奈良県北西部、生駒山地のふもとに位置する「龍田神社(たつたじんじゃ)」は、
“風の神”を祀る日本屈指の古社として知られています。
古代より「風を司る社」として朝廷からも厚く信仰され、
『日本書紀』や『延喜式神名帳』にもその名が記される由緒正しき神社です。
その名が示すとおり、「龍(たつ)」と「田(た)」の組み合わせは、
龍が風や雨をもたらし、田を潤すという自然信仰を象徴しており、
この地は古くから“風の通り道”として、特別な聖域とされてきました。
■ 由緒 ― 風を鎮め、国を護る「風神の社」
龍田神社の創建は、神代の昔にまで遡ります。
主祭神は 志那都比古神(しなつひこのかみ) と 志那都比売神(しなつひめのかみ)。
この二柱の神は『古事記』や『日本書紀』において、
伊邪那岐命が天地開闢の後に「風を吹かせる神」として生み出したと記されています。
古代日本において、風は農作物の豊凶を左右する重要な自然現象。
特に暴風や台風は天災として恐れられる一方で、
順風は航海や五穀豊穣をもたらす恵みとされました。
そのため、奈良時代にはすでに朝廷が「風鎮祭(ふうちんさい)」を行い、
国家の安寧と五穀豊穣を祈る場として龍田神社が崇められていたのです。
■ 伝説 ― 龍が昇る谷「龍田」の名の由来
社名の「龍田(たつた)」には、美しい伝説が残っています。
むかし、この地には風を巻き起こす巨大な龍が住んでおり、
山々を駆け上がって天へと昇り、風雨をもたらしたといいます。
その姿から「龍の立つ田」=「龍田」と呼ばれるようになったと伝わります。
また、龍田川一帯は紅葉の名所としても名高く、
古今和歌集には「龍田川 紅葉乱れて 流るめり」と詠まれ、
古来より風と紅葉の美しい調和を象徴する地として、多くの歌人に愛されてきました。
■ 御祭神 ― 志那都比古神と志那都比売神
龍田神社の御祭神である二柱は、
風そのものを神格化した「風神」の男女神です。
- 志那都比古神(しなつひこのかみ):
風を自在に操り、嵐を鎮める男性神。天と地の間を吹き渡る風そのものの象徴。 - 志那都比売神(しなつひめのかみ):
やさしい風を吹かせ、稲を育て、穏やかな気候をもたらす女神。
二柱がともに祀られることにより、
自然の「荒ぶる風」と「恵みの風」の両方を鎮め、調和させる力が宿るとされます。
■ 朝廷の崇敬と風鎮祭
奈良時代以降、朝廷は毎年、風害を鎮めるために「風鎮祭(ふうちんさい)」を斎行しました。
特に天平年間(8世紀)には、
「風が吹かず稲が枯れれば国が滅ぶ」とまで言われ、龍田神社は国家鎮護の社とされました。
『延喜式神名帳』では「名神大社」に列し、
特に祈雨・止雨の神として国家の重要な祈祷が行われた記録が残ります。
この伝統は今も続いており、
毎年4月と11月には「風鎮大祭」が執り行われ、
五穀豊穣と風水害の無事を祈る厳かな神事が斎行されています。
■ 境内の見どころ ― 清風が吹き抜ける神域
・龍田川
社の前を流れる清流。古来より紅葉の名所として知られ、秋には風に舞う紅葉が川面を彩ります。
「風と紅葉の神社」と称されるほどの美景です。
・風神石
境内にある石で、風を鎮める力を宿すと伝えられています。
この石に手をかざすと、心の乱れを鎮めるといわれています。
・風鈴まつり(夏期)
境内を彩る数百の風鈴が、涼やかな音を奏でる夏の風物詩。
“風を感じる神社”の魅力を、視覚と聴覚で楽しめます。
■ 分社 ― 龍田大社との関係
奈良県生駒郡には「龍田大社(たつたたいしゃ)」もあり、
こちらが“風の総本社”として知られています。
現在の龍田神社はその旧社地と伝えられ、
古代にはこの地に鎮座していた風神が後に龍田大社へと遷座したといわれます。
つまり龍田神社は、“風神信仰の原点”ともいえる場所なのです。
■ 終わりに ― 風とともに生きる古代信仰の原風景
龍田神社を訪れると、境内を常に優しい風が吹き抜けています。
その風は、まるで神々が今もここに息づいているかのよう。
喧騒から離れ、自然の流れと調和する時間を過ごせる、まさに癒やしの神域です。
風は見えないけれど、確かにそこにある。
私たちの心にも、日々の悩みや不安を吹き払う“風の神”の力が宿るのかもしれません。
📍所在地:奈良県生駒郡三郷町立野南1-24-1
⛩️御祭神:志那都比古神・志那都比売神
🌿主な祭礼:風鎮大祭(4月・11月)、風鈴まつり(夏期)
🚃アクセス:JR大和路線「三郷駅」より徒歩約10分
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