お寺のお手洗いに、炎を背負った仏様がいる。それが烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)です。「トイレの神様」として知られる、けがれを焼き清める明王です。
この記事でわかること
- 火の神の名をもつ明王の由来と、『楞厳経』の「火頭(かず)」の話
- 姿・ご利益(けがれ除け・安産など)・真言と、会える寺
- 【謎】火の明王が、なぜお手洗いの仏様になったのか
毎日かならず行く場所に、こんなに強い仏様がいたのです。
01. 烏枢沙摩明王(トイレの神様)の基本情報(梵名・真言)
| 分類 | 明王(みょうおう=怒りの姿で人々を導く仏様) |
| 読み方 | うすさまみょうおう(「うすしまみょうおう」とも) |
| 表記のちがい | 烏芻沙摩・烏枢瑟摩・烏瑟沙摩・烏蒭沙摩など。どれも同じ明王です |
| 別名 | 穢跡金剛(えしゃくこんごう)・火頭金剛(かずこんごう)・不浄潔金剛(ふじょうけつこんごう)・受触金剛(じゅしょくこんごう) |
| 梵名(ぼんみょう) | ウッチュシュマ(Ucchuṣma)。「猛烈」「強い熱」の意味とされます。もとはインドの火の神アグニの呼び名の1つでした |
| 真言(しんごん) | 2種類が伝わります。①オン・クロダノウ・ウンジャク(臨済宗では「オン・クロダナウ・ウンジャク・ソワカ」)。②オン・シュリマリ・ママリ・マリシュシュリ・ソワカ(『陀羅尼集経』に説かれる、けがれをはらう真言) |
| 種子字(しゅじじ) | 確認できる資料では見つかりませんでした |
| ご縁日 | 烏枢沙摩明王としての定まったご縁日は、確認できる資料では見つかりませんでした |
02. 烏枢沙摩明王とは? ― けがれを焼きつくす炎の明王
① 一言まとめ
烏枢沙摩明王は、はげしい炎で、あらゆるけがれ(不浄)を焼き清める明王です。日本では、お寺のお手洗い(東司〈とうす〉)にまつられることが多く、「トイレの神様」「トイレの仏様」とも呼ばれます。
② 由来・経典上の位置づけ
名前のもとになったウッチュシュマは、インドの火の神アグニの呼び名の1つでした。火の神の名が、そのまま仏様の名前になったのです。
この明王が説かれるお経は、いくつかあります。根本のお経は『大威力烏枢瑟摩明王経』(だいいりきうすしまみょうおうきょう)です。もう1つ、『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門』という長い名前のお経があります。ここでは『霊要門』(れいようもん)と呼びます。まじないや祈りの方法を集めたお経です。
もう1つ大切なのが、『楞厳経』(りょうごんきょう)です。このお経では、25人の菩薩や弟子が、自分の悟りの方法を1人ずつ語ります。その18番目に登場するのが烏芻瑟摩(うすしま)です。
経典によれば、彼は遠い昔、欲の心がとても強い人でした。そこへ空王(くうおう)という仏が現れ、「欲の多い人は、はげしい火のかたまりになる」と教えます。彼は体じゅうの熱さ・冷たさを見つめる修行をしました。すると心の光が、欲の心を「智慧(ちえ)の火」に変えたといいます。それから仏たちは、彼を「火頭(かず)」と呼ぶようになりました。
なお『楞厳経』は、中国で作られたお経とみる説も有力です(諸説あり)。
日本へは、平安時代に密教とともに伝わりました。空海(くうかい)が伝えたとする解説もあります。のちに天台宗・真言宗・禅宗・日蓮宗など、多くの宗派で信仰されました。
③ 姿・持物・印相の特徴
- 顔と腕:決まった形はなく、一面六臂(いちめんろっぴ=顔1つ・腕6本)や三面八臂(さんめんはっぴ)など、さまざまです。腕が2本・4本の姿もあります。
- 髪:炎のいきおいで、大きく逆立っています。
- 持物:輪宝(りんぽう)や弓矢などを持つことが多いとされます。どくろや蛇で飾られることもあります。
- 足・台座:右足を大きく上げ、片足で立つ姿が多いとされます。蓮の台座に座る姿もあります。
- 光背:全身が炎に包まれ、炎の光背(こうはい)を背負います。
03. 烏枢沙摩明王のご利益 ― トイレの守り・けがれ除け・安産
🔥 けがれ・邪気を焼き清める
👶 安産・子授け
🩺 下半身の病の平癒
🛡 魔よけ・厄よけ
いちばんのご利益は、けがれを清めることです。炎で不浄を焼き、清らかなものに変えると信じられてきました。そのため、お寺のお手洗いにまつられることが多いのです。
日本では、安産や、出産にともなうけがれをはらう仏様としても祈られました。おなかの女の子を男の子に変える力がある、という信仰もありました。男の子の誕生を望んだ平安時代の公家(くげ)の間で、広く信じられたといいます。
こんな人におすすめ
- 家のお手洗いを、いつも清らかに保ちたい人
- 出産をひかえている人や、その家族
- 心のもやもやや、よくない気持ちを焼き払いたい人
ご利益の根拠:はげしい炎で、浄・不浄の区別なくすべてを焼き清める明王とされます。経典には、枯れた泉から水を出す、枯れた木をよみがえらせる、子を授かるなどの祈りの方法が説かれます。信仰としては、病気平癒や豊作、雨ごいなども祈られてきました(Wikipedia)。
04. 烏枢沙摩明王の関連する仏様
五大明王の「北の席」の入れかわりについては、金剛夜叉明王の記事でくわしく考察しています。烏枢沙摩明王に、決まった眷属(けんぞく=お供)は、確認できる資料では見つかりませんでした。
05. 烏枢沙摩明王をまつる主な寺院
- 可睡斎(かすいさい・静岡県袋井市):昭和12年(1937年)完成の「大東司(だいとうす)」の中央に、高さ177cmの像がまつられます。東司は国の登録有形文化財。受付の萬松閣(ばんしょうかく)でお札も受けられます。
- 明徳寺(みょうとくじ・静岡県伊豆市):下半身の病に霊験があるとされる「トイレの神様」の寺。「おさすり」をさすり、「おまたぎ」をまたいで祈ります。例年8月29日に「東司祭り」が開かれます(日程は伊豆市観光協会などで確認を)。
- 瑞龍寺(ずいりゅうじ・富山県高岡市):山門・仏殿・法堂が国宝の寺。東司の守護神だった烏瑟沙摩明王像が伝わり、ガイド付き拝観で見られます。東司の建物は明治時代に解体されました。
🚻 禅寺のお手洗いの建物そのものを見たいなら、東福寺(京都市東山区)の「東司」(重要文化財)が有名です。「百雪隠(ひゃくせっちん)」とも呼ばれるそうです。ここに烏枢沙摩明王がまつられているかは、確認できませんでした。
06. 烏枢沙摩明王の見分け方ガイド
✅ 烏枢沙摩明王かどうか、ここをチェック!
- まつられている場所がお手洗い(東司):いちばんわかりやすい手がかりです。
- 髪が炎のように大きく逆立っている:不動明王より、さらにはげしい髪型が多いです。
- 片足を大きく上げて立つ:右足を上げる姿が多いとされます。
- 腕が多く、輪宝や弓矢を持つ:腕の数は像によってちがいます。
似ている明王とのちがい
07. 烏枢沙摩明王の物語 ― 汚物の城を大地に変えた金剛
『霊要門』には、烏枢沙摩明王(穢跡金剛)が生まれたいきさつが語られています。
お釈迦さまが、いよいよ涅槃(ねはん=亡くなること)に入ろうとしていたときのこと。神々も弟子たちも、みな集まって悲しみにくれていました。
ところが、ただ1人、来ない者がいました。螺髻梵王(らけいぼんのう)という天の王です。彼は天女たちと遊んでいて、お別れの場に来ようとしなかったのです。
みんなは、術を使う仙人たちを呼びに行かせました。でも、梵王はおごりたかぶっていました。まわりに汚物で城壁をきずいていたため、だれも近づけません。
そこでお釈迦さまは、神通力(じんつうりき)で「不壊金剛(ふえこんごう)」を出現させます。金剛は汚物の城に向かうと、そのけがれを大地に変えてしまいました。そして梵王を、お釈迦さまのもとへ連れてきたのです。集まった人々は、この金剛を「大力士」とたたえたといいます。
だれもがいやがるけがれに、まっすぐ向かっていける仏様。お手洗いを守る烏枢沙摩明王の原点が、この物語にあるのかもしれません。
08. 烏枢沙摩明王のまとめと関連記事
この記事でわかったこと
- 烏枢沙摩明王は、炎でけがれを焼き清める明王。梵名ウッチュシュマは、もとは火の神アグニの呼び名だった
- お寺のお手洗い(東司)にまつられ、「トイレの神様」として、また安産の仏様として信仰された
- 『楞厳経』では、欲の心を「智慧の火」に変えて「火頭」と呼ばれた修行者として登場する
毎日のお手洗いにも、仏様の守りがある。お寺でお手洗いを借りたら、ぜひ入り口の上や奥を見上げてみてください。
09. ゆる仏様トーク ― 烏枢沙摩明王編
烏枢沙摩明王は、今でいえば「お手洗いに24時間立っている、守衛さん兼お清め係」です。夜中に1人でお手洗いに行くのがこわい子も、大丈夫。入り口の上には、炎を背負った最強の守衛さんがいます。しかも、よごれも心のもやもやも、まとめて焼き清めてくれるのです。
天女と遊んでいて、お釈迦さまのお別れに来ない。しかも汚物で城をきずいて立てこもる。螺髻梵王、さすがにそれは……。でも、そんな城にまっすぐ向かっていく金剛がいた。──そう、仏様の道は、ときにいちばんいやな場所を通っていくのです。
※経典の言葉ではなく、「浄と不浄を差別しない」とされる性格をもとにイメージしたセリフです。
10. 烏枢沙摩明王の謎 ― 火の明王が、なぜお手洗いにいるのか
烏枢沙摩明王の名前は、もとは火の神アグニの呼び名でした。ご利益も、病気平癒・子授け・安産など、たくさんあります。それなのに日本では、なぜ「お手洗いの仏様」として、いちばん知られるようになったのでしょうか。
① 梵名ウッチュシュマは、火の神アグニの呼び名の1つだった(JAANUS)。
② 『霊要門』では、汚物の城壁を大地に変える(07の物語)。別名の穢積金剛(えしゃくこんごう)は「積もったけがれを滅する金剛」の意味で、穢跡金剛とほぼ同じ意味とされる(Wikipedia)。
③ 『密教大辞典』では、名前の意味を「混雑・錯乱」と訳す。そして「浄と不浄を差別しない」性格に由来すると説明する(Wikipedia)。
④ 『楞厳経』では、欲の心を「智慧の火」に変え、「火頭」と呼ばれた修行者として登場する(英語版Wikipedia)。
⑤ 中国の禅宗では、この明王を主に『楞厳経』での役割から敬ってきたとされる(英語版Wikipedia)。
⑥ 日本では密教とともに伝わり、安産や出産のけがれをはらう仏として祈られた。また、真言宗と禅宗の両方で、東司の守り神とされる(JAANUS)。
⑦ 禅寺の東司は、お寺に欠かせない「七堂伽藍(しちどうがらん)」の1つ。禅堂・浴室とともに「三黙堂(さんもくどう)」とされた。私語を禁じられた場所だった(東福寺の東司の解説より)。
⑧ 今、お手洗いの烏枢沙摩明王で知られる寺には、曹洞宗の寺が多い(可睡斎・明徳寺など)。瑞龍寺にも、東司の守護神だった像が伝わる。
ふつうに考えれば、「炎はけがれを焼くから、お手洗いを守る」という説明になります。でも、それだけなら、なぜ不動明王ではないのでしょうか。不動明王も、炎で煩悩(ぼんのう)を焼く明王です。
そこにまつる仏様には、「炎が強い」だけでは足りません。「きたない場所でも心を乱さない」ことを、身をもって示した仏様がふさわしい。そう考えると、④と③がつながります。『楞厳経』の烏枢沙摩は、欲という「心のけがれ」を、智慧に変えて悟った修行者でした。そして名前そのものが、「浄と不浄を差別しない」と説明されることもあります。
もちろん⑥のように、真言宗のお寺でもお手洗いにまつられます。だから「禅寺だけの話」ではありません。ただ、お手洗いを「修行の場」とした禅寺では、この明王の意味がいっそう重なったのだと思います。
一方で、⑥の「出産のけがれをはらう」信仰は、密教の側から広まった別の流れです。つまり日本の烏枢沙摩明王には、「密教の、けがれをはらう仏」と「禅の、けがれの中で修行する仏」という2つの顔が重なっているのだと思います。
烏枢沙摩明王がお手洗いの仏様になったのは、単に「火がけがれを焼くから」ではないと考えます。禅寺のお手洗いは「修行の場」でした。そこにふさわしかったのが、欲やけがれを智慧に変えた『楞厳経』の「火頭」だったのではないでしょうか。ただし、日本でいつから東司にまつられるようになったのかは、私が調べた範囲ではわかりませんでした。あくまで私の考察です。あなたはどう思いますか?


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