『古事記』の出雲神話における主人公、大国主神(オオクニヌシノカミ)。彼の物語は、彼が地上世界の主宰神となる以前の、迫害、死、そして根の国での試練という波乱万丈な若き日々から始まります。
この記事では、まだ大穴牟遅神(オオナムヂノカミ)と呼ばれていた彼が、いかにして運命を切り開き、偉大な神へと成長したのかを解説します。
1. 悲運の若き神:八十神(やそがみ)の迫害
物語の主人公、オオナムヂは、スサノオ命の子孫でありながら、自らの八十神(やそがみ)と呼ばれる多くの兄たちからひどい扱いを受けていました。兄たちは皆、出雲の国を支配しようと野心を抱いており、オオナムヂは彼らの荷物持ちや従僕として酷使されていました。
🐇 慈悲の心:「因幡の白兎」
八十神たちが因幡(いなば)の美貌の姫、八上比売(やかみひめ)に求婚するために旅に出た際、一行は海岸で皮を剥がれて泣いている兎を見つけます。
兄たちは意地悪く誤った治療法(海水に浸し風に当てる)を教え、兎をさらに苦しめます。しかし、遅れてやってきたオオナムヂは、すぐに正しい治療法を教え、兎を救いました。
この兎こそが、サメを騙した罪で皮を剥がれた「因幡の白兎」であり、彼を助けたオオナムヂに対し、「八十神は八上比売と結婚できないだろう。あなたは荷物持ちだが、国を治めるでしょう」と予言します。この慈悲の行為こそが、オオナムヂが単なる従僕ではない、国を治める器であることを示しました。
💥 嫉妬による二度の死と蘇生
予言の通り、八上比売はオオナムヂを選びました。嫉妬に狂った八十神たちは、オオナムヂを殺害する計画を立てます。
- 焼き殺し: 兄たちは、オオナムヂを騙して赤く焼けた大岩を受け止めさせ、彼を焼き殺します。
- 圧殺: 再度蘇生したオオナムヂを、兄たちは木の股に挟み込んで圧殺します。
しかし、彼の母である刺国若比売(サシクニワカヒメ)の嘆願により、高天原の神々の命を受けた蚶貝比売(きさがいひめ)と蛤貝比売(うむがいひめ)の神力によって、オオナムヂは二度までも蘇生します。この「蘇りの力」を持つことが、オオナムヂが特別な存在であることを決定づけます。
2. 最終試練:根の国(ねのくに)訪問
兄たちの迫害から逃れるため、オオナムヂは母の助言に従い、父の祖先である須佐之男命がいる地下世界「根之堅洲国(ねのかたすくに、根の国)」へと向かいます。
しかし、スサノオは地上にいる八十神とは比べ物にならないほどの厳しく理不尽な試練をオオナムヂに課します。
スサノオからの苛烈な試練
- 蛇の室: オオナムヂを、恐ろしい蛇がうごめく部屋に泊まらせます。
- ムカデと蜂の室: 次の日には、ムカデや蜂が飛び交う部屋に泊まらせます。
- 失火の計: 広間で頭のシラミを捕るふりをさせ、その間にスサノオは部屋に火を放ちます。
オオナムヂは、これらの試練を、スサノオの娘である須勢理毘売命(スセリビメノミコト)の助けによって乗り越えます。スセリビメはオオナムヂに恋をし、ヒレ(魔除けの布)を与えたり、危険な抜け道を教えたりして、献身的に助けました。
3. 根の国からの脱出と英雄の誕生
スサノオは、度重なる試練にも屈せず、スセリビメの愛を得たオオナムヂを見て、ついにその器量を認めざるを得なくなります。
ある時、スサノオの留守を見計らい、オオナムヂはスセリビメと共に根の国からの脱出を図ります。彼らは、スサノオの宝物である以下の強力な武器を持ち出しました。
- 生大刀(いくたち):生命を蘇らせる力を持つ刀。
- 生弓矢(いくゆみや):敵を滅ぼす弓矢。
この時、オオナムヂは、スサノオが髪の毛を吊るして寝ていた琴を揺らしてしまい、琴が鳴り響いたことでスサノオに気づかれてしまいます。
しかし、スサノオは追撃を諦め、脱出するオオナムヂに対して、真の国主としての名と祝福を与えました。
「お前は生大刀と生弓矢で、八十神たちを打ち払い、妻のスセリビメを正妻として、お前が大国主神(オオクニヌシノカミ)となって、この国を治めよ」
この言葉と共に、オオナムヂは正式に大国主神としての名を授かり、地上世界の国主(支配者)として承認されました。こうして、試練の物語を終えたオオクニヌシは、いよいよ平和な国づくりへと乗り出していくのです。

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