神 話 図 鑑 古事記 第5話
「禊と三貴子の誕生」
黄泉の穢れを洗い落とした先に、三つの光が生まれた。
天照大御神・月読命・スサノオ、三貴子誕生の物語。
📋 この記事でわかること
- 黄泉から帰ったイザナギが行った禊祓い(みそぎはらえ)の全容
- 衣服・持ち物・体を洗うたびに生まれた多くの神々
- 左目から天照大御神(アマテラス)、右目から月読命(ツクヨミ)、鼻から建速須佐之男命(スサノオ)が誕生した経緯
- 三柱に与えられた世界の分担——天・夜・海の支配者へ
📜 あらすじ(3行まとめ)
そして左目を洗ったとき天照大御神(アマテラスオオミカミ)が、右目を洗ったとき月読命(ツクヨミノミコト)が、鼻を洗ったとき建速須佐之男命(スサノオ)が生まれた。
イザナギはこの三柱を「三貴子(みはしらのうずのみこ)」と称え、アマテラスには天、ツクヨミには夜、スサノオには海を治めるよう命じた。
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故、伊邪那岐命詔りたまわく「吾は、いな醜く穢き国に到りてありけり。故、吾は御身の禊ぎせん」とのりたまいて、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に到りまして、禊ぎ祓えたまいき。
かれ、いざなぎのみことのりたまわく「あれは、いなしこめしこめき、けがれきたなきくににいたりてありけり。かれ、あれはみそぎせん」とのりたまいて、つくしのひむかのたちばなのをどのあわきはらにいたりまして、みそぎはらえたまいき。
黄泉の国から帰ったイザナギは言いました。「私はなんと醜く穢れた国に行ってしまったことか。今すぐ身を清めなければならない」
そして筑紫の日向(つくしのひむか)の橘の小門(をど)の阿波岐原(あわきはら)という水辺に赴き、禊祓いを行いました。
※「筑紫の日向」の場所については諸説あります。宮崎県(日向国)とする説、福岡県(筑紫)の日向峠とする説などがあります。
投げ棄つる御杖に成りし神の名は衝立船戸神。次に投げ棄つる御帯に成りし神の名は道之長乳歯神。次に投げ棄つる御袋に成りし神の名は時量師神。次に投げ棄つる御衣に成りし神の名は和豆良比能宇斯能神。次に投げ棄つる御褌に成りし神の名は道俣神。次に投げ棄つる御冠に成りし神の名は飽咋之宇斯能神。次に投げ棄つる左の御手の手纏に成りし神の名は奥疎神、次に瀛津鏡作神、次に辺疎神、次に辺津鏡作神、次に天之菩比能神。次に投げ棄つる右の御手の手纏に成りし神の名は奥津那芸佐毘古神、次に辺津那芸佐毘古神、次に天之佐具売神。
なげすつるみつえになりしかみのなはつきたつふなどのかみ。つぎになげすつるみおびになりしかみのなはみちのながちはのかみ。つぎになげすつるみふくろになりしかみのなはときはかしのかみ。つぎになげすつるみけしになりしかみのなはわずらひのうしのかみ。つぎになげすつるみはかまになりしかみのなはちまたのかみ。つぎになげすつるみかぶりになりしかみのなはあきぐいのうしのかみ。つぎになげすつるひだりのみてのたまきになりしかみのなはおきざかるのかみ、つぎにおきつかがみつくりのかみ、つぎにへざかるのかみ、つぎにへつかがみつくりのかみ、つぎにあめのほひのかみ。つぎになげすつるみぎのみてのたまきになりしかみのなはおきつなぎさびこのかみ、つぎにへつなぎさびこのかみ、つぎにあめのさぐめのかみ。
イザナギが禊のために衣服や持ち物を脱ぎ捨てるたびに、神々が生まれました。
杖 → 衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)
帯 → 道之長乳歯神(みちのながちはのかみ)
袋 → 時量師神(ときはかしのかみ)
衣 → 和豆良比能宇斯能神(わずらひのうしのかみ)
褌 → 道俣神(ちまたのかみ)
冠 → 飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ)
左手の飾り → 奥疎神・瀛津鏡作神・辺疎神・辺津鏡作神・天之菩比能神(5柱)
右手の飾り → 奥津那芸佐毘古神・辺津那芸佐毘古神・天之佐具売神(3柱)
次に水の底に潜りて滌ぎたまいし時に成りし神の名は底津綿津見神。次に底筒之男命。次に中に滌ぎたまいし時に成りし神の名は中津綿津見神。次に中筒之男命。次に水の上に浮きて滌ぎたまいし時に成りし神の名は上津綿津見神。次に上筒之男命。この綿津見三柱の神は、阿曇連等が祖神以ちて、いつき奉れる神ぞ。また底筒之男命・中筒之男命・上筒之男命の三柱の神は、住吉の三前の大神ぞ。
つぎにみずのそこにかずきてすすぎたまいしときになりしかみのなはそこつわたつみのかみ。つぎにそこつつのをのみこと。つぎになかにすすぎたまいしときになりしかみのなはなかつわたつみのかみ。つぎになかつつのをのみこと。つぎにみずのうえにうきてすすぎたまいしときになりしかみのなはうわつわたつみのかみ。つぎにうわつつのをのみこと。このわたつみみはしらのかみは、あずみのむらじらがおやかみとして、いつきまつれるかみぞ。またそこつつのをのみこと・なかつつのをのみこと・うわつつのをのみことのみはしらのかみは、すみのえのみまえのおおかみぞ。
水中での禊では、潜る深さによって異なる神々が生まれました。
水の底 → 底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)・底筒之男命(そこつつのをのみこと)
水の中 → 中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)・中筒之男命(なかつつのをのみこと)
水の上 → 上津綿津見神(うわつわたつみのかみ)・上筒之男命(うわつつのをのみこと)
綿津見三神は海の神(阿曇氏の祖神)として、底筒・中筒・上筒之男命の三神は住吉の大神(航海・禊祓いの神)として崇められました。
次に左の御目を洗いたまいし時に成りし神の名は天照大御神。次に右の御目を洗いたまいし時に成りし神の名は月読命。次に御鼻を洗いたまいし時に成りし神の名は建速須佐之男命。
つぎにひだりのみめをあらいたまいしときになりしかみのなはあまてらすおおみかみ。つぎにみぎのみめをあらいたまいしときになりしかみのなはつくよみのみこと。つぎにみはなをあらいたまいしときになりしかみのなはたけはやすさのをのみこと。
ここに伊邪那岐命、いたく喜びたまいて詔りたまわく「吾、子を生み生みて、最後に三柱の貴き子を得たり」と、すなわち御頸珠の玉の緒も豊玉の、その珠を鳴り鈴に取り揺りて、天照大御神に賜いて詔りたまわく「汝が命は高天原を知らしめせ」と言依さしたまいき。次に月読命に「汝が命は夜の食国を知らしめせ」と言依さしたまいき。次に建速須佐之男命に「汝が命は海原を知らしめせ」と言依さしたまいき。
ここにいざなぎのみこと、いたくよろこびたまいてのりたまわく「あれ、こをうみうみて、さいごにみはしらのうずのみこをえたり」と、すなわちみくびたまのたまのおもとよたまの、そのたまをなりすずにとりゆりて、あまてらすおおみかみにたまいてのりたまわく「なのみことはたかまがはらをしらしめせ」とことよさしたまいき。つぎにつくよみのみことに「なのみことはよるのおすくにをしらしめせ」とことよさしたまいき。つぎにたけはやすさのをのみことに「なのみことはうなはらをしらしめせ」とことよさしたまいき。
イザナギはたいへん喜んで言いました。「私は子を次々と生んできたが、最後にこれほど尊い三柱の子を得ることができた」
そして首飾りの珠(玉の緒)を鳴り響く鈴のように揺らして天照大御神に授け、命じました。
「天照大御神よ、汝は高天原(天上の世界)を治めよ」
「月読命よ、汝は夜の食国(よるのをすくに・夜の世界)を治めよ」
「建速須佐之男命よ、汝は海原(うなはら)を治めよ」
⚡ 用語解説
| 言葉 | 読み方 | 意味 |
|---|---|---|
| 禊祓え(禊) | みそぎはらえ | 水で体を洗い、穢れを取り除く儀式。現代の神道にも続く重要な概念。 |
| 阿波岐原 | あわきはら | 禊が行われた水辺の地。筑紫の日向にあるとされる。宮崎・福岡に候補地がある。 |
| 三貴子 | みはしらのうずのみこ | アマテラス・ツクヨミ・スサノオの三柱の総称。「貴い三柱の御子」の意。 |
| 高天原 | たかまがはら | 天上の神々の国。アマテラスが治める世界。 |
| 夜の食国 | よるのをすくに | 夜の世界。ツクヨミが治めるとされた領域。 |
| 海原 | うなはら | 海の世界。スサノオが治めるよう命じられた領域。 |
| 住吉三神 | すみのえのみはしらのおおかみ | 底筒・中筒・上筒之男命の三柱。航海・禊の神。住吉大社に祀られる。 |
| 綿津見三神 | わたつみのみはしらのかみ | 底津・中津・上津綿津見神の三柱。海の神。阿曇氏の祖神。 |
👑 登場する神々
| 神名 | 読み方 | 由来品 | 詳細 |
|---|---|---|---|
| 衝立船戸神 | つきたつふなどのかみ | 杖 | 神様図鑑 |
| 道之長乳歯神 | みちのながちはのかみ | 帯 | 神様図鑑 |
| 時量師神 | ときはかしのかみ | 袋 | 神様図鑑 |
| 和豆良比能宇斯能神 | わずらひのうしのかみ | 衣 | 神様図鑑 |
| 道俣神 | ちまたのかみ | 褌 | 神様図鑑 |
| 飽咋之宇斯能神 | あきぐいのうしのかみ | 冠 | 神様図鑑 |
| 奥疎神・瀛津鏡作神・辺疎神・辺津鏡作神・天之菩比能神 | (各読みあり) | 左手の飾り(5柱) | 神様図鑑 |
| 奥津那芸佐毘古神・辺津那芸佐毘古神・天之佐具売神 | (各読みあり) | 右手の飾り(3柱) | 神様図鑑 |
| 神名 | 読み方 | 潜った深さ | 詳細 |
|---|---|---|---|
| 底津綿津見神・底筒之男命 | そこつわたつみ・そこつつのを | 水の底 | 神様図鑑 |
| 中津綿津見神・中筒之男命 | なかつわたつみ・なかつつのを | 水の中 | 神様図鑑 |
| 上津綿津見神・上筒之男命 | うわつわたつみ・うわつつのを | 水の上 | 神様図鑑 |
| 神名 | 読み方 | 誕生の経緯 | 与えられた領域 | 詳細 |
|---|---|---|---|---|
| 天照大御神 | アマテラスオオミカミ | 左目を洗った時 | 高天原(天上) | 神様図鑑 |
| 月読命 | ツクヨミノミコト | 右目を洗った時 | 夜の食国(夜) | 神様図鑑 |
| 建速須佐之男命 | タケハヤスサノオノミコト | 鼻を洗った時 | 海原(海) | 神様図鑑 |
🏯 関連する神社・名所
| 名称 | 所在地 | この神話との関係 | 詳細 |
|---|---|---|---|
| 伊勢神宮 内宮(皇大神宮) | 三重県伊勢市 | 天照大御神を祀る日本最高の神社。三貴子筆頭の神。 | 神社めぐり |
| 月読宮(つきよみのみや) | 三重県伊勢市 | 月読命を祀る。伊勢神宮の別宮の一つ。 | 神社めぐり |
| 住吉大社 | 大阪府大阪市 | 住吉三神(底筒・中筒・上筒之男命)を主祭神とする全国住吉神社の総本社。 | 神社めぐり |
| 志賀海神社(しかうみじんじゃ) | 福岡県福岡市 | 綿津見三神を主祭神とする、海の神の総本社。阿曇氏ゆかりの神社。 | 神社めぐり |
| 江田神社(えだじんじゃ) | 宮崎県宮崎市 | 禊の地・阿波岐原の有力候補地に鎮座。みそぎを行った場所として伝わる。 | 神社めぐり |
| 名称 | 所在地 | この神話との関係 | 詳細 |
|---|---|---|---|
| 阿波岐原(江田神社周辺) | 宮崎県宮崎市 | イザナギが禊を行った地「阿波岐原」として最も有力視されている場所。神話の杜公園として整備されている。 | 名所めぐり |
📚 この神話が書かれている書物
| 書物 | 記述の特徴 | 古事記との主な違い | 詳細 |
|---|---|---|---|
| 古事記(上巻) | 禊で生まれた神々を詳細に列挙。三貴子誕生と世界の分担を明確に記す。 | —(基準) | 書物図鑑 |
| 日本書紀(本文) | 禊の場面の描写はほぼ同様。三貴子の誕生も記される。 | 禊で生まれる神々の名称・順序に一部差異がある。世界の分担の表現も若干異なる。 | 書物図鑑 |
🔍 古事記考察:この神話を深く読む
💭 考察①「目と鼻から神が生まれた理由——顔の神聖性」
アマテラスは左目、ツクヨミは右目、スサノオは鼻から生まれました。体の他の部位(手や足など)ではなく、なぜ「顔」から最も尊い三柱が生まれたのでしょうか。
古代において顔、特に目は「魂の宿る場所」「神との交信を行う器官」と考えられていた可能性があります。また、太陽(アマテラス)と月(ツクヨミ)が左右の目に対応するのは、天空の二つの光(太陽と月)が人の両目に対応するという宇宙的な類比とも読めます。そして鼻(呼吸の器官)から嵐の神・スサノオが生まれるのは、息吹と風の関連性を示しているのかもしれません。
💭 考察②「月読命はなぜ謎の神なのか」
三貴子の中で、月読命(ツクヨミ)は最も記述が少ない神です。古事記では誕生の場面と夜の支配を命じられた場面のみで、その後は食物の神・大宜都比売神を殺したことが日本書紀に記されるくらいです(古事記には記載なし)。アマテラスとスサノオが多くの神話で活躍するのに対し、ツクヨミはほぼ物語に登場しません。
なぜでしょうか。一説には月の神話が別の系統(出雲系・地方系)から取り入れられたため、ヤマト朝廷の神話体系にうまく組み込まれなかったとも言われます。また「昼(アマテラス)と夜(ツクヨミ)は会わない」という古事記の設定が、月についての神話が発展しなかった理由かもしれません。三貴子でありながら謎に包まれたツクヨミ——その存在自体が「夜の神秘」を象徴しているのかもしれません。
💭 考察③「禊祓いが現代の神道につながる」
この第5話で描かれる禊(みそぎ)は、現代の神道の中心的な概念として今も生きています。神社参拝前に手水舎(てみずや)で手と口を清める作法、神事の前に身を清める禊の儀式、お祓いの作法——これらはすべて、イザナギの禊祓いを源流としています。
「穢れは水で清められる」という思想は、単なる物理的な清潔さを超えた霊的な意味を持ちます。イザナギが黄泉の汚れを川の水で洗い流したように、人間も日々の穢れ(罪・汚れ・病気・悲しみなど)を水で清め、神との清らかな関係を回復できる——古事記の禊神話は、日本人の精神文化の根底に今も流れ続けています。
📣 あなたはどう読む?アマテラス・ツクヨミ・スサノオの誕生、そして世界の分担——この神話についての感想をコメント欄へどうぞ。
📝 まとめ
第5話「禊と三貴子の誕生」は、イザナギの物語の集大成です。黄泉の穢れを水で清める禊から多くの神々が誕生し、最後に左目・右目・鼻から天照大御神・月読命・建速須佐之男命という三柱の最貴の神が誕生しました。
次の第6話「スサノオの嘆きと高天原」では、海の国を治めるよう命じられたスサノオが亡き母を慕って泣き続け、ついに高天原へ向かうという物語が始まります。
第6話「スサノオの嘆きと高天原」を読む →

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