静岡県熱海市伊豆山。
伊豆山神社の境内からほど近く、相模灘に面した岩場に、古代から畏敬を集めてきた特異な霊地がある。
それが**走り湯(はしりゆ)**である。
走り湯は、単なる温泉ではない。
それは神が顕現した場所であり、伊豆山信仰そのものの起点とも言える聖地である。
本記事では、
- 走り湯とは何か
- なぜ信仰の対象となったのか
- 伊豆山神社との関係
- 歴史書・縁起に描かれた意味
を軸に、走湯の本質に迫っていく。
走り湯とは何か ― 日本三大古泉の一つ
走り湯は、伊豆山神社の鎮座地・日金山(にっきんざん)の東麓、
海岸の岩の割れ目から高温の温泉が湧き出す極めて珍しい泉源である。
古くから、
- 有馬温泉
- 道後温泉
- 走湯温泉
と並び、日本三大古泉の一つに数えられてきた。
特に走湯の特徴は、
- 海水と接する岩場から湧出する
- 湯が地表を「走る」ように流れ出る
- 湯気と轟音を伴う激しい湧出
という、視覚・聴覚に訴える強烈な現象にある。
この異様な自然現象こそが、走湯を単なる温泉以上の存在へと押し上げた。
名称「走り湯」に込められた意味
「走り湯」という名は、
湯が地を走るように湧き出る
という見た目そのままを表すが、
同時に神威が奔流となって顕れる場所という象徴的意味も含んでいる。
古代の人々にとって、
- 火のように熱い湯
- 岩を割って噴き出す力
- 海と山が交わる境界
は、明らかにこの世ならざる力の発現であった。
伊豆山信仰と走り湯 ― 神の顕現地
伊豆山大神の降臨
伊豆山神社の縁起(『走り湯山縁起』など)によれば、
伊豆山大神は、まずこの走り湯の地に神威を示したとされる。
つまり、
- 伊豆山神社が先にあったのではなく
- 走り湯という霊地が信仰の核となり、後に社が整えられた
という構造である。
走湯は、伊豆山信仰の「原点」にあたる。
神仏習合と走湯権現
中世以降、伊豆山は神仏習合の霊場として発展する。
走湯は、
- 伊豆山権現
- 走湯権現
として尊崇され、
温泉そのものが権現の身体・霊力の現れと理解された。
温泉=御神体
という認識は、日本でも極めて古い形態の信仰である。
修験道の聖地としての走湯
走り湯は、修験者にとっても重要な修行地であった。
- 役小角(えんのおづぬ)
- 空海(弘法大師)
の名が伝承に登場し、
伊豆山は山岳修行と火水の行を兼ね備えた霊地とされた。
高温の湯気に包まれる走湯は、
- 火の行
- 水の行
を同時に象徴する、極めて象徴性の高い場所である。
歴史の中の走湯 ― 武士と信仰
源頼朝と伊豆山信仰
『吾妻鏡』によれば、
伊豆に配流されていた源頼朝は伊豆山権現を深く信仰していた。
直接「走湯」を参詣した記述は多くないものの、
- 伊豆山権現
- 走湯権現
は一体として信仰されており、
走湯は武運回復・再起の象徴的な霊地として理解されていた。
後に鎌倉幕府を開いた頼朝が伊豆山を厚く崇敬したことは、
走湯の霊験を全国へ広める契機となった。
走湯の現在 ― 名所としての姿
現在、走湯は保護施設の中で見学できる。
- 岩の裂け目から噴き出す湯
- 立ちこめる湯気
- ゴウゴウと響く湧出音
は、今なお原始的な自然の力を感じさせる。
観光地・熱海の一角にありながら、
走り湯は明確に「異界の入口」の雰囲気を保っている。
走り湯が語りかけるもの
走湯は教えてくれる。
- 自然は制御するものではなく、畏れるものだったこと
- 神は社殿より先に、自然の中に顕れたこと
- 温泉は癒やしであると同時に、畏怖の対象だったこと
伊豆山神社を参拝するなら、
必ず走り湯にも足を運びたい。
なぜなら、
伊豆山信仰は、ここから始まったからである。
まとめ ― 走り湯は「生きた信仰遺産」
走湯は、
- 日本三大古泉の一つ
- 伊豆山大神の顕現地
- 神仏習合と修験道の聖地
- 武士の信仰を集めた霊験所
という、幾重もの歴史と信仰が折り重なった場所である。
そこに湧く湯は、
単なる温泉ではなく、
今なお脈打つ信仰の痕跡なのだ。

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