神 様 図 鑑
あめのみちひめのみこと 天道日女命
天の道を照らす太陽の女神 / 天火明命の妃・天香山命の母 / 物部・尾張・海部 三氏族の共通祖母神として崇められる
基本情報
天道日女命は名古屋市熱田区白鳥に鎮座する青衾神社(あおぶすまじんじゃ)の御祭神として、熱田神宮の境外摂社(式内社・尾張國愛智郡「青衾神社」)に祀られています。青衾神社(あおぶすまじんじゃ)は古来熱田神宮の海藏門の外にあると伝えられる延喜式内社。名古屋市内で熱田神宮と深い縁を持ちながら、本社から少し離れた場所に静かに鎮座する「熱田の隠れた古社」です。天火明命(真清田神社・No.記事参照)の妃であり、天香山命(彌彦神社・新潟県弥彦村)の母神という立場から、尾張氏・物部氏・海部氏という古代日本を代表する三氏族の「共通の祖母神」として学術的にも注目される神格を持ちます。
① 名前と出典
| 正式名称 |
天道日女命(あめのみちひめのみこと)先代旧事本紀・尾張氏系図・青衾神社社伝 天道日女(あめのみちひめ)・天道日売命(あめのみちひめのみこと)とも表記される。 |
|---|---|
| 名前の意味 |
「天(あめ)」——高天原・天界・天空を意味する接頭語。天津神の系統であることを示す。 「道(みち)」——道・軌道という意味。特に「太陽の通り道(天の道・黄道)」を指すとされる。太陽が天を運行する「天道(てんどう)」という概念と同根で、太陽の軌跡・光の道を守護する神格を示す。 「日女(ひめ)」——日(太陽)の女神という意味。「日女(ひめ)」は日本神話で太陽・光と女神を結ぶ神名要素(下光比売命・玉依毘売命なども同様の構造)。全体として「天の太陽の道を照らす女神」という意味となり、太陽の運行・農耕・時の守護を司る女神像が名前に凝縮されている。 |
| 初出文献 | 先代旧事本紀(天孫本紀)——平安時代初期成立。天火明命(饒速日命)の妃として天道日女命の名が記録され、御子・天香山命の母神とされる。また勘注系図(かんちゅうけいず)には「天道姫命、亦の名・屋乎止女命、亦の名・高光日女命、亦の名・祖母命」と記録される。先代旧事本紀・勘注系図・尾張氏系図 |
| 父神について |
文献によって父神の説が二つに分かれる重要な論点がある。 ①先代旧事本紀大成経の説:父神=神皇産霊尊(かみむすびのみこと)——高天原の造化三神のひとり・天津神系。この説に従えば天道日女命は天津神。 ②尾張氏系図の説:父神=大己貴神(おおなむちのかみ・大国主命)——国津神の代表。この説に従えば国津神。 名前が「天」から始まるので天津神の方が可能性は高い。 |
| 神様の種類 |
天津神(推定)——天の太陽の道を照らす女神・天火明命の妃として尾張・物部・海部三氏族の祖母神 天道日女命は物部氏、尾張氏、海部氏が共通の祖神と考えていた女神で、かつ太陽女神。記紀(古事記・日本書紀)には名が記されず、先代旧事本紀・勘注系図・各地の社伝に記録が留まる神。しかし「日女(ひめ)」という太陽女神の神格と、「天道(あめのみち)」という太陽の軌跡を司る神格は、古代日本の農耕信仰・太陽信仰の中核に位置する神名として重視されている。 |
② 別名の全体像——勘注系図が語る四つの名前
勘注系図には「天道姫命、亦の名・屋乎止女命(やをとめのみこと)、亦の名・高光日女命(たこひめのみこと)、亦の名・祖母命(おばのみこと)」と記録されており、天道日女命が複数の別名を持つことが分かる。これらの名はいずれも天道日女命の神格の異なる側面を表している。また「登美夜毘売(とみやびめ)」との同一神説も提唱されており、長髄彦(本シリーズ前記事)の縁の地「登美(鳥見)」との関連を指摘する研究者もいる。
③ 文献別の記録状況
| 文献・資料 | 成立年代 | 記載 | 記述の内容 |
|---|---|---|---|
| 古事記 | 712年 | 記載なし | 天火明命の妃については記述なし。天火明命自体は邇邇芸命の兄として登場する |
| 日本書紀 | 720年 | 記載なし | 天道日女命の名は日本書紀のどの巻にも登場しない |
| 先代旧事本紀(天孫本紀) | 平安初期 | 記載あり | 天火明命(饒速日命)の妃として天道日女命が登場し、御子・天香山命の母と記録される |
| 先代旧事本紀大成経 | 中世(偽書説あり) | 記載あり | 父神を神皇産霊尊と記す。偽書とされるが神名・系譜の参考資料として引用される |
| 勘注系図 | 平安期 | 記載あり | 「天道姫命、亦の名・屋乎止女命・高光日女命・祖母命」と四つの名前で記録される |
| 尾張氏系図 | 各時代 | 記載あり | 天火明命の妃として登場。父神を大己貴神(大国主命)とする説を採る |
| 青衾神社社伝 | 各時代 | 御祭神として祀る | 熱田神宮の境外摂社・延喜式内社「青衾神社」の御祭神として現在も祀られる |
④ 尾張氏の系譜における位置づけ——三氏族の祖母神
⑤ 活躍した時代
天道日女命は天火明命と同じ神代の神。尾張氏の系譜では天火明命から十数世代後に建稲種命・宮簀媛命が活躍する(本シリーズ前回・前々回記事)ことから、天道日女命はその十数世代前——「神代の女神」として尾張氏の始まりを照らした存在といえる。登美夜毘売も天道日女命の別名として良いのではないだろうか。天道日女命は物部氏、尾張氏、海部氏が共通の祖神と考えていた女神で、かつ太陽女神。
祀られる神社
神話・研究上の論点
「青衾(あおぶすま)」と「白衾(しろぶすま)」——日神と月神を祀った熱田神宮の幻の二社
青衾神社は古来熱田神宮の海藏門の外にあると伝えられる延喜式内社。江戸時代には熱田神宮摂社に「アヲブスマ」と称する社が二つあり、東六社の中のアヲブスマは「青衾」と書き日神を祀り、西六社の中のアヲブスマは「白衾」と書き月神を祀っていた。このうち、青衾社は明治になって廃絶し、白衾社が、現在、白鳥鎮座の青衾社となった。つまり現在の「青衾神社」は元来の「白衾社(月神)」であり、「青衾社(日神)」は明治以降に廃絶した——という複雑な経緯がある。「日神=天道日女命」が元来の青衾社に祀られていたのか、あるいは白衾社に祀られていたのかという問いは、現在も研究者の間で議論が続いている。
三大氏族の共通祖母神——天道日女命が結ぶ物部・尾張・海部の血脈
天道日女命は物部氏、尾張氏、海部氏が共通の祖神と考えていた女神で、かつ太陽女神。具体的には次の構造になる。天道日女命の夫・天火明命(=饒速日命・先代旧事本紀)との間に生まれた天香山命が尾張氏の祖となり、天香山命の異母弟・宇摩志麻遅命が物部氏の祖となり、夫・天火明命(別名・彦火明命)の系譜を引く海部氏が籠神社(天橋立)の社家として続く。つまり天道日女命は「大和政権時代の三大軍事・祭祀氏族の共通の始祖女神」という驚くべき位置に立つ神格を持つ。記紀に名がないにもかかわらず、物部・尾張・海部三氏族がそれぞれ天道日女命を「自分たちの祖母神」として意識していたことは、古代日本の氏族史の中で非常に注目すべき事実である。
「登美夜毘売(とみやびめ)」との同一神説——長髄彦の本拠地「登美」と天道日女命の意外な接点
登美夜毘売も天道日女命の別名として良いのではないだろうか。古事記の神武天皇東征神話に登場する「登美毘古(とみびこ)=長髄彦(ながすねひこ・本シリーズ記事あり)」の姉または妹とも伝わる女神「登美夜毘売(とみやびめ)」が天道日女命と同神ではないかという説がある。この説を採れば「物部氏・尾張氏・海部氏の祖母神」と「長髄彦の姉妹」が同一人物ということになり、饒速日命(長髄彦の主君)と天火明命(天道日女命の夫)の同一神説(先代旧事本紀)と連動する。確証はないが、古事記が語る神武東征の登美の系譜と、先代旧事本紀が語る天孫系の系譜が「天道日女命」という女神を介して繋がる可能性は、古代史研究者に興味深い論点を提供している。
逸話・エピソード
「天道(てんどう・あめのみち)」は古代において「太陽の運行する軌道・黄道(こうどう)」を意味した概念。太陽は天を定まった道(軌道)に沿って動き、その道によって季節・農耕の暦が決まる——古代の農耕社会において「太陽の道」を司る神は農耕の命運を握る最重要の神格だった。天道日女命という神名は「天の太陽の道を照らす女神」として、農耕の季節・時刻・豊穰のすべてを司る太陽女神の神格を示している。青衾神社に祀られる天道日女命は、太陽の道を歩む女神。光の運行を司り、農耕や人々の暮らしを支え、邪を祓い清める存在。「天照大神(太陽神)とは別に、太陽の軌道・運行を司る女神が尾張の地に別個に信仰されていた」という古代尾張の太陽信仰の多様性を示す存在としても注目される。
天道日女命の御子神・天香山命(あめのかぐやまのみこと)は、現在の新潟県西蒲原郡弥彦村に鎮座する彌彦神社(やひこじんじゃ)の御祭神「伊夜日子大神(いやひこのおおかみ)」と同神とされる。彌彦神社は越後国一宮として新潟県民の総氏神ともいわれる格式ある古社であり、「天香山命が大和国葛城の高尾張邑(たかおわりのむら)から越後(新潟)へ旅し、この地の開拓に尽力した」という伝承を持つ。つまり天道日女命の御子・天香山命が尾張だけでなく遠く越後(新潟)まで縁を持つ神として広まっており、その「広がり」の大本に天道日女命がいる。名古屋から遠く離れた新潟の一宮・彌彦神社が「実は尾張の古神・天道日女命の御子神を祀っている」という事実は、古代日本の氏族の広域展開を示すものとして興味深い。
勘注系図(海部氏が記した天橋立・籠神社系の系図)の記録によれば、天道日女命は晩年を丹後(現在の京都府舞鶴市周辺)の地で過ごしたとされる。舞鶴市堂奥には山口神社が鎮座し、この神社は「天道日女命の別名・屋乎止女命(やをとめのみこと)が老後に暮らした地」という伝承を持つ。近隣には天蔵神社(御子神・天香語山命を祀る)があり、「母子がともに丹後の地に縁を持つ」という伝承が残る。丹後(天橋立)は天火明命の別名「彦火明命」を御祭神とする籠神社(国宝「海部氏系図」を所蔵)がある地でもあり、天道日女命・天火明命・天香山命という親子三柱の縁が丹後という地を通じてつながる。「名古屋の熱田(青衾神社)→新潟の弥彦(彌彦神社)→京都の丹後(山口神社・籠神社)」という広大な縁の地のネットワークが天道日女命を介して浮かび上がる。
ご利益
「天道(太陽の軌道)」を司る女神として光明・開運・農耕守護という神格を持ちます。物部・尾張・海部という古代日本の三大氏族の共通の祖母神という立場から、組織の統合・家族の絆・先祖への感謝という現代的なご利益とも縁が深い神様です。青衾神社では太陽の女神として「邪を祓い清める」という厄除けのご利益も信仰されています。

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