— 「えべっさん」と親しまれる商都・大阪の守護神 —
大阪の活気ある街並み、浪速区に鎮座する今宮戎神社。「商売繁盛で笹持って来い!」の威勢の良い掛け声で知られる「十日戎(とおかえびす)」は、大阪の冬の風物詩です。
今回は、単なるお祭りの場所としてだけではない、今宮戎神社の深い歴史と、祀られている神々との絆を詳しく紐解いていきましょう。
1. 今宮戎神社の由緒と歴史
聖徳太子による創建
今宮戎神社の創建は、推古天皇8年(西暦600年)と伝えられています。驚くべきことに、建立を命じたのはあの聖徳太子です。
太子が四天王寺を建立する際、その西方の守護神として、また市場の守護(商業の発展)を願ってこの地に神を祀ったのが始まりとされています。
「今宮」の名の由来
当初は「戎社」と呼ばれていましたが、後に四天王寺の鎮守として新しく宮を建て直したことから、新しい宮=**「今宮」**と呼ばれるようになりました。古くから「日本三大戎」の一つに数えられ、朝廷や武家からも厚い崇敬を受けてきました。
2. 主祭神と神々の関係:なぜ「えべっさん」なのか?
今宮戎神社には五柱の神様が祀られていますが、その構成には非常に深い意味があります。
【主祭神】
- 天照皇大神(あまてらすすめおおかみ):皇祖神
- 事代主命(ことしろぬしのみこと):=えびす様
- 素盞嗚尊(すさのおのみこと)
- 月読尊(つきよのみこと)
- 稚日女尊(わかひるめのみこと)
事代主命と「神屋楯比売命」の繋がり
ここで注目したいのが、主祭神の一柱、事代主命です。 彼は、前回の【神様図鑑】でご紹介した**神屋楯比売命(カムヤタテヒメノミコト)**と大国主神との間に生まれた息子です。
- 知恵の神・平和の神: 事代主命は、父・大国主神が国を譲る際に相談を受け、賢明な判断を下した神様です。その穏やかで福々しい性格が、のちに「七福神のえびす様」として習合されました。
- なぜ今宮戎で強力なのか: 聖徳太子が四天王寺建立にあたり、まず招いたのがこの事代主命でした。海の神であり、物流の拠点であった大阪(難波)において、豊漁と商売を司る彼は、まさに最高の守護神だったのです。
3. 伝説と独特な参拝作法
今宮戎神社には、他の神社にはないユニークな特徴や伝説が残っています。
① 「裏から叩く」参拝作法
本殿の正面で参拝した後、ぐるりと後ろへ回ると、本殿の背面に大きな「木製の板(ドラ)」があります。 参拝者はここを**「ドンドン!」と叩いて**から帰ります。
- 理由:えびす様は耳が少し遠い(あるいは非常にのんびりされている)ため、正面からの参拝だけでは気づいてもらえないかもしれない。だから「裏からも叩いて念押しする」という、いかにも大阪らしい親しみやすさとユーモアが込められた風習です。
② 笹に「子宝」をつける
十日戎で授与される「福笹」。これにつける縁起物を「子宝(吉兆)」と呼びます。 鯛、米俵、小判、打ち出の小槌など、事代主命(えびす様)に縁のある「お宝」を笹に結びつけることで、家運隆盛・商売繁盛を願います。
4. 大阪の精神:十日戎(とおかえびす)
毎年1月9日から11日までの3日間で行われる「十日戎」には、100万人を超える参拝者が訪れます。
- 福娘(ふくむすめ): 厳しい審査を経て選ばれた福娘たちが、参拝者に笑顔で福を授けます。これは、事代主命の母である神屋楯比売命のような「巫女的・女性的な優しさ」で神と人を繋ぐ役割を現代に再現しているようでもあります。
- 宝恵駕籠(ほえかご)行列: 江戸時代、南地の芸妓さんたちが籠に乗って参拝したのが始まり。大阪の華やかな文化と信仰が融合した象徴的な行事です。
5. アクセスと基本情報
- 所在地:大阪府大阪市浪速区恵美須西1-6-10
- アクセス:
- 南海高野線「今宮戎駅」からすぐ
- 地下鉄御堂筋線・堺筋線「動物園前駅」から徒歩約10分
- 阪堺線「恵美須町駅」から徒歩約5分
結び:商人の街を支える、親子二代の物語
今宮戎神社に祀られている事代主命。その知恵と福徳のルーツを辿れば、母である神屋楯比売命が守り育てた「調和の心」に行き着きます。
商売とは、力ずくで奪うものではなく、事代主命が国譲りで見せたような「誠実な交渉」と「笑顔」で成り立つもの。今宮戎神社の賑わいは、そんな神代からの教えが、今も大阪の街に息づいている証拠かもしれません。
「裏の板」を叩くときは、ぜひその神々しい系譜にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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