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【神社めぐり】久能山東照宮-家康公が最初に眠った地、国宝社殿と1159段の石段(静岡県)

久能山東照宮
徳川家康公が最初に眠った地――東照宮のすべての始まり

この記事でわかること
・元和2年(1616年)、家康公の遺言によって最初に築かれた「東照宮の原点」としての由緒
・国宝に指定される本殿・石の間・拝殿、そして今も謎に包まれた家康公の廟所
・1159段の石段、あるいはロープウェイで登る、駿河湾を望む聖地へのアクセス方法
久能山東照宮は、静岡県静岡市の久能山に鎮座する神社で、徳川家康公を祀る東照宮の中で最も古い歴史を持ちます。元和2年(1616年)、家康公は「亡骸はまず久能山に納め、一周忌が過ぎたら日光に小さき堂を建てて勧請せよ」と遺言し、その言葉どおりに築かれたのがこの久能山東照宮です。

01. 基本情報

正式名称 久能山東照宮
所在地 静岡県静岡市駿河区根古屋390
ご祭神 徳川家康公(東照大権現)
創建 元和2年(1616年)
文化財 本殿・石の間・拝殿が国宝(2010年指定)
ご利益 開運・出世・勝運・厄除け

02. 家康公が最初に眠った地

元和2年(1616年)4月17日、駿府城で75年の生涯を閉じた徳川家康公は、その遺言に従い、亡骸は久能山に葬られました。「まずは久能山に納め、一周忌が過ぎたら日光に小さき堂を建てて勧請せよ、そうすれば関東の鎮守となろう」という家康公の言葉どおり、当時の2代将軍・秀忠は久能山に社殿の造営を命じ、わずか1年7か月という異例の速さで社殿が完成しました。これが、全国に広がる東照宮信仰の原点です。

翌年の元和3年(1617年)には日光にも東照宮が造営され(現在の日光東照宮)、家康公の神霊が改めて祀られました。久能山と日光、どちらに家康公の亡骸が実際に眠っているのかは、今も議論が続く謎の一つです。

03. 見どころ

国宝 本殿・石の間・拝殿

権現造の社殿群は、2010年に国宝指定。極彩色の彫刻や漆塗りの意匠は、日光東照宮の原型ともいわれ、江戸初期の絢爛豪華な建築様式を今に伝えています。

神廟(しんびょう)

本殿の裏手にある、家康公の廟所。石造りの五重塔形式で、家康公の亡骸が眠るとされる場所です。厳粛な空気に包まれた、久能山東照宮で最も神聖な一角です。

1159段の石段

久能山の麓から本殿まで続く、1159段の石段。「一段一段、思うことなく登れば良運が開ける」ともいわれ、参拝そのものが一つの修行のような体験になります。

日本平ロープウェイ

石段を避けたい場合は、日本平山頂からロープウェイで約5分。駿河湾と富士山を望む絶景とともに、久能山山頂の東照宮へアクセスできます。

04. ご利益

開運招福
立身出世
勝運祈願
厄除け

家康公は、幾多の戦乱を勝ち抜き、天下泰平の世を築いた武将であることから、開運・出世・勝運の神として篤く信仰されています。

石段ルートは往復1時間以上かかる本格的な参拝路です。歩きやすい靴での参拝をおすすめします。

関連リンク

謎と考察コーナー:家康公の亡骸は、久能山と日光のどちらに眠るのか?

【事実の整理】

家康公の遺言には「久能山に納め、一周忌後に日光へ勧請せよ」とあります。「勧請」とは神霊を分けて祀ることを意味するため、亡骸そのものは久能山に留まり、日光には神霊(魂)だけが分祀されたとする説が有力です。

【私の考察】

実際に久能山東照宮の発掘調査は行われておらず、神廟の内部が公式に確認されたことはありません。一方で日光東照宮側にも、改葬を裏付ける明確な記録は残っていないとされます。この「確認しない」という選択自体が、家康公という神格化された存在への畏敬の表れなのかもしれません。

【結論(あくまで推測)】

文献の解釈上は「亡骸は久能山、神霊は日光へ」という説が最も有力ですが、真相は今も両社の神域の奥深くに眠ったままです。どちらの東照宮を訪れる際も、この壮大な謎に思いを馳せながら参拝してみてください。

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