鷲神社(おおとりじんじゃ)は、東京・浅草の北にある「おとりさま」。酉の市(とりのいち)の起源・発祥の神社とされています。
この記事でわかること
午前0時、一番太鼓が鳴りひびくと、24時間のお祭りが始まります。江戸の人々が新しい年の福をかき集めた市へ、ご案内します。
01. 鷲神社の基本情報
| 神社名 | 鷲神社(おおとりじんじゃ)。通称「おとりさま」。昔は「鷲大明神社(わしだいみょうじんしゃ)」とも |
|---|---|
| 祭神 | 天日鷲命(あめのひわしのみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと) |
| 創建 | 不詳(江戸時代の宝暦(ほうれき)・明和(めいわ)年間〈1750〜60年代〉には、すでに酉の祭が大にぎわいだったと記録に残る) |
| 主なご利益 | 開運・商売繁昌・殖産(しょくさん:産業がさかえること)・家内安全 |
| 例祭 | 11月の酉の日(酉の市) |
| 七福神 | 浅草名所七福神のうち、寿老人(じゅろうじん)を祀る |
| 所在地 | 東京都台東区千束(せんぞく)3-18-7 |
| アクセス | 東京メトロ日比谷線「入谷(いりや)駅」北口3番出口から徒歩約7分/つくばエクスプレス「浅草駅」から徒歩約8分 |
| 社格 | 公式サイトに記載なし |
| 参拝 | 酉の市の日は午前0時〜24時。ふだんの受付時間は公式サイトに記載がないため、事前に確認を |
| 電話 | 03-3876-0010(インフォメーション) |
| 公式サイト | https://otorisama.or.jp/ |
02. 鷲神社に祀られている神様
① 一言まとめ
鷲神社には、鷲の名を持つ開運の神様・天日鷲命と、英雄・日本武尊の二柱(ふたはしら)が祀られています。どちらも、福や勝ちを「つかみ取る」力をもつ神様として信仰されています。
② 神話のエピソード
天日鷲命は、『古事記』には登場しない神様です。『日本書紀』の一書(あるふみ:別の伝え)には「粟国(あわのくに)の忌部(いんべ)の遠祖」として名前が見えます。平安時代の歴史書『古語拾遺(こごしゅうい)』でも、忌部氏の祖先の神とされています。
神社に伝わる社伝(しゃでん)によると、天日鷲命の名前は天岩戸(あまのいわと)の神話に由来します。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)が岩戸にこもり、世界が真っ暗になったときのことです。天宇受売命(あめのうずめのみこと)が岩戸の前で舞いました。そのとき、「弦(げん)」という楽器を受け持つ神様がいました。
そして天手力男命(あめのたぢからおのみこと)が岩戸を開いたとき、その弦の先に鷲がとまりました。神々は「世を明るくするめでたいしるしの鳥だ」と喜びます。それからこの神様は、鷲の一字を入れて「鷲大明神」「天日鷲命」と呼ばれるようになったと伝えられています。
もう一柱の日本武尊は、のちにこの社に立ち寄った英雄です。その物語は「06 物語コラム」で紹介します。
③ 神様の性格・特徴
03. 鷲神社のご利益と2026年の酉の市
こんな人におすすめ
- お店や会社を営み、来年の商売繁昌を願う人
- 新しい年に向けて、運を開きたい人
- 試合や試験など、勝負ごとをひかえている人
酉の市以外のおすすめ:1月の初酉祭(はつとりさい)、元日〜7日の浅草名所七福神めぐり、2月の節分祭も行われます。
ご利益の根拠:公式サイトによると、酉の市は来る年の幸せを祈るお祭りです。願うのは「開運、授福(じゅふく:福を授かること)、殖産、除災、商売繁昌」です。実は、酉の市の本当の名前は「酉の祭(とりのまち)」。市が立つようになって、「市」の字があてられるようになりました。熊手は、福をかき集める縁起物として授けられてきました。
神社によると、酉の市の人出は毎年70万〜80万人。熊手店と露店の規模、にぎわいとも日本一だそうです。夜や週末はとくに混み合うので、時間に余裕をもって出かけましょう。
最近では、商売をしていない人も、家内安全や健康、恋愛成就などを願って熊手を求めるようになっているそうです。
04. 鷲神社の見どころ・境内ガイドと「なでおかめ」
なでおかめのご利益
「おかめ」は、天宇受売命のことだといわれます。福が多い「お多福(おたふく)」として、熊手の飾りにも江戸時代から使われてきました。なでる場所によって、ご利益が変わると伝えられています。
| なでる場所 | ご利益(言い伝え) |
|---|---|
| おでこ | 賢くなる |
| 目 | 先見の明がきく |
| 鼻 | 金運がつく |
| 向かって右の頬 | 恋愛成就 |
| 左の頬 | 健康 |
| 口 | 災いを防ぐ |
| あごから時計回り | 物事が丸くおさまる |
| 授与品・ご祈願 | 内容 |
|---|---|
| 熊手御守(かっこめ) | 酉の市の日だけ授与 |
| 酉の市のご祈願 | 当日受付順に随時(事前予約も可)。初穂料(はつほりょう)5,000円から(1家族・1団体5名まで) |
| 御朱印 | 種類や初穂料は公式サイトに記載がないため、当日の案内で確認してください |
05. 鷲神社の参拝作法ガイド
基本の作法は「二礼二拍手一礼」です(くわしくは【基礎知識】神社の正式な参拝方法~鳥居からお参りまで正しい作法を詳しく解説~で紹介しています)。
- 1鳥居の前で軽く一礼してから、参道の端を歩きます。
- 2手水舎で手と口を清めます。
- 3社殿で二礼二拍手一礼。そのあと、なでおかめにもごあいさつを。
- 4鳥居を出るときに、振り返って軽く一礼します。
子どもへの説明:「まず神様にごあいさつしてから、お店で熊手を選ぼうね。」
06. 鷲神社の物語コラム ― 日本武尊が松にかけた熊手
東の国々へ向かう長い旅。この先に、どんな戦いが待っているのかは分かりません。
その途中、日本武尊は、鷲の神様をお祀りする小さな社に立ち寄りました。社伝によると、ここで天日鷲命に戦いの勝利を祈ったといいます。
やがて季節はめぐり、志を果たした日本武尊が、ふたたびこの社の前に立ちます。冷たい風のなか、松の枝が静かに揺れていたのかもしれません。手にしていたのは、戦いで使った武具の「熊手」。日本武尊はその熊手を、社の前の松の枝にかけて、勝ち戦を祝いました。
そのお礼参りの日が、11月の酉の日だった――鷲神社の社伝は、そう伝えています。この日を例祭日と定めたのが「酉の祭(とりのまち)」、今の酉の市の始まりとされます。
実は、戦いの道具だった熊手は、いつしか「福をかき集める」縁起物に姿を変えました。江戸時代の中ごろから天保(てんぽう)のはじめごろまでは、柄の長い実用の熊手でした。そこに、おかめの面と四手(しで:紙の飾り)をつけたものだったと伝わります。
勝利を運んだ熊手が、今は一年の幸せを運ぶ。そう思うと、境内に並ぶ色とりどりの熊手が、少し誇らしげに見えてきます。
07. 鷲神社の周辺スポット・アクセス詳細
周辺のおすすめ
- 浅草寺(せんそうじ)― 浅草駅方面へ歩いて行ける距離にある、浅草観光の中心です(公式サイトでは、浅草駅から鷲神社まで約15分)。
- 浅草名所七福神めぐり ― 鷲神社(寿老人)をふくむ9つの社寺をめぐります。元日から7日までは、各社寺で福絵馬などが授与されます。
- グルメ・名物 ― 酉の市の日は、熊手店約150店のほか露店約750店が並びます。「頭の芋(とうのいも)」とも呼ばれる八頭(やつがしら)は、人の頭に立つように出世できる縁起物。お正月用の餅菓子・切山椒(きりざんしょ)も名物です。
- 吉原神社(よしわらじんじゃ)― 鷲神社のすぐ近く(台東区千束3-20-2)にある、浅草名所七福神の一社です。
- 樋口一葉ゆかりの地 ― 境内の一葉の碑のほか、近くの竜泉(りゅうせん)には台東区立一葉記念館があります。
Googleマップ:鷲神社の地図を開く
08. 鷲神社のまとめと関連記事
この記事でわかったこと
09. ゆる神様トーク ― 鷲神社と熊手編
型A(たとえ話):酉の市は、今でいえば「24時間営業の、開運の年末セール会場」です。午前0時のオープンと同時に、福を求める人が集まります。
型B(ツッコミ):熊手屋さんで値切ったら、値切った分をご祝儀として置いてくる。結局、言い値で買っています。──そう、江戸っ子の「粋(いき)」は、損得の計算より気持ちのやりとりだったのです。
型C(神様のひとこと)
※鷲神社の神様たちをイメージしたセリフで、実際の言葉ではありません。
ちょっといい話:神社の由緒によると、鷲神社の酉の市は、1923年(大正12年)の関東大震災の年も、戦時中や終戦の年も行われてきました。一度として行われなかった年はないそうです。
ひとくち知識:熊手は、最初は小さいものから始めて、会社や家の繁栄に合わせて少しずつ大きくしていくといわれます。買ったあとは、お店の人と「手締め(てじめ:みんなで手を打って締めくくること)」をするのがお決まりです。
10. 鷲神社の謎 ― 「三の酉の年は火事が多い」は本当か
11月に酉の日が3回ある年は「三の酉」まで行われます。昔から「三の酉の年は火事が多い」と言われてきました。
私がまず注目したいのは、「酉(とり)」の市だからこそ、「鶏」の俗信と結びつきやすかったという点です。そのうえで、どの説にも共通する「酉の市は来年を祈るお祭り」という点がカギだと考えます。
「三の酉の年は火事が多い」は、鶏の俗信と浅草の言い伝えが、大火の記憶とともに江戸じゅうの「来年への戒め(いましめ)」に育ったもの。あくまで私の考察です。あなたはどう思いますか?


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