前回の物語で、大国主神(オオクニヌシノカミ)は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)からの要請に応じ、地上世界「葦原中国(あしはらのなかつくに)」の統治権を天上界(高天原)に譲り渡しました。
これを受けて、いよいよアマテラスの孫が地上に降り立ち、統治を始めることになります。これが、天孫降臨の神話です。
1. 天孫降臨(てんそんこうりん)
アマテラスは、自分の子孫が地上を治めるため、孫である**邇邇芸命(ニニギノミコト)**を地上へ派遣することを決定します。
① 降臨の準備と三種の神器
ニニギノミコトが地上に降り立つにあたり、アマテラスは彼に三つの重要な宝物を授けました。
- 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま):玉の宝。
- 八咫鏡(やたのかがみ):鏡の宝。
- 草薙剣(くさなぎのつるぎ、天叢雲剣):剣の宝。
これらは**「三種の神器」**と呼ばれ、皇位継承の証として現在まで受け継がれています。アマテラスは鏡を指して「この鏡を私自身だと思い、祀りなさい」と神勅(しんちょく)を与え、祭祀(さいし)の重要性を説きました。
また、**天宇受売命(アメノウズメノミコト)や思金神(オモヒカネノカミ)**など、多くの神々がニニギノミコトに随伴し、地上での統治を補佐することになりました。
② 高千穂への降臨
ニニギノミコトの一行は、天上の世界から雲を押し分けて降臨しました。その降臨地は、日向(ひむか)の **高千穂(たかちほ)の久士布流多気(くしふるたけ)**とされています。
ニニギノミコトは、この地から地上世界を見渡し、「ここは韓国に向かい、笠沙の岬を通って朝日の直刺す国、夕日の照る国である。誠に良い場所だ」と宣言し、宮殿を建てて住まわれます。
2. コノハナサクヤビメとの出会いと、誓約(うけい)
降臨後、ニニギノミコトは旅の途中で美しい娘、**木花之佐久夜毘売(コノハナサクヤビメ)**に出会います。
① 結婚と父神の提案
コノハナサクヤビメは、**大山津見神(オオヤマツミ、山の神)の娘でした。ニニギノミコトが結婚を申し込むと、オオヤマツミは大変喜び、サクヤビメだけでなく、その姉である石長比売(イワナガヒメ)**も添えて献上しました。
しかし、姉のイワナガヒメは容姿が醜かったため、ニニギノミコトは彼女を追い返してしまいました。
② 永遠の命の喪失
これを知ったオオヤマツミは、「私が娘二人を一緒に献上したのは、サクヤビメ(木の花=命が短い)を妻にすれば栄えるがすぐに散るように、イワナガヒメ(岩=命が永遠に続く)を妻にすれば天皇の命が永遠に堅固になるように、という願いを込めたからだ」と語りました。
ニニギノミコトがイワナガヒメを拒んだ結果、天皇の寿命は木の花のように短く、限られたものになってしまったとされています。この神話は、神々の時代と、有限の命を持つ人間の時代を分ける重要な区切りとなっています。
③ 疑いと誓約
その後、サクヤビメはニニギノミコトとの間に子を授かりますが、一夜の契りで身ごもったことをニニギノミコトに疑われます。
怒ったサクヤビメは、「本当にあなたの子供であるならば、神の力によって無事に生まれるはず」として、戸口のない産屋に火を放ち、その中で出産するという誓約(うけい)をします。
猛火の中で生まれた三柱の子は、ニニギノミコトの子として認められました。
3. 海幸彦と山幸彦の物語
サクヤビメから生まれた三柱の子のうち、末っ子の**火遠理命(ホオリノミコト)**が、後の物語の主人公となります。彼は、**山幸彦(やまさちひこ)**という名でも知られています。
① 釣り針をめぐる争い
兄の**火照命(ホデリノミコト、海幸彦)は海での漁を、弟の山幸彦(ホオリノミコト)**は山での狩りを生業としていました。ある時、二人は道具を交換してみますが、山幸彦は兄の釣り針を無くしてしまいます。
海幸彦は激怒し、自分の釣り針を返せと厳しく責め立てます。山幸彦は、失くした釣り針を探すため、塩椎神(しおつちのかみ)の助言を得て、海原の底にある綿津見神(ワタツミ、海の神)の宮殿へ向かいます。
② 海の宮での結婚と帰還
海の宮殿で、山幸彦はワタツミの娘、豊玉毘売命(トヨタマビメノミコト) と出会い、結婚します。彼は三年間を海の宮で過ごし、ついに失くした釣り針を見つけ出します。
ワタツミは山幸彦に、**潮を操る不思議な玉(潮盈珠・しおみちのたま と 潮干珠・しおひのたま)**を授け、兄への復讐と地上の統治のための力を与えて地上へ送り出しました。
③ 兄の降伏
山幸彦は、潮の玉の力を使って海幸彦を苦しめ、海幸彦はついに「これからはあなたの守り人となり仕えます」と降伏します。これ以降、山幸彦(火遠理命)の系統が支配者として定着しました。
4. 天皇家の系譜
山幸彦(火遠理命)とトヨタマビメの間には、**鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)**が生まれます。
このウガヤフキアエズノミコトの子が、日本の初代天皇である神武天皇(かむやまと・いわればしらの・みこと) です。
こうして古事記の上巻は、天孫降臨から神武天皇へと続く皇室の系譜が確立されたところで幕を閉じ、神の時代から人間の時代へと物語は引き継がれていくのです。

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