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【要確認】【仏様図鑑】羅睺羅(らごら)-密行第一の十大弟子、萬福寺の羅漢がお腹を開いて仏の顔を見せる謎

神様図鑑
羅睺羅(らごら)は、お釈迦さまの実の子で、十大弟子・十六羅漢の一人。「密行第一(みつぎょうだいいち)」と呼ばれました。

この記事でわかること

  • 「羅睺羅」という名前にこめられた、ちょっとふしぎな意味
  • 父に「財産をください」と言いに行った少年が、最初の見習い僧になった物語
  • 【謎】萬福寺の羅怙羅尊者は、なぜお腹を開いて仏の顔を見せているのか

萬福寺の羅漢さんの中には、自分のお腹を両手で開いている像がいます。それが羅睺羅です。

01. 羅睺羅(羅怙羅)の基本情報

羅睺羅(らごら)基本情報
分類 羅漢・祖師(らかん・そし/十大弟子・十六羅漢の一人)
読み方 らごら
別名 羅怙羅(らごら)、羅睺羅尊者・羅怙羅尊者(らごらそんじゃ)、羅雲(らうん)
梵名(ぼんみょう) ラーフラ(Rāhula)。パーリ語でも同じです。「障り(さわり)」「覆う(おおう)」などと訳されます
家族 父はお釈迦さま(出家する前のシッダールタ王子)、母は耶輸陀羅(やしゅだら=ヤショーダラー)。祖父は浄飯王(じょうぼんのう)
称号 密行第一(みつぎょうだいいち)。漢訳の伝えによる呼び名です。パーリ語の伝えでは「学ぶことを好む第一」とされます
十六羅漢での順番 第11尊者
真言・種子字(しゅじじ)・ご縁日 確認できる資料では見つからなかった(本記事では省略)
💡 出典:読み・別名・密行第一はWikipedia「羅睺羅」。十六羅漢の第11尊者はWikipedia「十六羅漢」。パーリ語の伝えの称号は英語版Wikipedia「Rāhula」。

02. 羅睺羅とは? ― お釈迦さまの実の子で、最初の見習い僧

① 一言まとめ

羅睺羅は、お釈迦さまのただ一人の息子です。少年のときに出家し、最初の沙弥(しゃみ=見習いの僧)になりました。仏様ではなく、実在したとされるお坊さんです。

② 生涯と経典上の位置づけ

名前の「ラーフラ」には、「障り」という意味があるとされます。パーリ語の伝えでは、息子の誕生を知らされた王子が「ラーフラ(障り)が生まれた。きずなができた」と言ったといいます。出家を目ざす王子にとって、わが子は心をしばる「きずな」になる、という意味です。

いっぽう、月や太陽を覆い隠して食(しょく)を起こす魔神ラーフに名前の由来を求める伝えもあります(諸説あり)。

生まれたときにも、ふしぎな話があります。『仏本行集経(ぶつほんぎょうじっきょう)』などの伝えでは、羅睺羅は母のおなかに6年いたとされます。そして、父が悟りを開いたころに生まれたというのです。ただし多くの伝えでは、父の出家の直前に生まれたとされます(諸説あり)。

羅睺羅は、お釈迦さまが悟りを開いて故郷のカピラ城に帰ったときに出家しました。師となったのは、「智慧第一」の舎利弗(しゃりほつ)です。これが、仏教の沙弥の始まりとされます。20歳になって、正式な僧(比丘〈びく〉)になりました。

少年の羅睺羅には、こんな話も伝わります。ある夕方、お釈迦さまは足を洗う水を入れた器に、水を少しだけ残して見せました。

「うそをついても恥じない人の修行は、これくらいしか残っていない」。次に水を捨て、器を逆さにし、空っぽの器を見せます。そのたびに、うそをつく人の修行はこのように捨てられ、ひっくり返り、空っぽになると教えました。

さらにお釈迦さまは、鏡のたとえを話します。鏡で自分の顔を見るように、何かをする前・している間・したあとに、自分の行いを見つめなさい、と。パーリ語の『中部経典(ちゅうぶきょうてん)』に収められた経に見える話です。経の名は「アンバラッティカでの羅睺羅への教え」といいます。

大乗のお経にも、羅睺羅は登場します。『法華経』では、将来、仏になると約束される弟子の一人です。

そして羅睺羅は、十六羅漢の一人にも数えられます。もとになったのは、玄奘(げんじょう)が訳した『法住記(ほうじゅうき)』です。十六羅漢は、お釈迦さまの命を受けて、この世にとどまり人々を救う聖者たちです。羅睺羅はその第11尊者で、従える弟子(眷属〈けんぞく〉)は1100人とも900人ともいわれます(資料によってちがい、諸説あり)。

③ 姿の特徴 ― 羅漢像と、お腹を開く像

羅睺羅には、決まった持ち物はありません。十大弟子の像では、ほかの弟子と同じく僧の姿で立ちます。十六羅漢・十八羅漢の像では、座った羅漢の一人としてあらわされます。

とくに有名なのが、萬福寺の十八羅漢の一体、羅怙羅尊者像(1664年)です。両手で自分のお腹を大きく開き、その中にお釈迦さまの顔が見えます(くわしくは「10」の謎で)。

03. 羅睺羅とご縁のある祈り ― 正直・学び・子どもの成長

🪞 自分の行いを見つめる
🗣️ うそをつかない心
📖 こつこつ学ぶ力
🌱 子どもの心の成長

羅睺羅は、決まったご利益をさずける仏様ではありません。けれども、少年のときに出家し、父から直接教えを受けた弟子の生き方から、次のような願いと結びつけて考えることができます(筆者の見方です)。

こんな人におすすめ

  • 子どもに「うそをつかないこと」の大切さを、やさしく伝えたい親
  • 人に見せなくても、こつこつ努力を続けたい人
  • 一日の終わりに、自分の行いをふり返る習慣をつけたい人

結びつきの根拠:羅睺羅は、器の水と鏡のたとえで、うそを戒められ、自分の行いを見つめるよう教えられました。また、修行を人に言わずにやりとげたので「密行第一」と呼ばれました。少年の出家者の始まりとなったことも、子どもの成長と結びつく理由です。

04. 羅睺羅と関連する仏様・人物

釈迦如来(しゃかにょらい)羅睺羅の父であり、師。
舎利弗(しゃりほつ)「智慧第一」。羅睺羅を出家させた師とされる。
目連(もくれん)「神通第一」。羅睺羅の出家に立ち会った師の一人とする伝えもある。
阿難(あなん)「多聞第一」。お釈迦さまのいとこで、羅睺羅にとっては父のいとこ。
迦葉(かしょう)「頭陀第一」。十八羅漢では、十六羅漢に加わる一人とされることもある。
弥勒菩薩(みろくぼさつ)十六羅漢は、この未来の仏が現れるまで世にとどまるとされる。

神仏習合で羅睺羅に対応づけられた神様は、確認できる資料では見つかりませんでした。

05. 羅睺羅に会える寺院 ― 萬福寺・興福寺・大報恩寺

  • 萬福寺(まんぷくじ/京都府宇治市)― 国宝の大雄宝殿(だいゆうほうでん)に並ぶ十八羅漢像の中に、お腹を開いて仏の顔を見せる羅怙羅尊者像があります。中国から来た仏師・范道生(はんどうせい)が1664年(寛文〈かんぶん〉4年)に造りました。拝観は9時〜17時(受付16時30分まで)、大人500円です(公式サイト)。
  • 興福寺(こうふくじ/奈良市)― 国宝の乾漆(かんしつ)十大弟子立像(現存6体)のうち、羅睺羅とされる像があります。733〜734年(天平5〜6年)ごろにつくられ、西金堂(さいこんどう)にまつられた像です。今は国宝館で拝観できます。
  • ただし興福寺の像は、目を固く閉じています。そのため、目の見えない弟子・阿那律(あなりつ)の像かもしれない、という見方もあります。
  • 大報恩寺(千本釈迦堂/京都市上京区)― 快慶(かいけい)とその工房による晩年の作とされる十大弟子立像(重要文化財)が、10体そろって伝わります。羅睺羅の像も含まれるとされます。霊宝殿(れいほうでん)で拝観できます。
📅 出典:萬福寺の羅怙羅尊者像は、東京国立博物館の特別展「禅―心をかたちに―」(2016年)を紹介したサライの記事。萬福寺の拝観時間・料金は公式サイト。興福寺の像は観光庁の多言語解説文データベース。大報恩寺の十大弟子立像は美術手帖の展覧会レポート(2018年)。興福寺・大報恩寺の拝観料は今回、公式では確かめていません。展示替えもあるため、お出かけ前に確認してください。

06. 羅睺羅の見分け方 ― ほかの羅漢・十大弟子との違い

  • ✅ 萬福寺では「お腹を開いて、中に仏の顔」:萬福寺の十八羅漢では、お腹を開いて仏の顔を見せる像が羅怙羅尊者です。ただし、中国の十八羅漢の通称の一例では、心を開いて仏を見せる「開心羅漢(かいしんらかん)」は戍博迦(じゅばか)尊者です。羅怙羅は「沈思羅漢(ちんしらかん)」と呼ばれます。当てはめ方は寺や資料によってちがいます(諸説あり)。
  • ✅ 十六羅漢なら「第11尊者」:十六羅漢図や羅漢堂では、番号や名札がついていることがあります。「第十一」「羅怙羅」の字を探しましょう。
  • ✅ 十大弟子の中の「いちばん若い世代」:お釈迦さまの子なので、ほかの弟子より一世代下です。ただし、像で年齢がはっきり分かれているとはかぎりません。名札で確かめるのが確実です。
  • ✅ 「羅睺羅」と「羅怙羅」は同じ人:お寺によって字がちがいます。「羅雲(らうん)」と書かれることもあります。

07. 羅睺羅の物語コラム ― 「父上、財産をください」

悟りを開いたお釈迦さまが、ふるさとのカピラ城に帰ってきました。7日目のことです。母の耶輸陀羅は、幼い羅睺羅にこう言いました。

「あの方が、あなたのお父さまです。お父さまのところへ行って、あとつぎとしての財産をくださいと言いなさい」

羅睺羅は、お釈迦さまのあとをついて歩きました。そして、財産をくださいと願います。父のそばにいるのが、うれしかったのかもしれません。

お釈迦さまは考えました。この子がほしがっている財産は、いつか消えてしまうもの。それよりも、悟りの木の下で得た、決して消えない財産をあたえよう――。

こうしてお釈迦さまは、舎利弗に命じて羅睺羅を出家させました。羅睺羅は、仏教で最初の見習い僧(沙弥)になったのです。

ところが、これを知った祖父の浄飯王は、深く悲しみました。息子に続いて、孫まで家を出てしまったのです。王はお釈迦さまにたのみました。「これからは、親の許しのない子を出家させないでほしい」。

お釈迦さまはこれを受け入れ、親の許しを出家の決まりにした、と伝わります。一人の少年の出家が、教団のルールを一つ生んだのです。

📖 パーリ語の律蔵(りつぞう=お坊さんの決まりをまとめた書)の話を、英語版Wikipedia「Rāhula」をもとにやさしく言いかえました。セリフは意訳です。『大事(だいじ=マハーヴァストゥ)』では、羅睺羅が自分から出家を願い、母と祖父が許したとされるなど、伝えによってちがいがあります。

08. 羅睺羅(羅怙羅)のまとめと関連記事

この記事でわかったこと

  • 羅睺羅はお釈迦さまの実の子で、十大弟子の「密行第一」。十六羅漢の第11尊者でもある
  • 少年で出家し、最初の沙弥になった。親の許しを出家の決まりにするきっかけになったと伝わる
  • 萬福寺には、お腹を開いて仏の顔を見せる羅怙羅尊者像がある

萬福寺に行ったら、本堂の羅漢さんを一人ずつ見て、お腹を開いた尊者を探してみてください。

09. ゆる仏様トーク ― 羅睺羅編

🍵 ゆる仏様トーク①(たとえ話)

羅睺羅の出家は、今でいえば「お父さんに『おこづかいちょうだい』と言いに行ったら、一生ものの勉強道具をわたされた」ような話です。……ちょっと思っていたのとちがう。でも、あとになってその価値がわかるのです。

🍵 ゆる仏様トーク②(ツッコミ)

生まれたときにつけられた名前は「障り」。父の出家のじゃまになる、という意味だったともいわれます。──そう、その「障り」と呼ばれた子が、のちに父の教えを守る羅漢になったのです。

🍵 ゆる仏様トーク③(ひとこと)
「見せない努力にも、ちゃんと中身があるのです。」

※経典の言葉ではなく、羅睺羅の「密行」をもとにイメージしたセリフです。

10. 羅睺羅の謎 ― 萬福寺の羅怙羅尊者はなぜお腹を開くのか

【謎】中国では「心を開いて仏を見せる羅漢」は別の尊者とされるのに、なぜ萬福寺ではその役が羅怙羅なのか?
【事実の整理】① 萬福寺の大雄宝殿には、十八羅漢の像が並びます。その一体、羅怙羅尊者像(1664年・范道生作)は、両手で自分のお腹を大きく開いています。中にはお釈迦さまの顔が見えます。
この像は「すべての人の心の中に仏がいる」という教えを伝える、と説明されています(東京国立博物館の特別展を紹介した記事)。
② ところが、中国の十八羅漢の通称の一例(中国語版Wikipedia)では、開心羅漢は戍博迦(じゅばか)尊者です。「心を開いて、仏が心の中にあることを人に知らせた」と説明されます。
いっぽう羅怙羅は「沈思羅漢(ちんしらかん)」で、「お経を熱心に読み、戒律をきびしく守った」とされます。この通称がいつ定まったのかは書かれていません。当てはめ方は資料によってちがう可能性もあります。
③ 名前の「ラーフラ」は、「障り」「覆う」と訳されます。パーリ語の伝えの一つは、羅睺羅が父のさまたげになったことを、魔神ラーフが月を覆い隠すことにたとえています。
④ 羅睺羅の称号は「密行第一」。修行を人に言わず、目立たずにやりとげたことによるとされます。
⑤ 羅睺羅は、お釈迦さまの実の子です。そして少年のとき、父から鏡のたとえで「自分の行いを、何度も見つめなさい」と教えられました(パーリ語『中部経典』)。
【私の考察】②のとおり、「心の中の仏を見せる」役は、羅怙羅に決まっていたわけではなさそうです。それなのに萬福寺では、羅怙羅がその姿で造られました。私は、この当てはめには理由があったと考えます。
いちばんわかりやすい理由は、⑤の「お釈迦さまの実の子だから」です。子の中に父の顔がある、というのは自然な連想です。
でも、それだけではありません。なぜなら、羅睺羅は③の名前が「覆う」、④の修行のしかたが「人に見せない」人だからです。羅睺羅は、はじめから「覆われて、中が見えない人」として語られてきました。
その人が、自分の手でお腹を開く。すると、覆いの中にあったのは、父であり師である仏の顔だった。「覆い」と名づけられた子が、覆いを開いて中身を見せる。この姿は、羅睺羅の名前と称号を、ちょうど裏返して見せる形になっているのです。
そして⑤の鏡の教えもつながります。自分の行いを見つめつづけた弟子が、自分の中に見つけたのが仏だった――。そう読むこともできます。
【結論(あくまで推測)】萬福寺で「中の仏を見せる」役が羅怙羅になった理由。それは実の子だからというだけでなく、「覆う」という名前と「見せない修行」で知られた人だったからかもしれません。覆われていた中身を見せることで、「見えなくても、心の中に仏はいる」という教えが、いちばん強く伝わります。ただし、范道生や萬福寺がなぜこの姿を羅怙羅に当てたのかを書いた資料は、確認できていません。あくまで私の考察です。あなたはどう思いますか?
💡 出典:①はサライ(東京国立博物館の特別展「禅―心をかたちに―」2016年の紹介記事。「お腹を両手で大きく切り開いている」と説明)。②は中国語版Wikipedia「十八羅漢」の通称の一覧。③は英語版Wikipedia「Rāhula」(パーリ語の『譬喩経〈ひゆきょう=アパダーナ〉』)。④はWikipedia「羅睺羅」。⑤は英語版Wikipedia「Rāhula」と『中部経典』第61経の英訳(dhammatalks.org)。

11. 羅睺羅データベース早見表

項目 内容
分類 羅漢・祖師(十大弟子・十六羅漢)
読み方 らごら(羅怙羅とも書く)
梵名 ラーフラ(Rāhula)=障り・覆う
称号 密行第一
家族 父はお釈迦さま、母は耶輸陀羅
おもな役目 最初の沙弥(見習い僧)。十六羅漢の第11尊者
真言・ご縁日 確認できる資料では見つからなかった
主なご利益(象徴として) 正直・自分を見つめる心・学び・子どもの成長
ゆかりの話 6年の胎内、財産を求めた出家、器の水と鏡のたとえ、お腹を開く羅漢像(萬福寺)
代表的な像 萬福寺の羅怙羅尊者像(1664年・范道生)、興福寺の羅睺羅とされる像(国宝・十大弟子立像のうち・天平時代)、大報恩寺の十大弟子立像(重要文化財・快慶とその工房の作とされる)

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