神 様 図 鑑 — No. 053
はにやまひめのかみ 埴山比売神
土・大地の女神 / 伊邪那美命の体から生まれた埴土の神 / 陶芸・農業・大地の守護神
① 名前と出典
| 正式名称 | 埴山比売神(はにやまひめのかみ)古事記 |
|---|---|
| 日本書紀表記 | 埴山媛(はにやまひめ)・波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)日本書紀 |
| 名前の意味 | 「埴(はに)」は「粘土・埴土(はにつち)」——陶器・瓦・埴輪を作るのに使う粘りのある粘土のこと。「山(やま)」は山・丘・土を盛り上げた場所。「比売(ひめ)」は女神の敬称。全体として「埴土の山の女神」——粘土・大地の霊力を体現した土の女神という意味。 |
| 初出文献 | 古事記(712年)上巻・日本書紀(720年)神代上。火の神・カグツチを産んで死の床に就いた伊邪那美命(No.013)の体から生まれた自然神のひとり。「土(埴土)」の神として記録される。 |
② 神様の種類・神格
| 分類 | 国津神——大地の霊力・土の女神——伊邪那美命が火の神に焼かれて死の床に就いたとき、その体から排出されたもの(嘔吐・大便・尿)から多くの自然神が生まれた。埴山比売神は嘔吐から生まれたとされ(日本書紀の一書では「大便から」とも)、「生命の苦しみの中から大地が生まれる」という神話的逆説を体現する。 |
|---|---|
| 神格 | 土神・大地神・陶芸神・農業神・窯業神・建築(土台)神 |
| 速秋津比古神との婚姻 | 古事記には埴山比売神が速秋津比古神(はやあきつひこのかみ)と婚姻し、多くの御子神を産んだという記述がある。「土の神(埴山比売)と水の流れの神(速秋津比古)が結びついて食物・農業の神々が生まれる」という構造が、日本農業の根本(土+水→食物)を神話的に体現している。 |
③ 系図
④ 活躍した時代
埴山比売神は伊邪那美命の体から「土(埴土)」の霊力を担う神として生まれた。農耕・陶芸・建築という日本文化の三大基盤すべてが「土」に依存するという意味で、埴山比売神は日本文明の根底を支える縁の下の力持ちとして古代から現代まで信仰される。
祀られる神社
登場する神話・伝説
久久能智神(木)・罔象女神(水)・埴山比売神(土)という三柱の自然神が同じ親(伊邪那岐命・伊邪那美命)から生まれたことは、日本の農耕文明における「木・水・土」という三要素の不可分性を神話的に表現しています。田んぼを作るには土があり・水を引き・木の農具が必要——この三つが揃って初めて稲作が成り立つという農業の原理が、三柱の神々の誕生という形で神話に刻まれているのです。埴山比売神はその「土」の要素を担う神として、農耕文明の土台そのものを体現しています。
伊邪那美命の体から生まれた土の神——生と死のサイクルから大地が誕生
古事記・日本書紀によれば、火の神・迦具土神を産んで死の床に就いた伊邪那美命の体から多くの自然神が生まれた。埴山比売神はその一柱として「土(埴土)」を司る神として誕生した。「死の苦しみの中から大地が生まれる」という神話は、遺体が土に還り新たな命を育むという自然の循環をそのまま神話的に表現したものとも解釈できる。伊邪那美命という「死と冥界の女神」から「大地・土の女神(埴山比売神)」が生まれるという系譜は、日本人の「死と土と再生」への深い自然観を体現している。
埴輪(はにわ)と埴山比売神——古墳文化に生きた土の神への信仰
「埴輪(はにわ)」は古墳時代(3〜7世紀)に作られた素焼きの土製品で、人物・馬・器財などの形をして古墳の周囲や頂上に並べられた。「埴(はに)」という字は埴山比売神の「埴」と同じで、「粘土・埴土で作ったもの」という意味。古墳という「死者を葬る大地の場所」に「土で作られた像」を並べるという行為は、「土の神(埴山比売神)への信仰」が古墳文化の根底にあったことを示している。人物埴輪・馬形埴輪・船形埴輪など多彩な埴輪は現代の博物館でも親しまれており、その「土」の霊力の根源に埴山比売神がいる。
逸話・エピソード
愛知県は「日本六古窯」のうち常滑(とこなめ)・瀬戸(せと)・美濃(岐阜県)の三窯を近隣に持つ「日本一の陶磁器産地」。常滑焼(急須・タイル)・瀬戸焼(食器)・美濃焼(岐阜)はいずれも「土(粘土)」を焼いて作る工芸品で、その「土の霊力」を体現する神・埴山比売神との縁が深い。名古屋在住の神社ファンにとって「常滑の窯元めぐり(名鉄で約40分)」「瀬戸市の陶器めぐり(名古屋から約30分)」は埴山比売神の神格を最も身近に体感できる文化体験として楽しめる。「土を手でこねる(陶芸体験)」という行為が埴山比売神への最も直接的な「参拝」とも言えるかもしれない。

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