三重県伊賀市――かつて「忍者の里」として知られるこの地に、伊賀の国を見守り続けてきた古社があります。
それが、敢國(あえくに)神社(あえくにじんじゃ)。
奈良時代にはすでに国家の祈りの場として崇められ、平安時代の『延喜式神名帳』にもその名を連ねる伊賀国一宮です。
「国を敢(あえ)て造る」という名の通り、国造りの神々を祀る格式高い神社として知られています。
◆ 神社の概要
- 所在地:三重県伊賀市一之宮877
- 御祭神:大彦命(おおひこのみこと)
- 配祀神:少彦名命(すくなひこなのみこと)、仁徳天皇(にんとくてんのう)
- 社格:式内社(名神大社)・伊賀国一宮・旧国幣中社
- 創建:崇神天皇の御代(紀元前97年頃)と伝わる
【1】「敢國」の名の由来と創建伝承
「敢國(あえくに)」という社名には、「あえて国を造る」という意味が込められています。
この名は、伊賀地方が古代日本の国造りの要所であったことを示しているといわれます。
社伝によると、神武天皇の孫である**大彦命(おおひこのみこと)**が、北陸や東国を平定したのち、この地に鎮座したのが始まり。
大彦命は四道将軍の一人として知られ、各地に国の礎を築いた「国造りの神」です。
その偉業を称え、後にこの地に祀られたと伝わります。
【2】延喜式名神大社・伊賀国一宮としての格式
『延喜式神名帳』(927年)にも名神大社として記され、平安時代には朝廷からの崇敬を受けていました。
伊賀国内の神々を束ねる「伊賀国一宮」として、国家的な祭祀の中心を担っていたのです。
戦国時代には兵火により社殿が焼失しましたが、江戸時代に入ると藤堂高虎が再建。
以来、伊賀の総鎮守として今も地元の人々に深く信仰されています。
【3】御祭神・大彦命と国造りの神話
主祭神・**大彦命(おおひこのみこと)**は、『日本書紀』や『古事記』にも登場する神で、
神武天皇の孫にあたり、初代天皇の国造りを支えた偉大な将軍です。
天皇の命を受けて東国へ派遣され、蝦夷(えみし)を平定し、各地に道を開いた功績を残しました。
そのことから、「開拓・発展・国家安泰の神」として信仰され、
現代では「会社や事業の繁栄」「新しい道を切り拓く力」を授ける神として多くの参拝者を集めています。
また、配祀神の少彦名命は医薬・知恵・産業の神、仁徳天皇は民の幸福を願った徳の神。
この三柱が祀られていることから、
「発展」「健康」「繁栄」と、人生の基盤を守護する御利益があるとされています。
【4】境内の見どころ
● 本殿
江戸時代の再建による檜皮葺の優美な社殿で、伊賀市の有形文化財に指定。
三間社流造(さんげんしゃながれづくり)の美しい造形が見事です。
● 勅使門
朝廷からの使者(勅使)が参拝するために設けられた門で、
神社の格式の高さを今に伝えています。
● 境内社「蛭子社」「天満宮」
商売繁盛・学業成就を願う人々に人気。
伊賀流忍者の地らしく、忍耐や努力の象徴としても信仰されています。
【5】勇壮な「敢國祭」~伊賀の春を告げる大祭
毎年4月23日に行われる「敢國祭(あえくにさい)」は、
平安時代から続く伝統の春祭りです。
神輿渡御や獅子舞、稚児行列などが行われ、
地元では“伊賀の春を告げる祭り”として親しまれています。
夜には境内が提灯で彩られ、幻想的な雰囲気に包まれます。
【6】神社と伊賀の関わり ― 忍者の里を見守る神
伊賀は忍術の発祥地として知られますが、
その根底には「国を守る」「人を導く」という精神が流れています。
敢國神社はまさにその象徴であり、
古来から伊賀国の中心的な信仰の地として存在してきました。
現在も、地元では“伊賀の総鎮守”として、
家内安全・交通安全・商売繁盛などの祈願が行われています。
【7】アクセス情報
- 所在地:〒518-0121 三重県伊賀市一之宮877
- アクセス:JR関西本線「伊賀上野駅」から車で約10分
- 駐車場:あり(無料)
- 公式サイト:敢國神社 公式HP
【8】まとめ 〜「国を造る神」が導く道開きの聖地〜
敢國神社は、伊賀国一宮として古代から“国造り”の祈りを担ってきた神社です。
主祭神・大彦命は、国土を開き、人々の暮らしを築いた「道開きの神」。
その力は、現代を生きる私たちにとっても――
新しい挑戦や道を切り拓く勇気を授けてくれる存在です。
朱色の社殿に反射する伊賀の陽光。
そして、静寂の中に流れる古代からの祈り。
訪れればきっと、あなたの心にも“あえ(敢)て進む力”が宿るでしょう。

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