【書物図鑑】『古事記』~天界の破壊神から英雄へ!スサノオとヤマタノオロチ退治の物語~

天照大御神(アマテラスオオミカミ)が天岩戸(あまのいわと)に隠れるという大事件を引き起こした須佐之男命(スサノオノミコト)。高天原(たかまがはら)の秩序を乱した罪により追放された彼は、地上に降り立ちます。

この追放から、彼が古代日本の英雄として生まれ変わる八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)退治の物語は、『古事記』屈指のスペクタクルです。

この記事では、高天原のトラブルメーカーだったスサノオが、いかにして地上世界で英雄となったのかを解説します。


1. 高天原からの追放と地上への降臨

天岩戸の神話の後、スサノオは神々によって重い罰を与えられました。

  • 千位置(ちくら):罪の償いとしての財産の徴収。
  • 爪と髭の切除:肉体的な罰。
  • 神逐(かんやらい):高天原からの永久追放

こうして、父神イザナギ命から海原の統治を命じられながらも果たせなかったスサノオは、葦原中国(あしはらのなかつくに、地上の世界)へと降り立つことになります。

食物神の悲劇

追放の途上、スサノオは食物の神である大気都比売神(オオゲツヒメノカミ)に食物を求めます。オオゲツヒメが鼻や口、尻などから様々な食物を取り出して与えるのを見たスサノオは、「汚い方法で与えた」と誤解し、オオゲツヒメを斬り殺してしまいます。

しかし、オオゲツヒメの死体からなどの種が生まれます。このエピソードは、スサノオの未熟さを示す一方で、死と破壊が新たな生産と恵みを生むという神話的なテーマを象徴しています。


2. 出雲での出会い:嘆きのおじいさんと娘

オオゲツヒメの件を経て、スサノオは現在の出雲国(島根県)にあたる肥河(ひのかわ)の上流にある鳥髪(とりかみ)という場所へ降り立ちます。

そこで彼は、一本の箸が川を流れてくるのを見つけ、人里が近いことを知ります。

その場所で、スサノオは老夫婦と一人の美しい娘が泣いているのを目にします。

人物神名(読み)概要
老夫婦足名椎命(あしなづち)・手名椎命(てなづち)八俣遠呂智の被害に遭っている国神。
櫛名田比売(クシナダヒメ)老夫婦の娘。オロチの生贄にされる運命にある。

スサノオが泣いている理由を尋ねると、老夫婦は「私たちには元々八人の娘がいましたが、毎年やってくる恐ろしい怪物が娘たちを食べてしまい、残るは末娘のクシナダヒメ一人だけとなりました。今まさに、その怪物がやってくる時期なのです」と語ります。


3. ヤマタノオロチ退治の戦略

その怪物の名こそが、八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)です。

「目(まなこ)は赤く光るホオズキのようで、体は一つの胴体に八つの頭と八つの尾があり、その体は八つの谷と八つの丘を覆うほど巨大で、背中には杉や檜が生え、腹はでただれています。」

その恐ろしい姿を聞いたスサノオは、その娘が自分の姉アマテラスの家系ではないことを確認した上で、クシナダヒメとの結婚を条件に、オロチ退治を請け負います。

スサノオはすぐにクシナダヒメの姿をに変え、自分の髪に挿して身を守らせます。

そして、オロチ退治のための周到な計画を立て、老夫婦に指示しました。

  1. 八つの室(へや)を持つ大きな垣根(かきね)を作る。
  2. その室の中に、八つの酒樽(さかだる)を置き、八塩折之酒(やしおおりのさけ)という八度も醸した強い酒を満たす。
  3. オロチが来るのを待つ。

4. 八俣遠呂智との決戦と勝利

指示通り準備が整った夜、地響きを立てながらヤマタノオロチが出現しました。

オロチは、八つの頭それぞれを八つの室の中の酒樽に突っ込み、強い酒を飲み始めます。

酔いが回って意識が朦朧とし、オロチが眠り始めたのを見計らい、スサノオは十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き放ちます。

スサノオは八つの頭を次々と切り落とし、血の川ができるほどの激闘の末、ついにヤマタノオロチを討ち果たしました。

👑 草薙剣(くさなぎのつるぎ)の発見

スサノオがオロチの体を斬り刻んでいたとき、一つの尾を斬った際に剣の刃が欠けてしまいました。

不審に思い、その尾を裂いてみると、中から一振りの太刀が出てきました。これが、後に皇室の三種の神器の一つとなる草薙剣(くさなぎのつるぎ、後の天叢雲剣:あめのむらくものつるぎ)です。

スサノオは、この霊妙な剣を、高天原にいる姉のアマテラスオオミカミに献上しました。


5. 出雲の国主へ

ヤマタノオロチを退治し、クシナダヒメを救ったスサノオは、老夫婦の祝福を受け、クシナダヒメと正式に結婚します。

彼は、その地に出雲の須賀(すが)の地を選び、宮殿を建てて住まうことを決めます。この時、スサノオが詠んだ歌が、日本最古の和歌とされる「八雲立つ」の歌です。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(つまご)みに 八重垣作る その八重垣を」

(幾重にも雲が湧き立つ出雲の地に、妻を籠(こ)もらせるために幾重にも垣根を作る。ああ、その幾重にもなる垣根よ。)

この歌は、須賀の宮が永遠に安住の地となることを願う歌であり、スサノオが高天原のトラブルメーカーから、地上世界の秩序を守る英雄・国主へと転身したことを示しています。彼の物語は、ここから子孫である大国主神(オオクニヌシノカミ)の神話へと引き継がれていくのです。

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