(写真準備中)
龍女(りゅうにょ)は、『法華経』に登場する、海の龍王の娘です。わずか8歳で、あっという間に仏になったと説かれます。
この記事でわかること
- 龍女とはだれか、法華経の何という章に出てくるのか
- 日本で龍女が「女人成仏(にょにんじょうぶつ)」のシンボルになったわけ
- なぜ「悪人」の話と「龍女」の話が、一つの章に並んでいるのかの謎
いちばん遠いと思われた者が、いちばん速く仏になる。そんな逆転の物語です。
01. 龍女の基本情報
| 分類 | 八部衆の「龍」の一族で、経典に登場する人物です(この図鑑では天部の仲間として分類) |
| 読み方 | りゅうにょ(「りゅうじょ」と読まれることもあります) |
| 別名 | 竜女(りゅうにょ)・八歳の龍女(はっさいのりゅうにょ)・娑伽羅龍王(娑竭羅とも書く)の娘 |
| 父 | 娑伽羅龍王(しゃがらりゅうおう)。海の底の龍宮の王です |
| 梵名(ぼんみょう) | 経典に個人の名前は出てきません。「サーガラ龍王の娘」という呼び方だけです |
| 真言(しんごん)・種子字(しゅじ) | 龍女だけの真言・種子字は確認できませんでした |
| ご縁日 | 決まった縁日は確認できませんでした |
| 出典 | 『法華経』提婆達多品(だいばだったほん)第十二 |
02. 龍女とは?法華経で8歳にして仏になった龍王の娘
① 一言まとめ
龍女は、「龍でも、女性でも、子どもでも、仏になれる」ことを示すために登場する、法華経のヒロインです。
② 由来 ― 提婆達多品の龍女
龍女が出てくるのは、『法華経』(ほけきょう)の提婆達多品です。品(ほん)とは、お経の「章」のことです。
この章では、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)が海の中の娑伽羅龍王の宮殿からやって来ます。文殊菩薩は「海の中で、いつも法華経を説いていた」と言います。
そこで教えを聞いた一人が、龍王の娘でした。経典は、彼女を「年はやっと8歳」と紹介します。それでいて、知恵がとても鋭かったといいます。人々の心やおこないをよく知り、仏の深い教えもすべて心にたもっていた、と説かれます。
でも、その場にいた智積菩薩(ちしゃくぼさつ)や、お釈迦さまの弟子の舎利弗(しゃりほつ)は、すぐには信じませんでした。
そのあと龍女は宝珠(ほうじゅ)をささげ、たちまち仏になります。この場面はくわしく、八部衆の記事で紹介しています。ここでは、龍女と宝珠のやりとりだけを見てみましょう。
舎利弗たち「とても速かった」
龍女「では、私が仏になるのを見ていてください。これよりもっと速いのです」
※『法華経』提婆達多品の原文をもとに、やさしく言いかえています。
龍女がささげた宝珠は、「三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)と同じ値うち」があったと説かれます。三千大千世界とは、仏教でいう、とてつもなく大きな宇宙のことです。
経典では、龍女はたちまち男性の姿に変わり、南方の無垢世界(むくせかい)で仏になったと説かれます。この「変成男子(へんじょうなんし)」の表現は、当時の考え方を反映したものとされ、今ではさまざまに議論されています。
③ 姿・持ち物の特徴
- 宝珠(ほうじゅ):龍女のいちばんの目じるしです。両手で宝珠をささげる姿で描かれます。
- 少女の姿:8歳の少女として、または天女のような姿で描かれることがあります。
- 龍・波:海の龍宮の娘なので、龍や波と一緒に描かれることもあります。
決まった仏像の形(印相=いんぞう・台座など)は、確認できませんでした。単独の仏像は少なく、法華経の絵や、絵巻・写経の絵の中で出会うことが多い存在です。
平清盛(たいらのきよもり)が厳島神社に納めた『平家納経』(へいけのうきょう)にも、龍女が宝珠をささげて仏になる場面を描いた絵があります。
03. 龍女のご利益とは?「だれでも仏になれる」という希望
✨ だれでも仏になれる希望
💡 知恵
💧 水の恵み(重ねられる龍神信仰として)
龍女は、ふつうの「お願いを聞いてくれる神仏」とは少しちがいます。龍女のいちばんの意味は、「だれでも仏になれる」という教えそのものです。
昔のインドや日本では、女性は仏になるのがむずかしい、という考え方がありました。お経の中でも、舎利弗が「女性には五つのさわり(五障=ごしょう)がある」と言っています。
その考えを、8歳の龍の少女がくつがえしました。だから日本では、龍女は「女人成仏」のシンボルとして大切にされました。
平安時代の終わりには、平家納経に龍女の場面が描かれました。『更級日記』(さらしなにっき)の作者は少女のころ、夢でお坊さんに「法華経の五の巻を早く習いなさい」と言われたと書いています。五の巻には、この提婆達多品が入っています。
鎌倉時代の日蓮(にちれん)は、女性は男性の姿に変わらなくても成仏できると説いたとされます。のちの時代には、その教えにふれた武家の女性たちが、法華経を信仰するようになったと伝わります。
こんな人に知ってほしい
- 「自分なんて」と、つい自信をなくしてしまう人
- 年齢や立場で、できることを決めつけられてくやしい思いをした人
- 法華経のお話を、物語として楽しみたい人
ご利益の根拠:法華経の提婆達多品で、龍女が「龍・女性・子ども」という三つの立場のまま教えを受け、すぐに仏になったと説かれることが土台です。
※日本では、龍女が清瀧権現(せいりょうごんげん)や善女龍王(ぜんにょりゅうおう)と重ねられることもあります(諸説あり)。そうした水の神としての信仰では、雨や水の恵みが祈られてきました。
04. 龍女の家族・関連する仏様
龍女の父・娑伽羅龍王や、清瀧権現との関係は、娑伽羅龍王の記事でくわしく紹介しています。
05. 龍女にゆかりのある寺社
- 志度寺(しどじ/香川県さぬき市)― 四国八十八ヶ所の第86番札所です。能『海士』(あま)の舞台で、龍宮から珠を取り返した海女(あま)の伝説が残ります。境内には「海女の墓」があります。鎌倉時代の終わりから室町時代の初めに描かれた「志度寺縁起絵」は、国の重要文化財です。
- 醍醐寺(だいごじ/京都市伏見区)― 同じ娑伽羅龍王の娘とされ、龍女と結びつけて語られることもある清瀧権現をまつります(諸説あり)。くわしくは醍醐寺の記事へ。
- 神泉苑(しんせんえん/京都市中京区)― 空海の雨乞いで善女龍王が現れたと伝わる池の寺です。
- 厳島神社(いつくしまじんじゃ/広島県廿日市市)― 龍女の場面が描かれた『平家納経』が納められた神社です。
06. 龍女の見分け方ガイド
絵の中で、龍女はほかの女神とまぎらわしいことがあります。次のポイントを見てください。
※姿は時代や作者によって違います。上のポイントは目安です。
07. 龍女の物語 ― 能『海士』、龍宮の珠と海女の母
龍女は日本で、能(のう)の物語にもなりました。能『海士』(あま/「海人」とも書く)です。舞台は讃岐国(さぬきのくに)の志度の浦、いまの香川県さぬき市です。
若い大臣の藤原房前(ふじわらのふささき)が、亡き母のふるさとを訪れます。そこに現れた海女が、昔話を語りました。
むかし、興福寺(こうふくじ)に贈られた宝の珠「面向不背(めんこうふはい)の珠」が、龍宮にうばわれました。取り返しに来た藤原不比等(ふじわらのふひと)は、浦の海女と結ばれます。生まれた子が房前でした。
海女は「珠を取り返したら、この子を跡継ぎに」と約束し、海にもぐります。龍宮で珠をうばいますが、龍たちが追ってきました。
龍宮では死をけがれとしてきらいます。そこで海女は乳の下を切り、珠を体の中にかくしました。引き上げられた海女の傷口から、珠が見つかったのです。
その海女こそ、房前の母でした。房前が法華経を読んで供養すると、母は龍女の姿で現れて舞い、成仏できたお礼を述べます。
──そう、龍宮から珠を取り返した母が、最後は龍女となって救われる。法華経の龍女の物語が、日本の母の物語に生まれ変わったのです。
08. 龍女のまとめと関連記事
この記事でわかったこと
- 龍女は『法華経』提婆達多品に出てくる、娑伽羅龍王の8歳の娘
- 宝珠をささげ、たちまち仏になったことで、日本では女人成仏のシンボルになった
- 能『海士』では、龍宮から珠を取り返した海女の母が龍女となって救われる
「自分には無理」と思ったとき、8歳の龍の少女を思い出してみませんか。
09. ゆる仏様トーク ― 龍女編
龍女は、今でいえば「大人たちの前で、飛び級で合格した8歳の天才少女」です。まわりの先輩たちが「まさか」と言っているあいだに、もう卒業していました。
「女性はすぐには仏になれない」。舎利弗がそう言った直後、龍女は宝珠をささげ、目の前で成仏してしまいます。──そう、説明しているそばから、反対の答えが出てしまったのです。
※経典の言葉ではなく、龍女の物語のイメージから作ったセリフです。

コメント