第13話「天孫降臨」
ニニギノミコト、高千穂の峰へ降り立つ
あらすじ
国譲りを終えた葦原中国(地上世界)。アマテラス大御神はついに愛しい孫・ニニギノミコトをこの国の支配者として地上へ送り出す決断を下す。 神々の知恵と祝福、そして謎の先導神・猿田彦神の案内のもと、ニニギノミコトは高千穂の峰へ降り立ち、地上の支配を宣言する。天孫降臨は、のちの天皇家の統治の起源となる壮大な神話である。
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1アマテラスは「葦原中国は我が御子が知らすべき国ぞ」と宣言し、息子の天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に地上降臨を命じる。しかし天忍穂耳命は「降りようとしている間に子が生まれました。その子を降ろしてください」と申し上げた。
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2選ばれたのは天忍穂耳命の子・天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命(ニニギノミコト)。アマテラスから八尺勾玉・八咫鏡・草薙剣の三種の神器を授かり、思金神をはじめ多くの神々と五伴緒神(いつとものをのかみ)が随伴に選ばれた。
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3一行が天上から降りようとする途中、天の八衢(あめのやちまた)(天と地の境の辻)に不思議な神が立ちふさがっていた。全身を光で照らし、鼻が七咫(約126cm)・背が七尺(約210cm)の異様な姿をした猿田彦神(さるたひこのかみ)だった。
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4その異様さに神々は誰も近づけなかったが、天宇受売命(アメノウズメノミコト)だけが臆せず猿田彦神に問いかけた。猿田彦神は「天神御子が降臨されると聞き、先導のために参りました」と答えた。アマテラスの命でアメノウズメが猿田彦神を率いて道案内をさせることとなった。
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5ニニギノミコトは三種の神器を携え、五伴緒神・八百万の神を率いて、天上から雲を踏み分け竺紫(筑紫・九州)の日向の高千穂の槵触之峰(くじふるのたけ)に天降りなさった。
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6降り立った地を見渡したニニギノミコトは「此地は韓国に向かひ、笠沙の御前を真来通りて、朝日の直刺す国、夕日の日照る国なり。故、此地はいたく吉き地なり」と宣言し、岩根を深く踏み固めて宮殿(神社の起源)を建てた。
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7その後ニニギノミコトは笠沙の岬を歩いていたとき、絶世の美女・木花之佐久夜毘売(コノハナサクヤヒメ)に出会う。ここから第14話「ニニギと木花咲耶姫」へと続く。
登場神一覧
| 神名 | 読み方 | 役割・概要 |
|---|---|---|
| 天照大御神 | アマテラスオオミカミ | 高天原の最高神。孫のニニギノミコトに地上支配を命じ、三種の神器を授けた |
| 天之忍穂耳命 | アメノオシホミミノミコト | アマテラスの息子。最初に降臨を命じられたが、子(ニニギ)の誕生を理由に辞退した |
| 天邇岐志国邇岐志 天津日高日子番能邇邇藝命 |
ニニギノミコト | アマテラスの孫(天忍穂耳命の子)。天孫として選ばれ、高千穂へ降臨した地上世界の支配者 |
| 思金神 | オモイカネノカミ | 天の岩戸でも活躍した知恵の神。ニニギに従い降臨し、政(まつりごと)を執り行う役割 |
| 天手力男命 | アメノタヂカラオノミコト | 天の岩戸でアマテラスを引き出した力の神。ニニギの随伴として共に降臨した |
| 猿田彦神 | サルタヒコノカミ | 天の八衢で待ち構えていた国津神(地上の神)。天孫降臨の先導役を務めた道の神 |
| 天宇受売命 | アメノウズメノミコト | 五伴緒神の一柱。猿田彦神に唯一問いかけた勇気ある芸能の神。以後、猿田彦神を伊勢まで送り届けた |
| 木花之佐久夜毘売 | コノハナサクヤヒメ | 笠沙の岬でニニギに出会う絶世の美女。大山津見神(おおやまつみのかみ)の娘(次話に続く) |
五伴緒神(いつとものをのかみ)
ニニギノミコトの降臨に随伴した5柱の神々を「五伴緒神」という。それぞれが特定の職能(祭祀・芸能・工芸)を持ち、後の大和朝廷の祭祀と政治を支える有力氏族の祖先となった。 古事記では思金神・天手力男命・天石門別神(宇都志日金拆命)も随伴したことが記されている。
ニニギノミコトはアマテラスから三種の神器を授かり、地上へ携えて降った。これら三点は「天皇位の象徴」として現代まで引き継がれている。
- 八咫鏡(やたのかがみ)――伊斯許理度売命が製作。「鏡=太陽・アマテラスの分霊」。現在は伊勢神宮内宮(三重県)に御神体として祀られる
- 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)――玉祖命が製作。「勾玉=魂・生命力の象徴」。現在は皇居(東京)に保管される
- 草薙剣(くさなぎのつるぎ)――ヤマタノオロチの尾から出現(第8話)。「剣=武力・統治の権威」。現在は熱田神宮(愛知県)に祀られる(分霊は皇居)
猿田彦神の謎
天孫降臨の場面に突然現れた謎の神・猿田彦神。古事記はその容姿を他の神々と比べて異例に詳細に描写しており、神話の中でも特に印象的な存在として登場する。その正体や役割については、後世も様々に解釈されてきた。
- 鼻の長さ:七咫(ななあた)――一咫は親指と人差し指を広げた長さ(約18cm)。七咫で約126cm
- 背の高さ:七尺(ならびに七尺とも)――当時の一尺は約30cm。七尺で約210cmの巨体
- 目:八咫鏡のごとく丸く大きい――八咫鏡のような円形で大きな目
- 目の色:赤酸漿(あかほおずき)のよう――真っ赤に輝く目が闇を照らしていた
- 口と尻:かかやき明るかった――体全体が発光し、天地の間を照らしていた
この異様な姿に、高天原の神々は誰一人近づけなかった。ただ天宇受売命だけが胸を露わにし、腰紐を臍の下に押し垂れて、堂々と猿田彦神の前に立ち向かい問いかけた。
「国津神」の一柱(地上の土着神)でありながら、高天原からの降臨を事前に知って出迎えに来た。古事記では「先導するために参りました」と自ら語る。先導・道案内の神として、後世も「道の神」「旅の守護神」として全国で崇拝された。
猿田彦神と唯一対峙したアメノウズメは、その後猿田彦神を伊勢国五十鈴川の川上(現在の椿大神社周辺とも)まで送り届けた。アマテラスはアメノウズメに「猿女君(さるめのきみ)」の称号を授け、猿田彦神の名を名乗るようにと命じた。
猿田彦神は後世、村の境や辻に立つ「道祖神」と習合した。また異様な長鼻の描写から「天狗(てんぐ)」の原型とも見なされ、鼻高面の天狗像は猿田彦神の姿を模したとも言われる。庚申(こうしん)信仰とも結びついた。
古事記原文と現代語訳
①天忍穂耳命の辞退とニニギの選定
「然れども、天降らむとする間に、子生まれたり。名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命といふ。この子を降すべし。」
【読み方】しかれども、あまくだらむとするあいだに、こうまれたり。なはあめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみことといふ。このこをくだすべし。
「しかし(私が)降りようとしている間に子が生まれました。名前は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命(ニニギノミコト)といいます。この子を(代わりに)降ろすのが良いでしょう。」
②ニニギの高千穂降臨
「是に天照大御神の命もちて、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命、竺紫の日向の高千穂の槵触之峰に天降りまさしめき。」
【読み方】ここにあまてらすおおみかみのみことをもちて、あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと、つくしのひむかのたかちほのくじふるのたけにあまくだりまさしめき。
アマテラス大御神のご命令によって、(天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命=)ニニギノミコトは、筑紫(九州)の日向の高千穂の槵触之峰(くじふるのたけ)に天より降り立ちなさった。
③猿田彦神の容姿の描写
「鼻の長さ七咫、背の長さ七尺、また口尻明りかかがよひ、眼は八咫鏡のごとくして、赤酸漿に似たり。」
【読み方】はなのながさななあた、せのながさならびにななさか、またくちしりあかかかがよひ、まなこはやたかがみのごとくして、あかほおずきにしたり。
鼻の長さは七咫(約126cm)、背の高さは七尺(約210cm)。口と尻が明るく輝き、目は八咫鏡のように丸く大きく、赤酸漿(ほおずき)のように真っ赤に輝いていた。
④ニニギの国土讃歌(降臨の宣言)
「此地は韓国に向かひ、笠沙の御前を真来通りて、朝日の直刺す国、夕日の日照る国なり。故、此地はいたく吉き地。」
【読み方】ここはからくににむかひ、かささのみさきをまきどおりて、あさひのたださすくに、ゆうひのひてるくになり。かれ、ここはいたくよきところ。
「この地は韓国(大陸)に向かい合い、笠沙の御前(岬)まで真っ直ぐ通じており、朝日が直接さし込む国、夕日が美しく輝く国である。だからここはまことに良い場所だ。」
こう言って、岩根を深く踏み固め(根の堅州国まで届くほど深く柱を立て)、天の御柱を高く立てて、宮殿を築かれた。
考察・深掘り
古事記では「降りようとしている間に子が生まれた」という理由が語られる。しかし天忍穂耳命は国譲り交渉(第12話)でも使者として動かず、葦原中国に降りるのを渋った神でもあった。 神話的には「長男が辞退して孫が天孫となる」ことで、ニニギノミコトが「天孫(てんそん)」として最高の正統性を持つことが強調される。 天孫とはアマテラスの「孫」を指す言葉であり、直系の子ではなく孫が治める国という構造は、後の天皇家における「万世一系」の思想の根幹となっている。
猿田彦神は「国津神」つまり地上の土着神でありながら、高天原からの降臨を事前に知って出迎えに来た。これは大国主命が国を譲ったように、地上の神が天孫の権威を認めた象徴とも解釈できる。 「猿田彦」の名については諸説あり、「猿(さる)=申(さる)の方角(西南西)」を指すとする方角神説、光り輝く描写から古い太陽神だったとする説、「先導する者」を意味するサ行の語源とする説などがある。 古代インドや中東神話にも「道の先導神」「光り輝く案内神」が存在し、猿田彦神は普遍的な「道の神話」の日本的表現と見ることもできる。
ニニギが降り立った「竺紫の日向の高千穂の槵触之峰(くじふるのたけ)」については、現在も二つの候補地が論争されている。
①宮崎県高千穂町(槵触神社周辺):「くじふる神社」が鎮座し、古くから天孫降臨の地として信仰を集める。高千穂峡や天岩戸神社も近く、日向神話の聖地が集中する。
②鹿児島・宮崎県境の霧島山(高千穂峰・標高1574m):「霧島」は「霧(雲)が立ち込める島」の意で、雲を踏み分けて降臨した場面と合致する。霧島神宮はニニギノミコトを主祭神として祀る。
どちらの説も長い歴史的信仰の裏付けがあり、「高千穂」という地名が古代に広域を指していた可能性もある。
五伴緒神はそれぞれ、後の朝廷祭祀を支える有力氏族(中臣氏・忌部氏・猿女氏・鏡作氏・玉祖氏)の祖先とされる。 これは天孫降臨神話が「神の降臨」であると同時に、「大和朝廷の祭祀秩序の正当化」として機能していたことを示す。 古事記・日本書紀が編纂された8世紀初頭、これらの氏族は朝廷内で現役の重要職を担っており、神話の形でその正統性と由緒が語られた。 思金神(知恵)・天手力男命(武力)・天石門別神(結界)も加えると、天孫降臨は「知・武・神聖・祭祀・工芸・芸能」のすべてを携えた「国家の雛形が降りてきた」神話と解釈できる。
ニニギの国土讃歌は単なる詩的表現ではなく、政治的・地政学的宣言でもある。「韓国に向かう」という表現は、この地が大陸(朝鮮半島・中国大陸)を意識した位置にあることを明示する。 「朝日と夕日が共に輝く地」とは、東西どちらにも海(日向灘・薩摩湾)が開けた半島・岬の地形を指すと考えられ、農耕に適した豊穣の地であると同時に、海上交通の要衝でもあったことを示す。 また「笠沙の御前まで真来通りて」は海岸線が一直線に続く地形を指し、当時の航海・交易の観点からも重要な地点だったことがわかる。天孫が治める地として「豊かさ」と「開かれた交通」の二つの条件が揃った場所が選ばれたのである。
天孫降臨ゆかりの神社
| 神社名 | 所在地 | 天孫降臨との関係 |
|---|---|---|
| 高千穂神社 | 宮崎県西臼杵郡高千穂町 | 天孫降臨の地・高千穂の中心神社。高千穂皇神(タカチホノスメガミ)を主祭神とし、ニニギノミコトも祀る。天岩戸神社・天安河原も近隣 |
| 霧島神宮 | 鹿児島県霧島市 | ニニギノミコトを主祭神として祀る。高千穂峰(標高1574m)を御神体とし、天孫降臨のもう一つの聖地候補地 |
| 椿大神社 | 三重県鈴鹿市 | 猿田彦大神を主祭神とする全国猿田彦神社の総本社。境内に天宇受売命を祀る「椿岸神社」が鎮座し、二神の縁結びの聖地 |
| 猿田彦神社 | 三重県伊勢市 | 伊勢内宮の近くに鎮座する猿田彦神社。猿田彦神がアメノウズメに送られた伊勢五十鈴川の川上が鎮座地とされる |
| 春日大社 | 奈良県奈良市 | 五伴緒神の一柱・天児屋命(あめのこやねのみこと)を主祭神の一つとして祀る。中臣氏(藤原氏)の氏神で、天孫降臨から続く祭祀の伝統を現代に伝える |
| 忌部神社 | 徳島県吉野川市 | 五伴緒神の一柱・布刀玉命(ふとだまのみこと)を祀る。忌部氏(斎部氏)の祖神を祀る延喜式内社 |
| 都農神社 | 宮崎県児湯郡都農町 | 日向国一宮。ニニギノミコトが日向巡幸の際に最初に立ち寄り、国土平定を祈願したと伝える延喜式内社 |
| 鵜戸神宮 | 宮崎県日南市 | 日向神話の舞台の一つ。崖の中腹の洞窟内に社殿が鎮座する。豊玉毘売命(トヨタマヒメ・第15話)との縁が深い日向神話の聖地 |

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