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【神社めぐり】伊豆山神社(静岡県 熱海市)

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 静岡県熱海市伊豆山に鎮座する伊豆山神社(いずさんじんじゃ)は、相模湾を望む高台に建ち、古代から「伊豆山権現」として崇敬を集めてきた古社です。
 関東随一の霊験あらたかな神社の一つであり、源頼朝と北条政子の恋の舞台としても知られることから、「縁結び」「開運」「災難除け」の神として今も多くの参拝者を集めています。
 また源頼朝が源氏再興を誓ったとされる場所であり、歴史的にも重要な場所とされています。

住所 :〒413-0002 静岡県熱海市伊豆山708−1
電話 :0557803164
社務所 :9:00~16:00
公式HP:伊豆山神社
Wiki :伊豆山神社 – Wikipedia

主祭神:伊豆山神
    火牟須比命(ほむすびのみこと)
    天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
    栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)
    邇邇芸命(ににぎのみこと)
社格 :式内社 小論社
    旧国弊小社
    別表神社
創建 :孝昭天皇治世
本殿 :


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御祭神

 伊豆山神社の主祭神は、伊豆大神(いずのおおかみ)。これは三柱の神の総称で、
正哉吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)
拷幡千千姫命(たらしひめのみこと)
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
が祀られています。
 これらは天照大神の御系譜に連なる神々であり、天孫降臨の神々を祀る神社としても由緒正しき存在です。


歴史と由緒

 社伝によると、創建は約2400年前とも伝えられ、古代より「伊豆山権現」として山岳信仰と温泉信仰が融合した独特の神格を有していました。古名を「走湯山(そうとうさん)」といい、現在も社殿の下方には「走湯(はしりゆ)」と呼ばれる源泉が湧き出ています。
 この湯は日本三古泉の一つとされ、古代から霊泉として人々を癒してきました。
 平安時代には修験道の聖地として隆盛し、やがて関東の守護神として崇敬を集めるようになります。
 鎌倉時代には、源頼朝が流刑地の伊豆で挙兵する際、伊豆山権現に戦勝を祈願したと伝わり、その後の平家討伐成功によって社勢は大いに高まりました。
 北条政子と頼朝が密かに逢瀬を重ねた場所としても知られ、二人が結ばれた後、政子は社前に夫婦円満・子孫繁栄を祈ったと伝えられています。こうした伝承が、伊豆山神社を縁結びの聖地たらしめています。


不思議な話・伝承

 伊豆山神社には、古代より「赤白二龍神」の伝承があります。
赤龍は天の火を司り陽を象徴し、
白龍は地の水を司り陰を象徴する神。
 この二神が力を合わせて天地の調和を保つとされ、伊豆山の神霊はこの「陰陽の調和」の象徴とされています。
 境内には「赤白二龍」の紋章が随所に見られ、この神話的な世界観を今に伝えています。
 また、「走湯神社(はしりゆじんじゃ)」は、伊豆山神社の摂社として源泉のそばに鎮座しており、かつてはこの走湯こそが本社だったともいわれています。
 噴き上がる熱湯の勢いから、「神の力が地中から湧く」と畏敬されたそうです。


見どころ

長い石段と海を望む絶景
 本殿へと続く837段の石段を登ると、相模湾の美しい眺望が広がります。古来より修行の道ともされ、心身を清めながら参拝する「登拝」の道です。

本殿の荘厳な造り
 朱塗りの社殿は、江戸時代の再建で、日光東照宮を思わせる華やかな彫刻が施されています。境内の「拝殿の龍」も必見です。

頼朝・政子の腰掛石
 二人が語らいを交わしたと伝えられる石が残されており、縁結びのパワースポットとして人気を集めています。

走湯温泉
 古代から「神の湯」と呼ばれた源泉地。現在も熱海温泉郷の源流として人々に親しまれています。走湯については別記事でまとめているので、詳細は別記事をご覧ください。


吾妻鏡に記された伊豆山信仰

― 鎌倉幕府成立を支えた「権現信仰」の実像 ―

境内摂社

結明神社里宮

足立権現社

祖霊社

走湯神社

雷電社

道祖神

龍神湯社

白山社

結明社本社

本宮社

境内の見どころ

伊豆山郷土資料館

光り石

腰掛石

手水舎

伊豆山神社について

伊豆山神社(伊豆山権現)は、源頼朝と北条政子の結縁神社として知られるが、その信仰の実像を最も具体的に伝えている史料が、鎌倉幕府の公式記録である**『吾妻鏡』**である。

『吾妻鏡』は神話書や縁起とは異なり、政治史料としての視点から伊豆山信仰を記している点に大きな特徴がある。本稿では、『吾妻鏡』に見える伊豆山信仰を、

  1. 頼朝配流期の信仰
  2. 挙兵と神威
  3. 将軍家の守護神としての位置づけ
  4. 神仏習合と権現信仰

という観点から整理する。


① 頼朝配流期と伊豆山信仰

伊豆山は「流人の祈りの場」

『吾妻鏡』によれば、源頼朝は伊豆国へ配流されていた時期、伊豆山権現を篤く信仰していたことが記されている。

伊豆山は当時すでに、

  • 走湯(温泉)を伴う霊山
  • 修験道・山岳信仰の拠点
  • 神仏習合の聖地

として広く知られており、流人・武士・僧侶が祈りを捧げる場であった。

頼朝にとって伊豆山は、
**「敗者としての嘆き」ではなく、「再起を祈る場」**であった点が重要である。


② 北条政子との結縁と神威

政子との密会と伊豆山権現

『吾妻鏡』では、源頼朝と北条政子の関係について、

  • 伊豆山権現への参詣
  • その縁によって結ばれた男女の契り

が語られている。

これは単なる恋愛逸話ではなく、当時の価値観においては、

神前で結ばれた縁=正統性を持つ結合

を意味した。

つまり伊豆山権現は、

  • 頼朝と政子の婚姻を神意として裏付ける存在
  • 後の源氏政権の「始まりの神」

として位置づけられている。


③ 挙兵成功と「神の加護」

石橋山合戦後の評価

 治承4年(1180)、頼朝は挙兵するが、石橋山合戦では大敗を喫する。しかし奇跡的に生還し、のちに勢力を拡大していく。

『吾妻鏡』はこの過程を単なる戦略ではなく、

  • 神仏の冥助
  • 権現の加護

という形で記述する傾向が強い。

その中で伊豆山権現は、

「頼朝の命運を見捨てなかった神」

として暗黙に位置づけられている。


④ 鎌倉幕府と伊豆山権現の国家的信仰化

幕府の守護神としての昇格

頼朝が鎌倉幕府を開くと、伊豆山権現は次第に、

  • 将軍家の守護神
  • 武家政権の正統性を支える宗教的基盤

として扱われるようになる。

『吾妻鏡』には、

  • 伊豆山への奉幣
  • 社殿修造
  • 神事の重視

といった記録が断続的に見られ、個人的信仰から公的信仰への転換が読み取れる。


⑤ 神仏習合と「伊豆山権現」という存在

伊豆山信仰の宗教的性格

『吾妻鏡』では「伊豆山神社」というよりも、

伊豆山権現

という呼称が用いられる。

これは、

  • 神道の神
  • 仏教的権現(仏の化身)

が習合した存在であることを意味する。

伊豆山権現は、

  • 地神(水・火・温泉)
  • 山の神
  • 武運を司る神仏

という多層的性格を持ち、武士階級の精神世界に極めて適合していた。


⑥ 吾妻鏡における伊豆山信仰の意味

『吾妻鏡』に描かれる伊豆山信仰は、次のようにまとめられる。

観点意味
個人史頼朝再起の精神的支柱
家族史政子との正統な縁結び
政治史幕府成立の神意的裏付け
宗教史武家社会と権現信仰の象徴

まとめ

 伊豆山神社は、古代の温泉信仰、修験道、そして源頼朝・北条政子の恋の伝説が交錯する、まさに歴史と神話が融合した聖地です。
 赤白二龍の伝承に象徴されるように、「陰と陽」「火と水」「人と神」が交わる場として、今なお訪れる人々の心を惹きつけています。
 静寂の森に包まれ、相模湾を望むこの神域で、古代から連綿と続く祈りの息吹を感じてみてはいかがでしょうか。

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