前回の「国生み神話」で、妻イザナミを失ったイザナキノカミは、生と死の世界の境(黄泉比良坂)で永遠の別れを告げました。
この深い悲しみと穢れを祓うためにイザナキが行った「禊ぎ(みそぎ)」の儀式から、日本の神話における最も重要な三柱の神、すなわち「三貴子(さんきし)」が誕生します。
1. 禊ぎ(みそぎ)と三貴子(さんきし)の誕生
黄泉の国から帰ったイザナキは、冥界の穢れを清めるため、現在の宮崎県にあたる**筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(あわぎはら)**で大がかりな禊ぎを行います。
この禊ぎの最中、イザナキが身につけていた装飾品や衣類を投げ捨て、体を水で清めるたびに、様々な神々が次々と誕生しました。
そして、最後に顔を洗った際に、日本の神話の中心となる三柱の貴い子が生まれました。
- 左の目を洗った時:天照大御神(アマテラスオオミカミ)
- 役割:高天原(天上の世界)を治める、太陽の神。
- 右の目を洗った時:月読命(ツクヨミノミコト)
- 役割:夜の世界(または海原)を治める神。
- 鼻を洗った時:須佐之男命(スサノオノミコト)
- 役割:海原を治める神(後に地上へ)。荒々しい側面を持つ英雄神。
イザナキは、この三柱を「最も尊い貴い御子」として、それぞれに役割を与え、世界の統治を命じました。
2. 天岩戸(あまのいわと)神話:光の喪失と再生
三貴子の中で、スサノオノミコトは与えられた海原を治めずに嘆き悲しみ、母親であるイザナミのいる根の国(黄泉の国)へ行きたいと駄々をこねます。これに怒った父イザナキは、ついにスサノオを追放します。
追放される前に姉であるアマテラスに別れを告げようと高天原へ昇ったスサノオは、そこで様々な乱暴を働いてしまいます。
暴走するスサノオとアマテラスの隠遁
スサノオは、アマテラスの治める高天原で、田の畔を壊したり、神殿に糞をまき散らしたりと乱暴の限りを尽くします。アマテラスは我慢していましたが、ついに機織り小屋の屋根を破って皮を剥いだ馬を投げ込むという行為に、深いショックと怒りを感じます。
この出来事に耐えられなくなったアマテラスは、「もう外には出ない」と、天上の洞窟**「天岩戸」**に閉じこもってしまいました。
世界の危機と神々の策略
太陽の神であるアマテラスが隠れたことで、高天原も地上(葦原中国)も永遠の闇に閉ざされ、災厄が次々と起こります。
危機感を覚えた八百万(やおよろず)の神々は、知恵の神である**思金神(オモヒカネノカミ)**を中心に会議を開き、アマテラスを外へ出すための策略を練ります。
- 神事の準備:大きな岩や榊(さかき)を集め、鏡や勾玉などの装飾品を取り付け、岩戸の前に飾る。
- 芸能の奉納:天宇受売命(アメノウズメノミコト) が、裸同然になって面白おかしく舞い踊ります。
- 神々の騒ぎ:神々は大笑いし、高天原は騒然となります。
光の復活
洞窟の奥にいるアマテラスは、「自分がいないのに、なぜ外はこんなに楽しそうなのか」と不思議に思い、岩戸を少しだけ開けます。
そこへ力持ちの神が手を伸ばし、アマテラスを外へ引っ張り出します。こうして太陽の光が再び世界に戻り、地上は明るさを取り戻しました。
この神話は、日本の祭りや芸能の起源、そして太陽の復活という希望の物語として、今も深く根付いています。
3. 英雄の活躍:ヤマタノオロチ退治
高天原を追放されたスサノオは、次に地上(出雲の国)に降り立ちます。
そこで彼は、年老いた夫婦と娘の櫛名田比売(クシナダヒメ) の泣き声を聞きます。夫婦は、毎年ヤマタノオロチという巨大な怪物に娘を一人ずつ食べられており、今年、最後の娘であるクシナダヒメが食べられる番だと嘆いていました。
スサノオの知恵と勇気
スサノオはクシナダヒメを妻にすることと引き換えに、オロチ退治を引き受けます。
- 罠の用意:スサノオは、八つの門がある垣根を作り、そこに八つの大きな酒樽を置かせ、強い酒(八塩折之酒:やしおおりのさけ)を満たしました。
- オロチとの対決:現れたヤマタノオロチ(頭と尾が八つある巨大な蛇)は、その酒を飲み干し、泥酔して眠ってしまいます。
- 退治と発見:スサノオは、酔い潰れたオロチを十拳剣(とつかのつるぎ)で切り刻みます。尾を斬った際、剣の刃が欠けてしまい、尾の中に何かがあることに気づきます。
草薙剣(くさなぎのつるぎ)の献上
尾の中から取り出されたのは、輝く一振りの太刀でした。スサノオはこれをただの剣ではないと感じ、後にアマテラスへ献上しました。
この剣こそ、のちに三種の神器の一つとなる**草薙剣(くさなぎのつるぎ、または天叢雲剣:あまのむらくものつるぎ)**です。
スサノオはその後、クシナダヒメと結ばれ、出雲の国に須賀(すが)の宮を建てて住まいます。このスサノオの子孫が、次の物語の主人公となる**大国主神(オオクニヌシノカミ)**へと繋がっていくのです。

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