こんにちは!全国の神社を巡るももちです。
今回は、日向国(宮崎県)の神話と古代史のロマンが今なお息づく名社「高屋神社(たかやじんじゃ)」をご紹介します!
「高屋神社」といえば、香川県の“天空の鳥居”で有名なお社を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし、今回注目するのは神話の郷・宮崎県に鎮座する高屋神社です!
実は宮崎県内には、宮崎市村角町と西都市岩爪の2箇所に歴史ある「高屋神社」が存在します。
今回は特に、安産子育のご利益や神話伝承で知られる「宮崎市村角町(むらずみちょう)の高屋神社」を中心に、その深すぎる歴史と魅力をファクトチェックを交えて詳しく解説していきますね!
宮崎市・高屋神社(たかやじんじゃ)とは?
宮崎県宮崎市村角町橘尊(たちばなのおと)に静かに鎮座する高屋神社。
一見すると地域に親しまれる静かな神社ですが、その歴史は『日本書紀』の神話時代や第12代・景行天皇の時代にまで遡る、極めて由緒ある聖地です。
【高屋神社(宮崎市)の基本情報】
* 所在地:宮崎県宮崎市村角町橘尊1975
* 御祭神:
・彦火火出見命(ひこほほでみのみこと / 山幸彦)
・豊玉姫命(とよたまひめのみこと)
・景行天皇(けいこうてんのう)
* 主なご利益:安産成就・子育・開運・事業成就・家内安全
『日本書紀』の神話に由来する「竹屋(たかや)」と安産の信仰
高屋神社が「安産・子育の神様」として深く信仰されている背景には、『日本書紀』に記されたある神話が関係しています。
山幸彦の母である木花開耶姫(このはなさくやひめ)が御子(彦火火出見命)を出産された際、へその緒を切るために使った竹刀(たちな)を投げ捨てたところ、そこから見事な竹林が生え揃ったという伝説が残されています。
この場所が「竹屋(たかや)」と呼ばれるようになり、これが現在の社名「高屋神社」の由来になったと伝えられています。母と子の生命の繋がりを象徴するストーリーから、古くから安産祈願の聖地として崇められてきました。
宮崎市・高屋神社のみどころ&歴史的ポイント
1. 景行天皇の行宮「高屋宮」と武内宿禰の伝承
『日本書紀』によると、第12代・景行天皇が熊襲(くまそ)平定のために九州へ下られた際、この地に仮の宮殿(行宮)である「高屋宮(たかやのみや)」を建て、6年間お留まりになったと記されています。
名臣・武内宿禰(たけしうちのすくね)がこの地を聖地として選んだとされ、約1900年前から神様をお祀りする神社が創建されたと考えられています。
2. 山幸彦の御陵説「高屋山上陵(たかやのやまのうえのみささぎ)」
神社の西側にある小高い場所(古墳)は、御祭神である彦火火出見命(山幸彦)の陵墓「高屋山上陵」の伝承地のひとつとされています。
(※現在、宮内庁が指定する高屋山上陵は鹿児島県霧島市にありますが、宮崎のこの地も古代から強い信仰を集めてきた陵墓伝承地のひとつです)
💡 もうひとつの「高屋神社(西都市岩爪)」もチェック!
宮崎県内をめぐるなら、西都市岩爪(いわづめ)に鎮座する高屋神社も外せません。
- 御祭神:大名牟遅命(おおなむちのみこと / 大国主命)、景行天皇
- 由緒:こちらも景行天皇が熊襲平定の際に高屋行宮を興し、皇軍の勝利を祈願して神殿を建てたのが始まりと伝えられています。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)も熊襲討伐の前に立ち寄り、祈願したという熱い歴史が残る武勇の聖地です。
どちらの高屋神社も、「古代天皇の九州征伐」と「日向国の神話」が濃密に絡み合う重要スポットであることがわかります。
参拝のワンポイントアドバイス
- 「安産祈願」や「子宝・子育て」を願う方に宮崎市の高屋神社は、新しい命を授かりたい方や、安産を願うご家族にぴったりのお参りスポットです。静かな境内には穏やかな気が満ちています。
- 歴史ファンなら「神話めぐり」のルートに近くには宮崎神宮や蓮ヶ池横穴群などの史跡も点在しています。神話や古代史に関心がある方は、日向国の歴史スポットと一緒に巡るとより深みが増しますよ!
おわりに
いかがでしたでしょうか?
派手な観光地化はされていませんが、木花開耶姫の出産伝承や景行天皇の行宮跡など、日本の原点の歴史がひっそりと息づく宮崎の「高屋神社」。
太古の神々に思いを馳せながら、足元からじんわりと湧き出るような神聖なパワーを感じに、ぜひ足を運んでみてくださいね!

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