今回は北海道函館市に鎮座する「函館八幡宮」について紹介します。
幕末から明治にかけての激動の歴史とも深く結びついた、道南を代表する八幡宮です。
主祭神
応神天皇(八幡大神)
比売神
神功皇后
歴史的背景と由緒
創建は寛延元年(1748)と伝えられており、当初は「亀田八幡宮」と称され、現在の亀田地区に祀られていました。のちに箱館の発展に伴い、明治になって現在地(函館山の麓)へ遷座し、社号を「函館八幡宮」と改めています。
函館は幕末の開港都市として発展し、戊辰戦争の最終戦場となった土地でもあります。
八幡宮は武家・鎮護の神としての信仰が非常に強く、箱館政権を巡る争いの渦中で、祈りの中心でもありました。
結果、函館八幡宮は「北の開拓」「北方警備」と結びつきながら発展してきた神社とも言えます。
見どころ
・函館山の斜面に広がる静かな鎮守の森
・参道を登り切った先で出会う社殿の格調高さ
・境内に点在する石碑、記念碑の多さ(特に明治以降の歴史資料が多い)
・境内から眺める市街地と海の広がり
函館八幡宮は「海と軍の歴史とともにあった八幡宮」という点を境内の雰囲気からも感じ取れます。武の神としての八幡信仰が、北海道では特に生々しい歴史背景と共存している場所と言えます。
函館八幡宮にまつわる不思議な話
戊辰戦争で箱館の地に降り立った旧幕府側の兵士たちが、八幡宮へ戦勝祈願をしたという話が伝わっています。
彼らのなかには、江戸に生きた「侍」の最後の世代と言える人々も多く、八幡宮はまさに「武士の祈り」の終着点の一つとなりました。
現代では「武家」「戦」「鎮護」という象徴的な意味から、勝負事・受験・仕事の成功祈願を目的に参拝する人が多いのも特徴です。
また、境内には「相撲」との関わりも深い痕跡が残っており、奉納相撲の歴史や土俵が存在する点も、北海道の八幡宮としては特筆すべきポイントです。
まとめ
函館八幡宮は、開港都市・軍事史・武士文化という、北海道において他にない歴史の交点となっている神社です。
観光として訪れる際には、ただ本殿に参拝するだけでなく、境内に残る石碑を読み、北海道という場所で近代日本が確かに形作られていった痕跡を感じながら歩いてみると、より深い体験になります。
函館観光と合わせて、ぜひゆっくり時間をかけて巡ってみて下さい。
  
  
  
  
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