現存する風土記~日本に5つのみ現存する古代誌

「風土記(ふどき)」とは、一般には地方の歴史や文物を記した地誌を指しますが、特に日本の奈良時代に、元明天皇の詔(みことのり)により、諸国に編纂・献上させた古代の地誌を指します。

和銅6年(713年)に誌された詔では、主に以下の5項目を調査・報告するよう命じられました。

  1. 郡郷名を**好字(漢字2字)**にして記載すること
  2. 郡内の動植物や鉱物資源の目録を記載すること
  3. 土地の肥沃な状態を記載すること
  4. 山川原野の地名の由来を記載すること
  5. 古老から伝わる旧聞異事(神話・伝承など)を記載すること

現存する「五風土記」

律令制度下の各国で作成された風土記の多くは散逸しましたが、現在、まとまった形で残っているのは以下の五カ国の風土記です。これらを総称して**「五風土記」**と呼びます。

国名(現在の主な地域)特徴
出雲国風土記(島根県東部)ほぼ完本の形で現存する唯一の風土記。編纂者や完成年月日(天平5年・733年)が判明しており、地元の神話が詳細に記されているのが特徴です。
常陸国風土記(茨城県)東国を記述した唯一の風土記。
播磨国風土記(兵庫県南西部)近畿地方で唯一現存する風土記。地名の由来や伝承が多く記されています。
豊後国風土記(大分県)九州地方のものの一つ。
肥前国風土記(佐賀県・長崎県)九州地方のものの一つ。

このうち、『出雲国風土記』だけがほぼ完全な形で残っており、他の四カ国は部分的な欠損や省略がある状態で伝わっています。


風土記の価値と「逸文」

風土記は、当時の地方の行政、地理、産業、文化、そして地名にまつわる古代の伝承や神話を知る上で、『古事記』や『日本書紀』を補完する貴重な史料となっています。

また、上記五カ国以外にも、多くの国の風土記が存在したと考えられていますが、それらは**『釈日本紀』などの後世の書物に断片的に引用される形で残っています。これを「風土記逸文(ふどきいつぶん)」**と呼び、約30カ国分の存在が確認されています。

📘 阿波国風土記の概要と逸文

1. 現存状況

「阿波国風土記」は、出雲国風土記のようにまとまった形で残っておらず、逸文としてのみ確認されています。

一説には、明治初期まで阿波藩(徳島藩)に存在したという伝承もありますが、現在のところ行方はわかっていません。

2. 主な逸文の内容

確認されている逸文は、主に鎌倉時代の文献である**『萬葉集註釋(まんようしゅうちゅうしゃく)』**(仙覚抄)などに引用されて残っています。

逸文からは、当時の阿波国(現在の徳島県)に関する伝承や地名の由来などが垣間見えます。

  • 天の元山(あまのもとやま)の伝承 阿波国に降ってきた大きな山を「天の元山」といい、その山が砕けて大和国(奈良県)に降り付いたものが**「天の香具山(あまのかぐやま)」**であるという壮大な伝承が記されています。
  • 地名の由来
    • 奈佐浦(なさのうら):波の音(ミのメ=止む)がないことから「奈佐」と名付けられたという説。
    • 中湖(なかのみなと):牟夜戸(むやのと)と奥湖(おきのみなと)の中間にあるため、この名が付いたという説。
  • ヤマトタケルノミコトの伝承 **勝間井(かつまいのしみず)という冷水が出た井戸の名の由来として、ヤマトタケルノミコトが大御櫛笥(おおみくしげ)**を忘れた際、阿波の人が櫛笥を「勝間(かつま)」と呼んでいたことにちなむという伝承。

これらの逸文は、阿波国の古代の信仰や文化を知る上で貴重な資料となっています。

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