神 様 図 鑑
あまつひこねのみこと 天津日子根命
天照大御神とスサノオの誓約から生まれた五男神の一柱 / 名古屋市内に複数祀られる、実は身近な神 / 鍛冶の神・天目一箇神の父
① 名前と出典
| 正式名称 | 天津日子根命(あまつひこねのみこと)古事記・上巻 日本書紀では天津彦根命(あまつひこねのみこと)と表記される。 |
|---|---|
| 名前の意味 |
「天津(あまつ)」——天に属する、天津神であることを示す語。 「日子根(ひこね)」——「日子(ひこ)」は日の御子・太陽神の子を示す男性の美称、「根(ね)」は力強さ・根源を示す接尾語とされる。全体で「天に属する、太陽神の若々しい男神」を意味すると解釈される。 |
| 初出文献 |
古事記(712年)上巻・日本書紀(720年)神代上「誓約(うけい)」の段 天照大御神が須佐之男命の十拳剣を譲り受けて噛み砕き、吹き出した息の中から生まれた三女神とは別に、須佐之男命が天照大御神の勾玉を譲り受けて生み出した五柱の男神の一柱として記される。古事記・日本書紀 |
| 神様の種類 |
天津神——誓約から生まれた五男神の一柱。鍛冶の神・天目一箇神の父として、ものづくり・国土開発の神々の系譜につながる 『新撰姓氏録』には天津日子根命を祖とする多くの氏族(凡河内直・山代直・茨城国造など)が記録されている。 |
② 活躍した時代
天津日子根命が生まれたのは、須佐之男命が高天原に昇ってきた際、天照大御神との間で行われた「誓約」の場面。この誓約の結果生まれた三女神(宗像三女神)・五男神は、その後の日本神話における皇統・氏族の祖として重要な位置を占めていく。
祀られる神社
登場する神話・伝説
誓約(うけい)の神話——十拳剣と勾玉から生まれた神々
高天原に昇ってきた須佐之男命に対し、天照大御神は「私を討ちに来たのではないか」と疑い、武装して迎えた。潔白を証明するため二柱は誓約を行うことになる。天照大御神が須佐之男命の十拳剣を三段に折り、天の真名井の水で洗って噛み砕き、吹き出した息から宗像三女神が生まれた。一方、須佐之男命は天照大御神の髪や腕に巻かれた八尺の勾玉の玉飾りを譲り受け、同じく天の真名井で洗って噛み砕き、吹き出した息から五柱の男神が生まれた。天津日子根命はこの五男神の一柱である。
「持ち主の子か、生んだ神の子か」——誓約の解釈をめぐる論点
誓約で生まれた神々の帰属をめぐっては古くから議論がある。物実(ものざね、子を生み出す元になった持ち物)の持ち主の子とする説と、実際に化生させた(息から吹き出した)神の子とする説とで解釈が分かれ、これによって三女神・五男神がそれぞれ天照大御神の子か須佐之男命の子かが変わってくる。一般的には物実の持ち主の子とする解釈が採られ、天津日子根命ら五男神は天照大御神の子とされることが多い。この誓約の”勝敗”は、須佐之男命が「自分の持ち物から清らかな女神が生まれたので自分の心は潔白だ」と主張したという記述もあり、記紀研究における重要な論点のひとつになっている。
逸話・エピソード
同じ誓約で生まれた天之忍穂耳命(皇統の祖)や天之菩卑能命(出雲国造の祖)に比べ、天津日子根命は記紀の中で個別の活躍譚を持たない。しかし『新撰姓氏録』には天津日子根命を祖とする氏族が数多く記載されており、皇統の表舞台には立たなかったものの、地方豪族の祖神として各地で確かな信仰を保ち続けてきた神である。中央の神話の主役ではなく、地方に根を張った神——という点で、地域信仰の奥深さを教えてくれる存在といえる。
天津日子根命は、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)と比売許曽命(ひめこそのみこと)の二柱の子をもうけたと伝わる。天目一箇神は片目の鍛冶神として知られ、刀剣・農具など鉄器づくりを司る神である。太陽神・天照大御神の系譜から、ものづくり・鍛冶の神が生まれるという流れは、古代日本における金属加工技術の伝来と信仰の広がりを神話的に物語っていると考えられている。
天津日子根命は中央の神話であまり目立たない一方、愛知県内では驚くほど多くの神社に祀られている。名古屋市北区・西区・熱田区をはじめ、瀬戸市・豊田市・豊橋市・知多半島まで、県内各地の氏神社・八王子社・八柱神社などに天津彦根命の名が見られる。壮大な神話を持たずとも、地域の暮らしを見守る氏神として長く親しまれてきた——天津日子根命はそうした”名もなき信仰の厚み”を象徴する神でもある。
ご利益
誓約から生まれた神という出自から誠実・約束成就のご利益が、数多くの氏族の祖神であることから氏族繁栄・子孫繁栄のご利益が生まれています。鍛冶の神・天目一箇神の父としてものづくりにも縁が深い神です。

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