神の種類
天津神→国津神
父神
伊弉諾尊
主な神社
須佐神社・八坂神社
活躍時代
神代(かみよ)
神仏習合
牛頭天王

「スサノオって何の神様?」「熱田神宮にもまつられているの?」——そんな疑問に答えます。乱暴者として追放され、出雲では英雄になった素戔嗚尊(スサノオノミコト)の神話・ご利益・祀る神社を、わかりやすくまとめました。

素戔嗚尊(スサノオノミコト)とは?30秒でわかるまとめ
読み方すさのおのみこと(古事記では建速須佐之男命〈たけはやすさのおのみこと〉)
どんな神様?伊弉諾尊から生まれた三貴子(さんきし)のひとり。天照大神の弟で、高天原で乱暴して追放されたあと、出雲でヤマタノオロチを退治した英雄神
何の神様?嵐・海の神、厄除け・疫病除けの神(牛頭天王と同じ神とされた)、和歌の祖神
おもなご利益厄除け・疫病除け、縁結び・夫婦円満、勝負運、五穀豊穣、和歌・芸能の上達
祀る神社須佐神社(島根)・八坂神社(京都)・津島神社(愛知)・氷川神社(埼玉)・八重垣神社(島根)など。熱田神宮でも相殿神(あいどののかみ)としてまつられる
📅 2025年7月22日 ✍️ 神社めぐり管理人 🗂 神様図鑑シリーズ 📖 読了目安:12分

① 名前と出典

正式名称 素戔嗚尊(すさのおのみこと)日本書紀
古事記表記 建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)古事記
名前の意味 「スサ」は「荒ぶる・激しい」さまを意味するとも、「すすむ・清らか」を意味するとも解釈される。「ノオ」は「男・雄」。古事記の「建速(たけはや)」は「猛々しく速い」の意。全体として「荒ぶる力ある雄神」を表す。
初出文献 古事記(712年)上巻・日本書紀(720年)神代上。日本神話の中でも最も多くの神話・エピソードを持つ神のひとり。
⚡ 注目ポイント:素戔嗚尊は日本神話において最も劇的な変遷を遂げた神様です。高天原で乱暴を働き追放された「悪神」の側面と、ヤマタノオロチを退治し稲田姫を救った「英雄」の側面、さらには日本最古の和歌を詠んだ「詩人」の側面を合わせ持つ、重層的な魅力にあふれた神です。

② 別名と出典

建速須佐之男命 たけはやすさのおのみこと。古事記での正式名称。「猛々しく速い」という修飾がつく。古事記
速素戔嗚尊・武素戔嗚尊 はやすさのおのみこと・たけすさのおのみこと。日本書紀の別表記。日本書紀
神素戔嗚尊 かむすさのおのみこと。「神」の尊称をつけた表記。日本書紀
神須佐能袁命・須佐能乎命 かむすさのおのみこと・すさのおのみこと。出雲の地名の由来の話に、たびたび登場する。出雲国風土記
牛頭天王 ごずてんのう。神仏習合時代の呼称。祇園精舎の守り神と伝えられる疫病の神・牛頭天王(インドで信仰された記録はなく、起源ははっきりしません。日本や朝鮮半島で生まれたとする説があります)と同じ神とされました。八坂神社の祇園祭は、この信仰から始まりました。中世神仏習合
武塔神 むとうしん。『備後国風土記』逸文の蘇民将来の話に出てくる神。自分は「速須佐雄(はやすさのお)の神」だと名のったと伝わる。備後国風土記(逸文)

③ 同一神・神仏習合

牛頭天王 疫病の神・牛頭天王(ごずてんのう)と習合しました。牛頭天王は祇園精舎の守り神と伝えられますが、インドで信仰された記録はなく、起源ははっきりしません。この「祇園信仰」は中世に全国へ広まり、京都の八坂神社(祇園社)の主神となりました。明治の神仏分離のあと、牛頭天王の名は使われなくなり、素戔嗚尊としてまつられています。 神仏習合(本地垂迹〈ほんじすいじゃく〉説)
薬師如来(一部) 牛頭天王の本地(本来の仏の姿)は、薬師如来とされることが多くありました。病気をいやす薬師如来と、疫病をしずめる牛頭天王(素戔嗚尊)が結びつけられたのです。 各地民間信仰
💡 蘇民将来の伝説:旅の神(武塔神=素戔嗚尊とされる)が、貧しいながらも親切にもてなしてくれた蘇民将来(そみんしょうらい)に、「茅の輪(ちのわ)を腰につければ疫病から守られる」と教えた伝説。これが、夏越の大祓(なごしのおおはらえ)の「茅の輪くぐり」の起源とされます。

④ 神様の種類

分類 天津神から国津神へ——伊弉諾尊から生まれた三貴子のひとりとして高天原(天界)出身の天津神として誕生したが、高天原を追放され地上(根之堅州国・出雲)へ降りたことで事実上「国津神」として地上に根ざした神になりました。天と地の両方に関わる神です。
神格 嵐神・海神・農業神・英雄神・詩歌神・厄除神・縁結神
特徴 日本神話の神々のなかで最も人間的な感情の起伏を持つ神。死んだ母を恋しがって泣き続け、高天原で乱暴し追放される「問題児」から、ヤマタノオロチを退治して英雄となり、日本最古の和歌を詠む「詩人」へと変貌する。その複雑な性格は、大国主命ら多くの子孫・関係者とのドラマを生み出し、日本神話最大の登場人物ともいえる存在。

⑤ 系図

📖 系図の注記:大国主命は古事記では素戔嗚尊の「6世孫」と記されますが、日本書紀では「御子神」とする説もあり諸説あります。また天照大神との誓約(うけい)で生まれた宗像三女神(田心姫〈たごりひめ〉・湍津姫〈たぎつひめ〉・市杵島姫〈いちきしまひめ〉)も、素戔嗚尊の子とされます。

⑥ 活躍した時代

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神代——高天原から出雲へ、波乱万丈の神代を生き抜いた神
伊弉諾尊の禊(みそぎ)から、天照大神・月読命とともに生まれた三貴子のひとりです。父から海原を治めるよう命じられましたが、亡き母・伊弉冉尊を慕って泣き続けました。そのため父神に追放され、母のいる根之堅州国へ行く前に、姉の天照大神のもとへ向かいます。高天原での乱暴が天岩戸隠れの原因となり、高天原からも追放されました。そのあと出雲に降りてヤマタノオロチを退治し、奇稲田姫と結婚して和歌を詠みました。根之堅州国では子孫の大国主命に試練を与え、出雲の国づくりへとつなげています。
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02

スサノオ(素戔嗚尊)を祀る神社|須佐神社・八坂神社・熱田神宮ほか

📌 素戔嗚尊(牛頭天王)を祀る神社は全国にたくさんあります。津島神社だけでも、全国に約3,000社ある津島神社・天王社の総本社とされます。
・熊野大社(島根)の御祭神・櫛御気野命(くしみけぬのみこと)は、素戔嗚尊の別名とする説が広く知られます(穀物の神とする見方もあります)。
・熊野本宮大社(和歌山)の家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)も、素戔嗚尊とする説があります。
・熱田神宮(愛知)では、相殿神(あいどののかみ)の一柱として素盞嗚尊がまつられています。
※「素戔嗚尊」と「素盞嗚尊」は同じ神です。日本書紀の「戔」の字を、神社では「盞」と書くことが多くあります。
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03

スサノオの神話|ヤマタノオロチ退治・天岩戸・八雲立つ

泣き叫ぶ神——母を求めて山河を枯らした少年神
伊弉諾尊から「海原を治めよ」と命じられた素戔嗚尊は、亡き母・伊弉冉尊を恋しがって泣き続けました。泣き声があまりに激しく、青い山は枯れ山になり、川や海は干上がり、悪い神々が跋扈(ばっこ)するほどだったといいます。「母の国へ行きたい」と言ったため父神の怒りを買い、追放されました。その前に姉の天照大神に別れを告げようと高天原へ向かったことが、天岩戸隠れの発端になります。素戔嗚尊の「荒ぶる力」は、母を慕う深い悲しみから来ていたとも読める神話です。

出典:古事記(上巻)・日本書紀(神代上)
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天岩戸隠れの原因——高天原での乱暴と追放
高天原を訪れた素戔嗚尊は、天照大神に「国を奪いに来たのではない」と誓約(うけい)で証明しました。ところがその後、高天原で乱暴をはたらきます。田の畦(あぜ)を壊し、溝を埋め、神聖な機屋(はたや)の屋根に穴をあけて、皮をはいだ馬を投げ込みました。驚いた機織りの女神が亡くなり、天照大神は天岩屋戸(あまのいわやと)に閉じこもります。世界は暗闇に包まれ、八百万の神々が集まる一大事となりました。素戔嗚尊はつぐないの品をたくさん出させられ、ひげと手足の爪を切られて追放されました。

出典:古事記(上巻)・日本書紀(神代上)
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ヤマタノオロチ退治——出雲に降り立った英雄神
高天原を追放された素戔嗚尊は、出雲国の鳥上(とりかみ。斐伊川の上流)に降り立ち、泣いている老夫婦(足名椎〈あしなづち〉・手名椎〈てなづち〉)に出会います。娘たちを毎年八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に食べられ、最後に残った奇稲田姫(くしいなだひめ)も食べられてしまうと嘆いていました。素戔嗚尊は姫を妻にもらう約束をして、退治を引き受けます。姫を櫛(くし)に変えて自分の髪にさし、強い酒を八つの器に満たして大蛇を待ちました。大蛇が酒に酔って眠ったところを、十拳剣(とつかのつるぎ)で斬りました。尾を切ったとき中から天叢雲剣(草薙剣)が現れ、これを天照大神に献上しました。

出典:古事記(上巻)・日本書紀(神代上)
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日本最古の和歌——八雲立つ
ヤマタノオロチを退治し奇稲田姫と結婚した素戔嗚尊は、新居を構えるために出雲の須賀(すが)の地を訪れました。その地に雲がたちのぼるのを見て、素戔嗚尊は歌を詠みます。この歌は古事記・日本書紀にのる歌で、日本最初の和歌とされ、5・7・5・7・7の31音の形をしています。嵐の神が詩人に変わる場面です。歌にこめられた喜びと安らぎは、荒ぶる神の心の変化をあらわしているようにも読めます。

出典:古事記(上巻)・日本書紀(神代上)
ゆかりの八重垣神社を読む

蘇民将来の伝説——茅の輪くぐりの起源
旅をしていた武塔神(素戔嗚尊とされる)が一夜の宿を求めたとき、裕福な弟(のちの伝承では巨旦将来〈こたんしょうらい〉)は断り、貧しい兄の蘇民将来(そみんしょうらい)が粟飯でもてなした。のちに神はふたたび訪れ、蘇民将来の家の者が疫病にかからないよう「茅の輪を腰につけよ」と告げ、自分は速須佐雄の神だと名のったといいます。これが夏越の大祓(なごしのおおはらえ)で茅の輪をくぐる習わしの起源とされ、いまも6月30日を中心に全国の神社で行われています。「蘇民将来子孫也」と書いた護符も各地に伝わります。

出典:備後国風土記(逸文)・各地神社伝承
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04

スサノオの逸話|草薙剣・根の国の試練・祇園祭・津島神社

📜日本最古の和歌——素戔嗚尊が詠んだ三十一文字

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに
八重垣つくる この八重垣を

やくもたつ いずもやえがき つまごみに やえがきつくる このやえがきを

「幾重にも雲がたなびく出雲の地に、愛する妻(奇稲田姫)を迎え入れるために、幾重にも垣根を作ることよ」という意味。ヤマタノオロチを退治し愛する妻と結ばれた喜びと、新居への愛着が溢れる一首。島根県松江市の八重垣神社は、この歌の「八重垣」にちなむ社名とされる。この歌が5・7・5・7・7の短歌の始まりとされ、素戔嗚尊は「和歌の祖神(わかのそじん)」として現在も詩歌・文学の神として信仰されている。

EPISODE 01 草薙剣の発見——天皇家の至宝を天照大神に献上した瞬間

ヤマタノオロチの尾を切ったとき、十拳剣の刃が欠け、尾の中から一本の剣が現れました。素戔嗚尊はこれを不思議な剣だと思い、天照大神に献上しました。これが「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」で、後に「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と呼ばれ、三種の神器のひとつになりました。いまは名古屋市の熱田神宮にまつられ、皇位とともに受けつがれる神器のひとつとされます。ひとつの英雄の物語が、天皇の位のしるしとなる宝を生んだことになります。

EPISODE 02 大国主命への試練——須佐之男の厳しい愛情

根之堅州国(ねのかたすくに)に辿り着いた大国主命(このときの名は葦原色許男神〈あしはらしこおのかみ〉)を迎えた素戔嗚尊は、娘・須勢理毘売命と恋に落ちた彼に次々と試練を課した。蛇の室・蜈蚣(むかで)と蜂の室・野に放たれた火など、どれも命に関わる過酷な試練だったが、大国主命は須勢理毘売命の助けを借りてすべて乗り越えた。最後に素戔嗚尊の生大刀・生弓矢・天詔琴(あめののりごと)を持って逃げた彼に、素戔嗚尊は「大国主」の名を与えて結婚を認めた。厳しくも、最後は娘の結婚を認める父の姿が描かれています。

EPISODE 03 祇園祭——日本三大祭の源流となった牛頭天王信仰

祇園信仰は、素戔嗚尊と牛頭天王(ごずてんのう)が同じ神とされたことから生まれました。平安時代の869年に疫病がはやったとき、国の数にちなむ66本の鉾(ほこ)を立てて疫神をしずめたのが、「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」の始まりと伝わります。この祭りが発展したものが、現在の「祇園祭」です。毎年7月1日から31日まで、京都の八坂神社を中心に行われます。祇園祭の山鉾行事(やまほこぎょうじ)は、2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。疫病除けの神への信仰が、日本三大祭のひとつにまで発展したのです。

EPISODE 04 織田氏・豊臣氏も庇護——武将たちと素戔嗚尊

愛知県津島市の津島神社(津島神社・天王社の総本社)は、戦国時代に織田氏・豊臣氏の庇護を受けた。織田氏は津島神社を大切にし、社殿の造営などにも力を入れたと伝わります。豊臣秀吉は1591年に楼門(国の重要文化財)を寄進したとされ、1598年には息子の秀頼が、父の病気が治るよう願って南門を寄進したと伝わる。京都の八坂神社も、祇園祭の中心として武士・公家・町の人々に広く信仰された。疫病から人々を守る力と英雄の顔をあわせ持つ素戔嗚尊は、戦国の武将たちにも頼られた神だったといえる。

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スサノオのご利益|厄除け・縁結び・勝負運

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厄除け・疫病除け
牛頭天王との習合により、疫病や厄を払う代表的な守り神とされます。茅の輪くぐりの夏越の祓(なごしのはらえ)は、全国の神社で行われています。
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勝負運・勇気の加護
ヤマタノオロチを退治した英雄神として、困難に立ち向かう勇気や、勝負ごとの守り神として信仰されてきました。
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詩歌・文学・芸術
日本最初の和歌を詠んだ「和歌の祖神」として、和歌・文学・芸能の上達を願う人に信仰されています。
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農業・五穀豊穣
稲荷の神・宇迦之御魂神や、木の種をまいたと伝わる五十猛神の父神とされ、五穀豊穣・食の恵みの神としても信仰されます。
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縁結び・夫婦円満
奇稲田姫を救って妻にした神話と「八雲立つ」の歌から、縁結び・夫婦円満のご利益があるとされます。八重垣神社(島根)は縁結びの神社として有名です。
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航海・海の守護
父神から「海原を治めよ」と命じられた神として、航海安全や漁業の守り神としても信仰されます。
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スサノオゆかりの聖地巡礼|出雲・京都・尾張・武蔵

御魂を鎮めたと伝わる聖地
須佐神社
📍 島根県出雲市佐田町須佐730
『出雲国風土記』で、須佐能袁命がこの地に自分の御魂を鎮め、地名に自分の名をつけたと語られる聖地。境内には樹齢約1,300年とされる大スギ(御神木)がそびえ、出雲屈指のパワースポットとも紹介される。
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ヤマタノオロチ神話・縁結び
八重垣神社
📍 島根県松江市佐草町227
素戔嗚尊と奇稲田姫が夫婦として祀られる縁結びの聖地。「鏡の池」での縁占いが全国的に有名。日本最古の和歌「八雲立つ」の「八重垣」に由来する社名が感慨深い。
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ヤマタノオロチ神話の舞台
斐伊川・鳥上の峯周辺
📍 島根県仁多郡奥出雲町
古事記で素戔嗚尊が降りたとされる「肥の河上の鳥髪(とりかみ)」の地。斐伊川(ひいかわ)の上流の奥出雲には、オロチにまつわる伝承地が点在する。
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祇園祭の中心・京都
八坂神社
📍 京都府京都市東山区祇園町北側625
素戔嗚尊(牛頭天王)を祀る全国八坂・素戔嗚神社の総本社。7月の祇園祭(日本三大祭・ユネスコ無形文化遺産)はここが中心。年間を通じて参拝者が絶えない京都の代表的な神社。
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名古屋近郊・尾張の総本社
津島神社
📍 愛知県津島市神明町1
全国に約3,000社ある津島神社・天王社の総本社。織田氏・豊臣氏の庇護を受けた歴史ある古社。夏の「尾張津島天王祭(おわりつしまてんのうまつり)」の車楽舟(だんじりぶね)行事は、国の重要無形民俗文化財。
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武蔵国一宮
武蔵一宮 氷川神社
📍 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407
関東を代表する素戔嗚尊の神社。埼玉・東京を中心に約280社ある氷川神社の総本社で、社伝では約2,400年前の創建とされる。「大宮(おおみや)」という地名は、氷川神社の「大いなる宮」が由来とされる。
参拝レポートを読む
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Q&A

素戔嗚尊(スサノオ)についてよくある質問

スサノオは何の神様? 嵐や海の神、厄除け・疫病除けの神、和歌の祖神とされます。ヤマタノオロチを退治した英雄神として、勝負運や縁結びのご利益も信じられています。
スサノオは良い神?悪い神? 高天原では乱暴をはたらいて追放されましたが、出雲では人を助ける英雄になります。荒々しさとやさしさの両方をもつ神として語られます。
熱田神宮にスサノオは祀られている? はい。熱田神宮の主祭神は熱田大神ですが、相殿神(あいどののかみ)の一柱として素盞嗚尊がまつられています。オロチの尾から出た草薙剣も、熱田神宮にまつられています。くわしくは「熱田神宮に祀られる神々」へ。
天照大神・月読命との関係は? 伊弉諾尊が禊(みそぎ)をしたときに生まれた三貴子のきょうだいです。天照大神は姉、月読命は兄(または姉)にあたります。
牛頭天王とスサノオは同じ神? もとは別の神ですが、神仏習合の時代に同じ神とされました。明治の神仏分離のあと、八坂神社などでは素戔嗚尊の名でまつられています。
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