こんにちは!ももちです。
今回は、埼玉県日高市に鎮座する、知る人ぞ知る屈指の出世パワースポット「高麗神社(こまじんじゃ)」をご紹介します!
渡来人の歴史と日本が融合した異色の由緒を持ち、「出世の神様」として歴代の首相や政治家・実業家が参拝に訪れるこの神社。その歴史や御祭神、見どころを内容たっぷりで詳しく解説していきますね!
高麗神社(こまじんじゃ)とは?
埼玉県日高市に位置する高麗神社は、1300年以上前の「渡来人の歴史」を今に伝える極めて特別な古社です。
かつて朝鮮半島にあった古代国家「高句麗(こうくり)」から日本へと渡ってきた人々がこの地に集まり、開墾して造られたのが「高麗郡(こまぐん)」でした。その高麗郡の開拓指導者であった人物を祀り、地域の守り神としたのが高麗神社の始まりです。
💡 歴史のワンポイント 続日本紀(ぞくにほんぎ)によると、716(霊亀2)年、甲斐・駿河・相模・上総・下総・常陸・下野の7カ国に暮らしていた高句麗からの渡来人1,799人が武蔵国に集められ、「高麗郡」が建てられました。
御祭神と歴史
高麗神社の主祭神は、高麗郡の初代郡司(長官)となった高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)です。
1. 主祭神:高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)
高句麗の王族(または使者)として日本に渡来した若光は、帰国できなくなった後、大和朝廷に仕えました。高麗郡の設置に伴って初代郡司に任じられると、未開拓だったこの地を開墾し、産業を興し、人々の暮らしを豊かにするために生涯を捧げました。 彼が亡くなった後、その徳を偲んで全徳寺(現在の勝音寺)に葬られ、霊を祀る廟として創建されたのが高麗神社です。
2. 相殿神
- 妹尋命(もひろのみこと):若光を助けた人物とされる
- 武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと):長寿と開運の神
なぜ「出世明神」と呼ばれるのか?
高麗神社が全国にその名を知られる最大の理由が、「出世・開運の超強力パワースポット」という評判です。
大正から昭和にかけて、参拝した政治家たちが次々と内閣総理大臣(首相)に就任したことから、「出世明神(しゅっせみょうじん)」と称されるようになりました。
【高麗神社を参拝後に首相に就任した主な政治家】
* 原敬(はら たかし)
* 鳩山一郎(はとやま いちろう)
* 幣原喜重郎(しではら きじゅうろう)
* 若槻礼次郎(わかつき れいじろう)
* 小磯國昭(こいそ くにあき)
* 平沼騏一郎(ひらぬま きいちろう)
政界だけでなく、文豪(志賀直哉、谷崎潤一郎など)や現代の実業家、スポーツ選手、芸能人も「事業成功」や「出世祈願」のために数多く足を運んでいます。
高麗神社の絶対に見逃せない見どころ!
1. 境内に佇む異国情緒のシンボル「将軍標(チャスン)」
二の鳥居をくぐった先などに設置されているのが、朝鮮半島のトーテムポールのような木像「将軍標(チャスン)」です。 赤と青の対になった標柱で、「天下大将軍」「地下女将軍」と書かれており、魔除けや村の守護の役割を果たしています。日本の神社境内でこれを見られるのは非常に珍しく、高麗神社ならではの景色です。
2. 国指定重要文化財「高麗家住宅(こまけじゅうたく)」
社殿の裏手には、江戸時代初期(17世紀前半)に建てられたとされる古民家「高麗家住宅」が残されています。 高麗神社の代々の神職を務めた高麗家の住宅で、茅葺き屋根の歴史を感じる佇まいは一見の価値あり。当時の神職の暮らしぶりを今に伝える貴重な遺構です。
3. 歴史を感じる優美な「社殿」
現在の本殿は1889(明治22)年、拝殿は1935(昭和10)年に再建・造営されたもので、伝統的な日本の神社建築の美しさを湛えています。周囲の豊かな森と調和し、ピンと張り詰めた心地よい緊張感と静寂に包まれています。
参拝のワンポイントアドバイス
- 「仕事運アップ」を願うならここ! キャリアアップ、事業の立ち上げ、昇進試験、プロジェクトの成功など、「仕事での成果やステップアップ」を願う時期に参拝するのが最もおすすめです。
- 春と秋の散策も絶景 境内のすぐ脇を流れる高麗川周辺や、近くの「巾着田(きんちゃくだ)」は曼珠沙華(彼岸花)の名所として超有名です。9月下旬頃の満開の時期に合わせて参拝すれば、一面真っ赤な絨毯のような絶景も一緒に楽しめますよ!
おわりに
いかがでしたでしょうか?
埼玉・日高の地に息づく1300年の歴史と、国を超えた絆を感じさせる「高麗神社」。
未開の地を切り拓いた若光の力強いパワーと、歴代の偉人たちが引き寄せた「出世・成就」のご利益は、現代を生きる私たちの背中も強力に押してくれるはずです。
仕事で新しい一歩を踏み出したいとき、ぜひ高麗神社へ足を運んでみてくださいね!
皆さんの道が開け、素晴らしい成果に恵まれますように!

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