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【神社めぐり】日本三大東照宮-久能山・日光・鳳来山、家康公の生と死を巡る旅(まとめ)

日本三大東照宮
静岡・栃木・愛知――徳川家康公を神として祀る三大聖地

この記事でわかること
・家康公の遺言によって最初に築かれた久能山東照宮から、絢爛豪華な日光東照宮への信仰の広がり
・家康公誕生の伝説が残る、鳳来山東照宮という異色の存在
・全国に約130社あるといわれる東照宮の中で、なぜこの3社が「三大東照宮」と呼ばれるのか
「日本三大東照宮」とは、徳川家康公(東照大権現)を祀る全国約130社の東照宮の中でも、特に由緒深い久能山東照宮(静岡県)・日光東照宮(栃木県)・鳳来山東照宮(愛知県)を指す呼び名です。家康公の「死」と「誕生」、その両方の伝説に関わる3社を紹介します。

01. 日本三大東照宮とは?

由来 全国約130社ある東照宮の中でも、家康公との深い由緒を持つ3社
構成 久能山東照宮(静岡県)・日光東照宮(栃木県)・鳳来山東照宮(愛知県)
ご祭神 徳川家康公(東照大権現)
注意点 公式に定められたものではなく、仙台東照宮や世良田東照宮を挙げる組み合わせも広く流通している

東照宮は、江戸幕府を開いた徳川家康公を「東照大権現」という神として祀る神社で、全国に約130社存在するといわれます。中でも久能山東照宮は家康公の亡骸が最初に葬られた地、日光東照宮はその神霊が改めて祀られた絢爛豪華な聖地、そして鳳来山東照宮は家康公誕生にまつわる伝説の残る山――と、それぞれ異なる由緒を持っています。

02. 三大東照宮 徹底比較

1久能山東照宮(静岡県)

久能山東照宮は、元和2年(1616年)、家康公の遺言によって最初に築かれた東照宮の原点。国宝の本殿・石の間・拝殿を有し、1159段の石段の先に、家康公の廟所とされる神廟が今も静かに佇んでいます。

2日光東照宮(栃木県)

日光東照宮は、元和3年(1617年)、家康公の一周忌に合わせて造営された、東照宮の中で最も広く知られる存在。「見ざる言わざる聞かざる」の三猿や陽明門の彫刻群で知られ、世界遺産にも登録されています。

3鳳来山東照宮(愛知県)

鳳来山東照宮は、家康公の生誕に関わる伝説が残る鳳来寺山の中腹に鎮座する東照宮。家康公の母・於大の方がこの山の鳳来寺に子授けを祈願し、家康公を授かったという言い伝えに基づいて創建されました。

「日本三大東照宮」には、鳳来山東照宮の代わりに仙台東照宮(宮城県)や世良田東照宮(群馬県、家康公の祖先ゆかりの地)を挙げる組み合わせもあります。久能山・日光の2社は、ほぼすべての紹介でゆるぎない地位を占めています。

03. 三大東照宮めぐりのすすめ

久能山東照宮(静岡)・日光東照宮(栃木)・鳳来山東照宮(愛知)は、いずれも家康公の生涯における重要な瞬間――誕生・死・神格化――と結びついています。3社を巡ることは、家康公という一人の人物の物語をたどる旅にもなります。

久能山東照宮・鳳来山東照宮はいずれも山中に鎮座しており、参拝には歩きやすい服装がおすすめです。

04. まとめ

日本三大東照宮は、家康公の亡骸が最初に眠った久能山東照宮、その神霊が絢爛豪華に祀られた日光東照宮、そして誕生伝説の残る鳳来山東照宮からなる組み合わせです。家康公の生から死、そして神への昇華まで――一人の武将が神格化されていく壮大な物語を、3つの聖地から読み解くことができます。

関連リンク

謎と考察コーナー:なぜ家康公は「神」として祀られたのか?

【事実の整理】

家康公は死後、朝廷から「東照大権現」という神号を与えられ、久能山・日光をはじめ全国各地の東照宮に神として祀られました。同時代の武将で、これほど広範に「神」として祀られた例は他にほとんどありません。

【私の考察】

徳川幕府にとって、初代将軍・家康公を神格化することは、単なる追悼を超えた政治的な意味を持っていたと考えられます。「東照大権現」として全国に東照宮を建てることは、徳川家の支配の正統性を、神道的な権威によって裏付ける狙いがあったのではないでしょうか。鳳来山東照宮のように、家康公の誕生伝説までもが神格化の物語に組み込まれていった点も、この壮大な演出の一部だったと考えられます。

【結論(あくまで推測)】

家康公の神格化は、単なる信仰心の発露ではなく、徳川260年の泰平を支えるための、周到に設計された「装置」だったのかもしれません。三大東照宮を巡ることは、その壮大な物語装置の跡をたどる旅でもあります。

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