『日本書紀(にほんしょき、または、やまとふみ)』は、西暦720年に完成した、**日本で最初に国家が編纂した公式の歴史書(正史)**です。
『古事記』の完成からわずか8年後に成立したこの書物は、『古事記』とは異なる目的とスタイルを持ち、日本の歴史を語る上で欠かせないもう一つの重要な柱となっています。
1. 『日本書紀』編纂の背景と目的
『日本書紀』は、天皇の私的な目的や国内の伝承をまとめた『古事記』に対し、国際的な視点と公的な性格を強く持っています。
目的:国際社会への「正史」提示
当時の日本(朝廷)は、律令国家の体制を確立し、大陸(唐)や朝鮮半島からの留学生や使節との外交が活発でした。
外国との正式な交流において、「わが国がどのような国であるか」「天皇の歴史がどのようなものか」を正式な外交文書と同じ言語・形式で説明できる歴史書が必要でした。
このため、『日本書紀』は、誰が見ても日本の歴史と統治機構を理解できるよう、中国の歴史書にならって厳格な体裁でまとめられました。
編纂者:舎人親王(とねりしんのう)ら
編纂は、天武天皇の皇子である**舎人親王(とねりしんのう)**をリーダーに、複数の文人・学者たちが協力して行われました。
奈良時代という律令国家の最盛期に、国家の威信をかけて、多数の記録や伝承を収集・比較検討して作成された、当時の国家最高の知識が結集したプロジェクトだったと言えます。
2. 『日本書紀』の構成と内容の特徴
『日本書紀』は全30巻と、序文にあたる系図1巻(現存せず)からなる大部な歴史書です。
構成:天地開闢から持統天皇まで
| 巻数 | 内容の時代 | 記述の対象 | 特徴 |
| 巻第一・巻第二 | 神代(かみよ) | 神々 | 天地開闢から天孫降臨まで。一つの出来事について複数の異なる伝承(「一書に曰く」)を併記しているのが特徴。 |
| 巻第三~巻第三十 | 人代(じんだい) | 初代・神武天皇~第41代持統天皇 | 天皇一代ごとの治績を編年体(年月の順に記述する形式)で記述。史実性の高い情報や外交記録が多く含まれる。 |
最大の特徴:漢文(公文書のスタイル)
- 文体:原則として漢文(中国語の文体)で書かれています。これは、国際的な公文書や学問の場で使用されることを意識したためです。
- 編年体:記述が年代順に厳密に整理されています。天皇の即位年、出来事の年月日が明確に記され、公的な歴史書としての体裁が整っています。
3. 『古事記』との決定的な違い
『古事記』と『日本書紀』は、日本の起源を語る「二大古典」ですが、性質は大きく異なります。
| 比較項目 | 『日本書紀』 | 『古事記』 |
| 目的 | 公的な「正史」。国内外への国家の表明。 | 私的な「物語」。天皇家の系譜と伝承の保存。 |
| 文体 | 漢文。厳格で形式的。 | 日本語の音を活かした独特な表記。物語的。 |
| 記述範囲 | 持統天皇まで(より新しい時代まで)。 | 推古天皇まで。 |
| 神代の記述 | **複数の異伝(「一書」)**を併記。客観的。 | 一つの物語として統一的に記述。主観的。 |
『古事記』が日本人特有の感性や心情を描いた物語であるとすれば、『日本書紀』は、古代日本が世界に対して胸を張って示すための、権威ある公式な歴史書だったと言えるでしょう。この二書を知ることで、古代日本の多面的な姿が見えてきます。

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