この記事でわかること
・親鸞聖人の娘・覚信尼が、父の教えを守り続けようとした本願寺のはじまりの物語
・豊臣秀吉の寄進によって現在の姿になった、御影堂・阿弥陀堂の壮大なスケール
・大火から寺を守ったと伝わる「逆さ銀杏」の、水を吹いたという不思議な伝説
京都府京都市、世界遺産「古都京都の文化財」の一つである西本願寺には、親から子へ、師から弟子へと受け継がれてきた信仰の物語があります。
01. 西本願寺の基本情報
| 正式名称 | 龍谷山本願寺(りゅうこくざんほんがんじ)/通称:西本願寺 |
|---|---|
| 山号 | 龍谷山(りゅうこくざん) |
| 宗派 | 浄土真宗本願寺派 本山 |
| ご本尊 | 阿弥陀如来(あみだにょらい)(阿弥陀堂) |
| 宗祖 | 親鸞聖人(しんらんしょうにん) |
| 創建 | 文永9年(1272年)大谷廟堂建立に始まる/天正19年(1591年)現在地に移転 |
| 寺格 | 浄土真宗本願寺派本山、世界遺産「古都京都の文化財」(1994年登録) |
| 所在地 | 京都府京都市下京区堀川通花屋町下ル |
| アクセス | JR京都駅から徒歩約15分 |
| 拝観時間 | 毎朝6時からの晨朝勤行に始まり、境内は自由に参拝可能 |
| 拝観料 | 無料 |
| 公式サイト | https://www.hongwanji.kyoto/ |
02. ご本尊「阿弥陀如来」ってどんな仏様?
分類:如来
阿弥陀堂に安置
① 一言まとめ
西本願寺のご本尊は阿弥陀如来。「南無阿弥陀仏」と一心に念仏を唱える人を、身分や学識にかかわらず等しく極楽浄土へ導いてくださる仏様です。
② 由来・経典上の位置づけ
浄土真宗の宗祖・親鸞聖人は、比叡山での長い修行の後、師である法然上人のもとで「念仏を唱えれば誰もが救われる」という教えに深く帰依しました。親鸞の死後、その娘・覚信尼(かくしんに)は父を慕う人々とともに京都・東山に廟堂を建て、親鸞の遺骨と御影を祀りました。文永9年(1272年)のこの出来事が、本願寺の始まりとされています。その後、教団として発展した本願寺は、天正19年(1591年)、天下人・豊臣秀吉から現在の堀川六条の地を寄進され、この地に移転しました。慶長7年(1602年)、徳川家康が教如上人に烏丸六条の地を与えたことで東本願寺が分立し、以来「西本願寺」「東本願寺」と呼び分けられるようになりました。
③ 姿・特徴
阿弥陀堂(本堂)は、御影堂とともに世界最大級の木造建築とされ、堂内中央に本尊の阿弥陀如来が安置されています。隣接する御影堂には、親鸞聖人の生前の姿を写した御真影(木像)が祀られています。
03. ご利益・祈願
浄土真宗の教えの根本である「誰もが分け隔てなく救われる」という思想から、あらゆる人々の極楽往生を願う場として篤く信仰されています。また境内の「逆さ銀杏」の伝説から、火災除けのご利益でも知られています。
04. 境内の見どころガイド
御影堂(国宝)
阿弥陀堂(国宝)
唐門(国宝)
逆さ銀杏(水吹きイチョウ)
御朱印情報
| 受付場所 | 備考 |
|---|---|
| 参拝会館「聞法会館」等 | 浄土真宗の教義上、御朱印を授与しない方針の寺院も多いため要確認 |
浄土真宗では宗派の教義上、御朱印の授与を行わない場合があります。詳細は公式サイトでご確認ください。
05. 参拝の作法ガイド
- 御影堂門をくぐる前に、境内に向かって軽く一礼します
- 手水舎で両手と口を清めます
- 阿弥陀堂の前で姿勢を正し、静かに合掌して一礼します
- お参りが終わったら、来た時と同じように山門で振り返り一礼して退出します
06. 娘が守り続けた、父・親鸞の教え
浄土真宗の宗祖・親鸞聖人が弘長2年(1262年)にこの世を去った後、その教えを慕う人々の中心にいたのが、娘の覚信尼でした。覚信尼は父を慕う門弟たちとともに、京都・東山の地に廟堂を建て、親鸞の遺骨と御影を祀りました。これが文永9年(1272年)のことで、本願寺の直接の起源となっています。
その後、本願寺は歴代の宗主のもとで教団として大きく発展していきますが、戦乱の時代には各地を転々とする苦難の時期もありました。天正19年(1591年)、天下統一を果たした豊臣秀吉は、本願寺に現在の堀川六条の地を寄進します。ここに移った本願寺は、御影堂・阿弥陀堂をはじめとする壮麗な伽藍を整え、今日に至る姿となりました。父の教えを絶やすまいとした娘の一心な思いから始まった信仰が、400年以上の時を経て、この壮大な寺院として結実しているのです。
07. 周辺スポット・アクセス
JR京都駅から徒歩約15分
京都駅から市バスでも移動可能
周辺の有料駐車場を利用
境内散策 約40〜60分
西本願寺は京都駅から徒歩圏内にあり、東本願寺ともあわせて巡ることができます。両本願寺の建築を見比べることで、東西分立の歴史をより深く感じられるでしょう。
08. まとめ
- 西本願寺は、親鸞聖人の娘・覚信尼が父を慕って建てた廟堂に始まる浄土真宗本願寺派の本山
- 豊臣秀吉の寄進により現在地に移り、御影堂・阿弥陀堂という世界最大級の木造建築が整えられた
- 「逆さ銀杏」には、大火から寺を守るために水を吹いたという不思議な伝説が残る
父から娘へ、師から弟子へと受け継がれてきた信仰が息づく西本願寺。ぜひその壮大な伽藍を、実際に歩いて感じてみてください。
09. ゆる仏様トーク
阿弥陀如来様、いわば「間口が広すぎる救済窓口」みたいな存在です。身分も学識も問わず、ただ念仏を唱えるだけで受け付けてもらえるのですから、これほど懐の深い救いもなかなかありません。
──覚信尼のこの一心な思いがなければ、今の壮大な西本願寺は存在しなかったのかもしれません。
10. 謎と考察コーナー
【謎】「逆さ銀杏」は、本当に水を吹いて寺を救ったのか?
【事実の整理】
御影堂前に立つ大銀杏には、天明の大火(1788年)など京都を襲った大火の際、この木が水を吹き出して本願寺を火災から守ったという伝説が伝えられています。一方、銀杏という樹木は実際に水分を多く含み、燃えにくい性質を持つことから、古くから防火樹として神社仏閣に植えられてきました。
【私の考察】
「水を吹いた」という表現をそのまま文字通りの奇跡と捉える必要はないと私は考えます。むしろ、銀杏という樹木が持つ本来の燃えにくい性質、つまり「水分を多く含む」という科学的な特徴こそが、実際に大火の延焼を防いだ一因だったのではないでしょうか。その体験があまりに印象的だったために、人々の間で「水を吹いた」という、より神秘的で語り継ぎやすい物語へと昇華していったのかもしれません。
【結論(あくまで推測)】
逆さ銀杏の伝説は、単なる作り話ではなく、樹木の性質という科学的事実を土台にした、人々の実体験が育てた物語なのではないでしょうか。あなたはどう思いますか?
※あくまで私の考察です。

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