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【お寺めぐり】善光寺-誰も見たことのない日本最古の仏様、堀に捨てられた本尊を拾った男の物語(長野県長野市)

善光寺 本堂
撞木造という珍しい様式で建つ、国宝・善光寺本堂

この記事でわかること
・難波の堀に捨てられた仏像を拾い上げ、信濃まで持ち帰った本田善光の物語
・誰も実際に見たことがないという「絶対秘仏」のご本尊にまつわる不思議
・「牛に引かれて善光寺参り」ということわざの、意外な由来
長野県長野市の善光寺には、特定の宗派に属さず、あらゆる人を分け隔てなく受け入れてきた1400年の信仰の歴史があります。

01. 善光寺の基本情報

正式名称善光寺(ぜんこうじ)
宗派無宗派(天台宗大勧進・浄土宗大本願が共同で護持)
ご本尊一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい)(絶対秘仏)
開山本田善光(ほんだよしみつ)
創建皇極天皇3年(644年)と伝わる
寺格無宗派の霊場、7年に一度の「御開帳」で知られる全国屈指の古刹
所在地長野県長野市元善町491
アクセスJR長野駅からバスで約15分
拝観時間お朝事の1時間前から/季節により16:00〜16:30閉館
拝観料本堂内陣券:一般600円、高校生200円、小中学生50円
公式サイトhttps://www.zenkoji.jp/

02. ご本尊「一光三尊阿弥陀如来」ってどんな仏様?

一光三尊阿弥陀如来
分類:如来(三尊形式)
日本最古と伝わる絶対秘仏

① 一言まとめ
善光寺のご本尊は一光三尊阿弥陀如来。一つの光背の中に、中央の阿弥陀如来と両脇の観音菩薩・勢至菩薩の三尊が納まる、たいへん珍しい形式の仏様です。日本最古の仏像と伝わりながら、誰も実際に見たことがない「絶対秘仏」として、厳重に守られています。

② 由来・経典上の位置づけ
伝承によれば、この仏像は欽明天皇の時代(552年)、仏教が百済(朝鮮半島)から日本に初めて伝えられた際に贈られた、日本最古の仏像であるとされています。しかし当時の朝廷では仏教を受け入れるかどうかをめぐって争いが起こり、この像は難波(現在の大阪)の堀に打ち捨てられてしまいました。その後、信濃の国司に仕えていた本田善光がこの像を見つけて拾い上げ、故郷の信濃まで持ち帰って祀ったのが、善光寺の始まりと伝えられています。皇極天皇3年(644年)、現在の地に本堂が建立されました。

③ 姿・特徴
善光寺の本尊は絶対秘仏のため、住職を含め誰も実際の姿を見ることが許されていません。7年に一度行われる「御開帳」では、本尊の身代わりとされる「前立本尊(まえだちほんぞん)」が公開されます。次回の御開帳は2027年4月に予定されています。

03. ご利益・祈願

🙏 極楽往生
🕊 現世利益全般
🩺 病気平癒
📿 結縁

善光寺は特定の宗派に属さず、身分や信仰の違いを問わず、あらゆる人を受け入れてきた歴史があります。「一生に一度は善光寺詣り」と言われるほど、極楽往生や現世利益全般を願う参拝者に篤く信仰されてきました。本堂前に座る「びんずる尊者」は、自分の体の悪い部分と同じ場所を撫でると回復するという「なでぼとけ」信仰でも知られています。

7年に一度の「御開帳」では、前立本尊とご縁を結ぶための「回向柱(えこうばしら)」が本堂前に建てられます。回向柱に触れることで、秘仏の本尊と直接手を結んでいるのと同じご利益があるとされています。

04. 境内の見どころガイド

仁王門・山門(三門)

善光寺 山門
文殊菩薩を安置する、登楼可能な国重要文化財の山門
仁王像が参拝者を出迎える仁王門から、本堂の手前には重要文化財の山門(三門)があります。楼上には文殊菩薩が祀られ、拝観券を購入すれば登楼して市街を一望することもできます。

本堂(国宝)

善光寺 本堂
「撞木造(しゅもくづくり)」という珍しい様式で建つ、国宝建築
T字型の屋根が特徴的な「撞木造」という日本でも珍しい建築様式の本堂。堂内にはご本尊が安置され、江戸時代から続く伽藍が今も参拝者を迎え入れています。

お戒壇巡り

お戒壇巡り
真っ暗な回廊を手探りで進み、本尊との結縁を果たす修行体験
本堂の瑠璃壇の下、約45メートルにわたる真っ暗な回廊を、壁伝いに手探りで進む体験です。回廊の途中、ご本尊の真下にあるとされる「極楽の錠前」に触れることができれば、秘仏の本尊と直接ご縁を結んだことになると伝えられています。
お戒壇巡りは完全な暗闇の中を歩きます。荷物はできるだけ身軽にし、壁から手を離さないよう注意しましょう。

御朱印情報

受付場所種類(各300円)
本堂前の授与品所善光寺(本堂)・御詠歌・山門(文殊菩薩)・びんずる尊者・おやこ地蔵

合計5種類の御朱印を授与しています。参拝の記念にぜひいただいてみてください。

05. 参拝の作法ガイド

  1. 仁王門をくぐる前に、境内に向かって軽く一礼します
  2. 手水舎で両手と口を清めます
  3. 本堂の前で姿勢を正し、静かに合掌して一礼します
  4. お参りが終わったら、来た時と同じように山門で振り返り一礼して退出します
神社の「二礼二拍手一礼」とは異なり、お寺では拍手は打ちません。静かに手を合わせる「合掌」だけでよい、ということをお子さんにも教えてあげてください。参道は長く続くので、歩きやすい靴での参拝がおすすめです。

06. 堀に捨てられた仏像を拾った男の物語

欽明天皇13年(552年)、朝鮮半島の百済から日本に仏教が伝えられました。しかし当時の朝廷では、仏教を受け入れるべきかどうかをめぐり、崇仏派と排仏派が激しく対立します。争いの末、伝来したばかりのこの尊い仏像は、難波の堀に打ち捨てられてしまいました。

それから時が流れ、信濃の国司に仕えていた本田善光という人物が、たまたまこの地を通りかかります。堀の中に沈む仏像を見つけた善光は、これを拾い上げ、はるばる故郷の信濃まで背負って持ち帰りました。善光は自宅にこの像を祀り、日々熱心にお参りを続けます。皇極天皇3年(644年)、この地に本堂が建立され、善光の名にちなんで「善光寺」と名づけられました。一人の男が堀の中から拾い上げた小さな像が、やがて全国から人々が訪れる、日本有数の信仰の聖地へと育っていったのです。

江戸時代に広まった「牛に引かれて善光寺参り」ということわざも、善光寺信仰の広がりを物語る逸話の一つです。信心の薄かった老婆が、川で洗っていた布を牛が角に引っ掛けて走り出したのを追いかけているうちに、いつしか善光寺にたどり着き、深く仏の教えに触れて信心を改めたという物語で、「思いがけないきっかけで良い方向に導かれる」ことのたとえとして、今も語り継がれています。

07. 周辺スポット・アクセス

🚃 電車
長野駅からバス約15分
🚗 車
上信越道 長野ICから約20分
🅿️ 駐車場
周辺の有料駐車場を利用
⏱ 所要時間
境内散策 約60〜90分

仁王門から本堂へと続く参道には、そば処や土産物店が軒を連ね、長野ならではのグルメも楽しめます。周辺には善光寺大本願・大勧進などの塔頭寺院も点在し、あわせて参拝するのもおすすめです。

⛩ 2027年4月には7年に一度の「善光寺御開帳」が予定されています。前立本尊が公開される特別な機会で、全国から多くの参拝者が訪れます。

08. まとめ

  • 善光寺は、堀に捨てられた仏像を本田善光が拾い上げたことに始まる、特定の宗派に属さない霊場
  • ご本尊は日本最古と伝わる絶対秘仏で、誰も実際に見たことがない
  • お戒壇巡りや「牛に引かれて善光寺参り」など、独自の信仰体験と逸話に満ちている

1400年にわたり、あらゆる人を分け隔てなく受け入れてきた善光寺。ぜひその懐の深い信仰の世界を、実際に体感してみてください。

09. ゆる仏様トーク

一光三尊阿弥陀如来様、いわば「1400年間、誰にも姿を見せない伝説のスター」みたいな存在です。姿を見せないからこそ、かえって想像力をかき立てられ、多くの人が思い思いに手を合わせたくなるのかもしれません。

「拾われ、背負われ、ここまでやってきた」

──本田善光に拾われたこの小さな像が、まさかこれほど多くの人々の信仰を集める存在になるとは、当の善光自身も想像していなかったかもしれません。

10. 謎と考察コーナー

【謎】絶対秘仏のご本尊は、本当に「日本最古の仏像」なのか?

【事実の整理】
善光寺の本尊は、552年に百済から伝来した日本最古の仏像であると伝えられています。しかしこの像は「絶対秘仏」として、これまで一度も公開されたことがなく、実物を見た人は誰もいません。そのため、科学的な検証も一切行われていません。

【私の考察】
なぜ善光寺は、これほど長い間、本尊を一度も公開しないという選択を貫いてきたのでしょうか。私は、これは単なる伝統の継承以上に、「見せないこと」自体が信仰を守るための知恵だったのではないかと考えます。もし本尊が公開されれば、それが本当に552年の仏像なのかという史実の検証にさらされてしまうかもしれません。しかし絶対秘仏であり続けることで、本尊は史実の検証という枠組みから自由な、純粋な信仰の対象であり続けることができたのではないでしょうか。

【結論(あくまで推測)】
善光寺の本尊が「見えない」ことこそが、1400年間、誰の目にも縛られない普遍的な信仰を保ち続けてきた最大の理由なのではないでしょうか。あなたはどう思いますか?

※あくまで私の考察です。

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