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【お寺めぐり】東寺-なぜ西寺は消え、東寺だけが残ったのか。日本一の五重塔がそびえる王城鎮護の寺(京都府京都市)

東寺 五重塔
木造塔として日本一の高さを誇る東寺の五重塔(国宝)

この記事でわかること
・平安京鎮護のために建てられた東寺と、対をなしていた「幻の西寺」の運命の分かれ道
・4度の焼失を経て蘇った、日本一の高さを誇る五重塔の物語
・弘法大師空海が、なぜこの寺を真言密教の根本道場に選んだのか
京都府京都市、世界遺産「古都京都の文化財」の一つである東寺には、都の守護神として歩んできた1200年以上の歴史があります。

01. 東寺の基本情報

正式名称教王護国寺(きょうおうごこくじ)/通称:東寺
宗派東寺真言宗 総本山
ご本尊薬師如来(やくしにょらい)(金堂)
開創桓武天皇(王城鎮護の官寺として)
真言密教の礎弘法大師空海(823年、嵯峨天皇より下賜)
創建延暦15年(796年)と伝わる
寺格東寺真言宗総本山、世界遺産「古都京都の文化財」(1994年登録)
所在地京都府京都市南区九条町1
アクセスJR京都駅から徒歩約15分
拝観時間夏期(3月中旬〜9月中旬)8:30〜17:30/冬期 8:30〜16:30
拝観料境内無料/金堂・講堂拝観:一般800円、高校生700円、中学生以下500円
公式サイトhttps://toji.or.jp/

02. ご本尊「薬師如来」ってどんな仏様?

薬師如来
分類:如来
金堂に安置・日光菩薩/月光菩薩を脇侍とする

① 一言まとめ
東寺のご本尊は薬師如来。あらゆる病を癒し、人々の健やかな暮らしを見守る仏様で、金堂の中央に堂々と安置されています。

② 由来・経典上の位置づけ
延暦15年(796年)、桓武天皇は新しい都・平安京を守るため、都の正門である羅城門の東西に、東寺と西寺という2つの官立の寺を建立しました。その後、弘仁14年(823年)、嵯峨天皇は東寺を弘法大師空海に下賜。これにより東寺は、真言密教の教えを体系立てて実践する日本初の根本道場となりました。金堂の薬師如来は、都と人々を病や災いから守る存在として、開創当初から祀られ続けています。

③ 姿・特徴
金堂の薬師如来坐像は、両脇に日光菩薩・月光菩薩を従え、台座には十二神将を配した力強い構成が特徴です。講堂には、大日如来を中心とした21体の仏像が「立体曼荼羅」として配置され、密教の宇宙観を仏像そのもので表現しています。

03. ご利益・祈願

🩺 病気平癒
🕊 国家安泰
🙏 諸願成就
📿 厄除け

薬師如来の病気平癒のご利益に加え、東寺は平安京を守るために建立された経緯から、国家安泰・都の平和を願う祈りの場として位置づけられてきました。弘法大師信仰とも深く結びつき、諸願成就や厄除けを願う参拝者にも篤く信仰されています。

毎月21日に開催される「弘法市」は、弘法大師の月命日にちなんだ縁日。骨董品から食品まで約1000店が軒を連ね、毎回多くの人で賑わう京都の風物詩です。

04. 境内の見どころガイド

五重塔(国宝)

東寺 五重塔
高さ約55メートル、木造塔として日本一の高さを誇る
落雷などにより過去4度焼失しましたが、そのたびに再建されてきました。現在の塔は5代目にあたり、寛永21年(1644年)に徳川家光の寄進により再建されたものです。京都駅からも見えるランドマークとして親しまれています。

金堂(国宝)

東寺 金堂
ご本尊・薬師如来を安置する東寺の中心的建物
桃山時代の再建で、豪壮な意匠が特徴の本堂。薬師如来・日光菩薩・月光菩薩の三尊が安置されています。

講堂(重要文化財)

東寺 講堂
大日如来を中心とした「立体曼荼羅」21体の仏像
弘法大師空海の構想により、大日如来を中心とした21体の仏像が立体的に配置された「立体曼荼羅」を見ることができます。密教の教えを視覚的に体感できる、東寺ならではの空間です。

御影堂(大師堂)(国宝)

御影堂
弘法大師空海の住居跡に建つお堂
弘法大師空海が実際に生活していたとされる場所に建つお堂。空海の念持仏とされる不動明王像を安置し、東寺の中でもとりわけ信仰の篤いエリアです。
金堂・講堂は有料拝観エリアです。五重塔の内部は通常非公開で、正月・春・秋の特別公開時のみ初層を拝観できます。

御朱印情報

受付場所備考
境内の御朱印所複数種類の御朱印を授与

初穂料等の詳細は参拝時にご確認ください。

05. 参拝の作法ガイド

  1. 南大門をくぐる前に、境内に向かって軽く一礼します
  2. 手水舎で両手と口を清めます
  3. 金堂の前で姿勢を正し、静かに合掌して一礼します
  4. お参りが終わったら、来た時と同じように山門で振り返り一礼して退出します
神社の「二礼二拍手一礼」とは異なり、お寺では拍手は打ちません。静かに手を合わせる「合掌」だけでよい、ということをお子さんにも教えてあげてください。毎月21日の弘法市の日は特に混雑するため、ゆっくり参拝したい場合は別日がおすすめです。

06. 弘法大師空海が選んだ、密教の根本道場

桓武天皇によって建立された東寺は、当初は特定の宗派に属さない、国を守るための官立の寺でした。この状況を大きく変えたのが、唐で密教を学び帰国した弘法大師空海です。弘仁14年(823年)、嵯峨天皇は東寺を空海に下賜し、空海はこの寺を日本で初めての真言密教の根本道場として整えていきました。

それまでの官立寺院は、複数の宗派の僧侶が学ぶ「諸宗兼学」が原則でしたが、一つの宗派だけに寺院を委ねるというのは画期的な出来事でした。空海はここに、講堂の立体曼荼羅をはじめとする密教の教えを視覚的に伝える工夫を凝らし、東寺を真言密教を学ぶ者たちの中心地へと育て上げていったのです。

07. 周辺スポット・アクセス

🚃 電車
JR京都駅から徒歩約15分
🚌 バス
京都駅から市バスでも移動可能
🅿️ 駐車場
周辺の有料駐車場を利用
⏱ 所要時間
境内散策 約60〜90分

東寺は京都駅から徒歩圏内にあり、新幹線の車窓からも五重塔を望むことができます。京都観光の最初や最後に立ち寄りやすい立地なので、旅程に組み込みやすいのも魅力です。

🏮 毎月21日の「弘法市」に加え、毎月第1日曜には「がらくた市」も開催。境内が賑やかな市場に彩られる、東寺ならではの光景です。

08. まとめ

  • 東寺は、桓武天皇が平安京を守るために建立し、後に弘法大師空海が真言密教の根本道場に育て上げた寺
  • 日本一の高さを誇る五重塔は、4度の焼失を経て今も京都のシンボルとして立ち続けている
  • 対をなしていた「西寺」は姿を消したが、東寺は今も1200年以上の歴史を伝え続けている

都の守護神として歩んできた東寺。ぜひその堂々たる五重塔と、密教の教えが息づく境内を、実際に歩いて感じてみてください。

09. ゆる仏様トーク

薬師如来様、いわば「平安京の守護担当医」みたいな存在です。都そのものを守るために配置されたのですから、これほど責任重大なポジションもなかなかありません。

「この地で、密教の教えを形にしよう」

──弘法大師空海がそう決意したからこそ、講堂の立体曼荼羅という、仏像そのもので教えを表現するという大胆な発想が生まれたのかもしれません。

10. 謎と考察コーナー

【謎】なぜ東寺だけが残り、対になる「西寺」は消えてしまったのか?

【事実の整理】
平安京の建設にあたり、桓武天皇は羅城門の東西に東寺と西寺という対になる寺院を建立しました。当初、都で寺院の建立が認められていたのはこの2寺だけでした。しかし西寺は律令制の衰退とともに次第に衰え、990年以降たびたび火災に見舞われ、最終的に完全に廃絶してしまいました。一方の東寺は、今も世界遺産として堂々とその姿を残しています。

【私の考察】
なぜこれほど明暗が分かれたのでしょうか。私は、両者の違いを決定づけたのは、立地や規模ではなく「弘法大師空海」という傑出した人物の存在だったのではないかと考えます。東寺は空海という強力な指導者を得て真言密教の根本道場となり、教義・組織・経済基盤のすべてにおいて発展を続けました。一方の西寺には、そのような突出したカリスマがいなかったため、時代の変化とともに求心力を失っていったのではないでしょうか。

【結論(あくまで推測)】
東寺と西寺を分けたのは、建物の立派さではなく、「誰がその場所に魂を吹き込んだか」という一点だったのかもしれません。あなたはどう思いますか?

※あくまで私の考察です。

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