナミ)を黄泉の国(よみのくに)に残し、現世へ帰還した伊邪那岐命(イザナギ)。
この「黄泉の国訪問」は、イザナギに深い悲しみと、死の国が持つ「穢れ」を残しました。この穢れを清めるために行われた行為こそが「禊(みそぎ)」であり、この儀式こそが、日本の最高神である天照大御神(アマテラスオオミカミ)をはじめとする、最も尊い神々「三貴子(さんきし)」を生み出す舞台となります。
この記事では、この神話における重要な転換点、「禊と三貴子の誕生」について詳しく解説します。
1. 黄泉の穢れと禊の必要性
イザナギは黄泉の国から帰還した後、「私はなんと醜く穢れた国へ行ってしまったのだろう」と深く嘆きました。
死者の国である黄泉は、穢れ(けがれ)と恐怖の象徴です。その穢れを負ったままでは、現世(うつしよ)の統治を続けることも、次の創造をすることもできません。
イザナギは、穢れを清めるため、筑紫(つくし)の日向の橘の小門(たちばなのおど)の阿波岐原(あわぎはら)という場所に赴き、水に入って体を洗い清めるという儀式、すなわち禊祓い(みそぎはらえ)を行います。
2. 穢れと浄化から生まれた神々
イザナギが禊を行った際、彼の身につけていた装飾品や衣服、そして体から流れる水から、次々と神々が誕生します。
装備品から生まれた神々
イザナギが脱ぎ捨てた杖、帯、衣服などからも、土地や道、そして災いから身を守る道の神(岐の神)などが生まれます。
穢れと浄化の神々
最も重要なのは、体を水で清める過程で生まれた神々です。
| 誕生の契機 | 神々のカテゴリ | 司るもの |
| 黄泉の穢れが原因で誕生 | 禍津日神(まがつひのかみ) | 災厄、災難を司る神 |
| 穢れを正す力として誕生 | 直毘神(なおびのかみ) | 禍(まが)を直し、穢れを浄化する神 |
| 水の底で体を洗った時 | 底津綿津見神(そこつわだつみ)など | 住吉三神(すみよしさんじん)を含む、航海や海上安全を守護する神 |
禊の過程で、穢れそのもの(禍津日神)と、それを打ち消し浄化する力(直毘神)が生まれるという描写は、「禊祓い」という行為の重要性と、古代日本の清浄に対する思想を深く示しています。
3. 日本の最高神、三貴子(さんきし)の誕生
すべての穢れを洗い清め、最後にイザナギが顔を洗った時、ついに神話の主役となる、最も尊い三柱の神々、三貴子(さんきし)が誕生します。
| 神名(読み) | 誕生の瞬間 | 役割・神格 |
| 天照大御神(アマテラスオオミカミ) | 左の目を洗った時 | 太陽の神。光の根源であり、高天原の主宰神となる。 |
| 月読命(ツクヨミノミコト) | 右の目を洗った時 | 月の神。夜を司り、アマテラスに次ぐ貴い存在。 |
| 須佐之男命(スサノオノミコト) | 鼻を洗った時 | 海原を司る神。後に高天原を追放され、地上へ降りる。 |
🌐 三貴子への役割分担
イザナギは、この三柱の神々を見て大変喜び、それぞれに世界の統治を命じました。
- アマテラス大御神には、最も神聖な場所である高天原(たかまがはら)の統治を命じ、
- ツクヨミ命には、夜の食国(よるのおすくに、夜の世界)の統治を命じ、
- スサノオ命には、海原(うなばら)の統治を命じました。
これにより、イザナギは国生み・神産みという自身の使命を終え、日本の神話の世界は、いよいよアマテラスを中心とする新しい世代の神々による統治へと移行していくことになります。
💡 この神話が持つ意味
「禊と三貴子の誕生」のエピソードは、日本の神話において以下の重要な意味を持ちます。
- 天皇家の祖神の確定: アマテラスは、後に日本の皇室の祖神(天照大御神は太陽神であり、天皇の祖先神)となります。
- 浄化の思想: 禊によって穢れを清めるという行為は、現代の神社参拝の際の手水舎(てみずや)などにも受け継がれる、日本の根幹的な清浄思想の起源です。
- 神話の移行: イザナギ・イザナミの世代の創造神話が終わり、アマテラス・スサノオの世代の統治・秩序の神話へと物語が引き継がれる転換点となっています。
次に語られるのは、スサノオの**「海原を治めずに泣きわめく」**という反抗と、それによって引き起こされる高天原での大事件です。

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