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【お寺めぐり】京都五山-なぜ大泥棒は南禅寺の山門で「絶景かな」と叫んだのか(京都府京都市)

南禅寺 三門
大泥棒・石川五右衛門が「絶景かな」と見得を切ったと伝わる南禅寺の三門

この記事でわかること
・歌舞伎の名場面「絶景かな、絶景かな」の舞台が、京都の禅寺の山門であるという事実
・室町幕府が禅宗寺院に付けた「格付けランキング」、京都五山の仕組み
・非公開のため一般には見ることができない「幻の第5位」の存在
京都には、室町幕府によって格付けされた5つの禅宗大寺院「京都五山」があります。天龍寺・相国寺・建仁寺東福寺・万寿寺と、別格とされる南禅寺。歌舞伎の名台詞の舞台になった山門から、非公開のまま静かに佇む「幻の寺」まで、京都五山それぞれの物語をご紹介します。

01. 京都五山とは? 室町幕府が定めた禅寺のランキング

京都五山は、中国・南宋の「五山十刹の制」にならって、室町幕府が京都の臨済宗寺院に付けた寺格(寺院の格付け)です。至徳3年(1386年)、三代将軍・足利義満によって、南禅寺を別格「五山之上」とし、天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺を五山と定める序列が確立されました。同様に鎌倉にも「鎌倉五山」が定められ、京都と鎌倉、それぞれの地で禅宗の中心的な寺院群として発展していきました。

寺格 寺名 所在地 特徴
五山之上(別格) 南禅寺 左京区 「絶景かな」の三門、水路閣
第一位 天龍寺 右京区(嵐山) 世界遺産、曹源池庭園
第二位 相国寺 上京区 足利義満創建、鳴き龍
第三位 建仁寺 東山区 京都最古の禅寺、風神雷神図
第四位 東福寺 東山区 紅葉の名所、通天橋
第五位 万寿寺 東山区 非公開・東福寺の塔頭

02. 京都五山、6つの物語

五山之上(別格)

南禅寺 ― 大泥棒が見得を切った、天下の名勝

南禅寺は、亀山法皇の離宮を寺院としたことに始まる、京都五山のさらに上に位置づけられる別格の存在です。境内を横切る赤煉瓦造りの「水路閣」は、明治時代に造られた琵琶湖疏水の一部で、禅寺の景観と近代建築が調和する独特の風景を作り出しています。

【伝説】「絶景かな、絶景かな」

歌舞伎の演目「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」で、大泥棒・石川五右衛門が南禅寺の山門(三門)の上から満開の桜を眺めながら「絶景かな、絶景かな」と見得を切る場面は、あまりにも有名です。しかし実際には、現在の三門が再建されたのは五右衛門の死後30年以上経ってからのことで、史実として五右衛門がこの山門に登ったことはなかったとされています。それでも、この名台詞は今も南禅寺のイメージとして広く親しまれ続けています。

第一位

天龍寺 ― 世界遺産の庭園に込められた、鎮魂の願い

京都五山第一位の天龍寺は、足利尊氏が、対立し敗死させた後醍醐天皇の菩提を弔うために創建した寺院です。開山・夢窓疎石が作庭した曹源池庭園は、嵐山や亀山を借景に取り入れた、日本を代表する庭園として世界遺産にも登録されています。

→ 詳しくはこちら:【お寺めぐり】天龍寺

第二位

相国寺 ― 足利義満が築いた、京都五山第二位の大寺院

相国寺は、室町幕府三代将軍・足利義満によって創建された、京都五山第二位の寺院です。応仁の乱や度重なる火災に見舞われながらも再建を繰り返し、現存する法堂は日本最古の法堂建築として知られています。

【体験】天井から響く「鳴き龍」

法堂の天井に描かれた龍の絵の真下で手を打つと、音が反響して龍が鳴いているように聞こえる「鳴き龍」という現象を体験できます。特別拝観の際に多くの参拝者がこの不思議な音響効果に驚かされる、相国寺ならではの見どころです。

第三位

建仁寺 ― 茶の湯とともに歩んだ、京都最古の禅寺

建仁2年(1202年)創建の建仁寺は、京都で最も古い歴史を持つ禅寺です。開山・栄西禅師は、中国から茶の種を持ち帰り、喫茶の習慣を日本に広めた人物としても知られています。俵屋宗達による国宝「風神雷神図屛風」(高精細複製)が公開されていることでも有名です。

→ 詳しくはこちら:【お寺めぐり】建仁寺

第四位

東福寺 ― 「東大寺」と「興福寺」から一字ずつ取った、壮大な寺号

東福寺という寺号は、奈良の東大寺のように大きく、興福寺のように盛んな寺にしたいという願いから、両者の一字ずつを取って名付けられたと伝えられています。紅葉の名所として名高い通天橋からの眺めは、秋になると多くの参拝者で賑わいます。

→ 詳しくはこちら:【お寺めぐり】東福寺

第五位

万寿寺 ― 一般には見ることができない、幻の第5位

京都五山第五位の万寿寺は、現在は東福寺の塔頭寺院となっており、一般には非公開です。かつては天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺と肩を並べる大寺院でしたが、時代の変遷とともに規模を縮小し、今では静かに境内を閉ざしたまま、五山としての歴史だけを今に伝えています。

非公開 ― 京都五山の中で唯一、一般参拝ができない寺院。御朱印のみ、時折いただけることがあるとされています。「見ることができない」ということ自体が、この寺最大の特徴になっています。

03. 京都五山、巡り方のヒント

🚃 南禅寺・東福寺
地下鉄・JR沿線でアクセス良好
🎋 天龍寺
嵐山エリア、竹林の小径と合わせて
🐉 相国寺
金閣寺・銀閣寺と同じ宗派の本山
🍵 建仁祭
祇園エリア、花見小路の近く
南禅寺・東福寺は紅葉の名所としても知られ、秋は特に混雑します。静かに拝観したい場合は、早朝や紅葉シーズンを避けた時期の参拝がおすすめです。

04. まとめ

  • 京都五山は、室町幕府が定めた臨済宗寺院の格付けで、南禅寺を別格に、天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺の5寺で構成される
  • 南禅寺の三門は、歌舞伎の名台詞「絶景かな」の舞台として広く知られている
  • 万寿寺だけは非公開で、一般には拝観できない「幻の第5位」となっている

格付けの上位から順に巡るもよし、伝説に惹かれた寺から訪れるもよし。京都五山は、どこから巡っても禅の美意識に触れられる特別な旅になるはずです。

05. 謎と考察コーナー

【謎】なぜ「史実ではない」とわかっていても、五右衛門の伝説は語り継がれるのか?

【事実の整理】
南禅寺の現在の三門が再建されたのは1628年。石川五右衛門が処刑されたのは1594年とされており、時期を照らし合わせると、五右衛門がこの山門に実際に登ったことはなかったと考えられています。それでも「絶景かな、絶景かな」の場面は、今も南禅寺を語る際に欠かせない逸話として紹介され続けています。

【私の考察】
史実でないとわかっていても、この物語が愛され続けるのはなぜでしょうか。私は、これは南禅寺の三門から見える景色が、実際に「絶景」と呼ぶにふさわしいほど素晴らしいからこそ、その感動を代弁する象徴的な物語として、歌舞伎の一場面が現実と結びついたのではないかと考えます。史実かどうかよりも、「この景色を見た誰かが、思わずそう叫びたくなる」という感覚こそが、この伝説の本質なのかもしれません。

【結論(あくまで推測)】
五右衛門の伝説が語り継がれるのは、史実の正確さよりも、南禅寺の三門からの景色そのものが、見る人に「絶景かな」と言わせるだけの説得力を持っているからなのではないでしょうか。あなたはどう思いますか?

※あくまで私の考察です。

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