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【お寺めぐり】川崎大師-無実の罪で追われた男が海から引き上げた、厄除弘法大師の物語(神奈川県川崎市)

川崎大師 大本堂
毎日護摩祈祷が行われる、川崎大師の大本堂

この記事でわかること
・無実の罪を着せられた武士が、海から弘法大師の像を引き上げたという川崎大師のはじまりの物語
・「厄除け大師」として初詣参拝者数全国屈指を誇る、その信仰の理由
・厄除け開運だるまに隠された、左目・右目を分けて入れる独特の風習
神奈川県川崎市、真言宗智山派大本山の川崎大師には、無実の罪から救われた一人の男の物語が、900年近くにわたって受け継がれています。

01. 川崎大師の基本情報

正式名称金剛山金乗院平間寺(こんごうさんこんじょういんへいけんじ)/通称:川崎大師
山号金剛山(こんごうさん)
宗派真言宗智山派 大本山
ご本尊厄除弘法大師(やくよけこうぼうだいし)
開基平間兼乗(ひらまかねのり)・尊賢上人
創建大治3年(1128年)と伝わる
寺格真言宗智山派大本山、初詣参拝者数全国有数
所在地神奈川県川崎市川崎区大師町4-48
アクセス京急大師線「川崎大師駅」から表参道経由で徒歩約8分
拝観料境内参拝は無料
公式サイトhttps://www.kawasakidaishi.com/

02. ご本尊「厄除弘法大師」ってどんな存在?

厄除弘法大師
分類:祖師(弘法大師空海の尊像)
「川崎大師」の名の由来

① 一言まとめ
川崎大師のご本尊は「厄除弘法大師」。真言宗の開祖・弘法大師空海その人のお姿を表す尊像で、あらゆる厄災を祓う力があるとされ、古くから「厄除けのお大師さま」として親しまれています。

② 由来・経典上の位置づけ
平安時代末期、無実の罪を着せられて生まれ故郷を追われた武士・平間兼乗(ひらまかねのり)は、川崎の地にたどり着き、漁師として静かに暮らしていました。ある夜、夢の中に高僧が現れ、「海の中に沈んでいる我が像を引き上げ、供養しなさい」というお告げを受けます。兼乗が翌日漁に出てみると、本当に海の中から弘法大師が自ら刻んだと伝わる木像を引き揚げることができました。大治3年(1128年)、ちょうど諸国を巡っていた高野山の高僧・尊賢上人がこの地を訪れたことをきっかけに、兼乗は尊賢上人とともにこの尊像を祀るお堂を建立します。これが川崎大師の始まりで、兼乗の姓「平間」にちなんで「平間寺」と名づけられました。

③ 姿・特徴
無実の罪から救われた兼乗の体験そのものが、厄除弘法大師への信仰の原点となっています。以来900年近く、多くの人々が厄年の厄除け祈願にこの地を訪れ続けています。

03. ご利益・祈願

🛡 厄除け
🙏 開運招福
🚗 交通安全
🏠 家内安全

無実の罪から救われた平間兼乗の物語にちなみ、厄年の厄除け祈願で全国的に篤い信仰を集めています。大本堂では毎日、世界平和・国家安穏・信徒安全・諸願成就を願う護摩祈祷が絶えることなく行われています。

初詣の参拝者数は全国でも屈指の規模を誇ります。厄除け・開運の「だるま」も名物で、祈願の際には男性は左目、成就したときに右目を、女性はその逆の順番で目を入れるという独特の風習があります。

04. 境内の見どころガイド

大山門

川崎大師 大山門
四天王が安置された、川崎大師の玄関口
参道から境内へと続く、四天王像が安置された立派な山門。川崎大師参拝の始まりを告げる場所です。

大本堂

川崎大師 大本堂
厄除弘法大師を安置し、毎日護摩祈祷が行われる本堂
ご本尊・厄除弘法大師を安置する本堂。毎日絶え間なく護摩祈祷が行われ、多くの参拝者が祈願に訪れます。

経蔵

川崎大師 経蔵
中国最後の木版大蔵経を収蔵する経蔵
平成16年(2004年)、大開帳記念事業として完成した経蔵。中国最後の木版大蔵経「乾隆版大蔵経」7,240冊が収蔵されています。

八角五重塔

八角五重塔
朱色と金色が美しい、境内のシンボルタワー
昭和59年(1984年)に建立された、八角形という珍しい形式の五重塔。朱色と金色に彩られた姿は、境内を象徴する存在として親しまれています。
初詣期間・だるま市などの行事日は大変混雑します。ゆっくり参拝したい場合は、時期をずらすのがおすすめです。

御朱印情報

受付場所備考
大本堂・護持志納受付所・不動堂・薬師殿・自動車交通安全祈祷殿それぞれ異なる御朱印を授与(計5箇所)

初穂料等の詳細は参拝時にご確認ください。

05. 参拝の作法ガイド

  1. 大山門をくぐる前に、境内に向かって軽く一礼します
  2. 手水舎で両手と口を清めます
  3. 大本堂の前で姿勢を正し、静かに合掌して一礼します
  4. お参りが終わったら、来た時と同じように山門で振り返り一礼して退出します
神社の「二礼二拍手一礼」とは異なり、お寺では拍手は打ちません。静かに手を合わせる「合掌」だけでよい、ということをお子さんにも教えてあげてください。護摩祈祷を希望する場合は、大本堂右側の「お護摩受付所」で申し込みましょう。

06. 無実の罪で追われた男が見た、不思議な夢

平安時代の末、平間兼乗という武士は、身に覚えのない罪を着せられ、故郷を追われる身となってしまいました。流浪の末にたどり着いた川崎の地で、兼乗は漁師として静かな余生を送ることを選びます。ある夜、兼乗の夢の中に一人の高僧が現れ、「海の中に沈んでいる我が像を引き上げ、供養しなさい」と告げました。半信半疑のまま漁に出た兼乗は、驚いたことに、本当に海の中から一体の木像を引き揚げることに成功します。それは、弘法大師空海が自ら刻んだと伝わる尊像でした。

ちょうどその頃、諸国を巡礼していた高野山の高僧・尊賢上人がこの地を訪れます。兼乗の不思議な体験を聞いた尊賢上人は深く感銘を受け、大治3年(1128年)、二人はともに力を合わせてこの尊像を祀るお堂を建立しました。無実の罪から救われたいと願い続けた一人の男の祈りが、やがて「厄除け大師」として全国から人々が訪れる、大きな信仰の場へと育っていったのです。

07. 周辺スポット・アクセス

🚃 電車
京急大師線「川崎大師駅」から徒歩約8分
🚗 車
首都高速大師出入口から約5分
🅿️ 駐車場
周辺の有料駐車場を利用
⏱ 所要時間
境内散策 約40〜60分

川崎大師駅から続く表参道には、名物「久寿餅(くずもち)」を扱う老舗や、飴細工の店が軒を連ねています。参拝の後は、これらの門前グルメを楽しむのも定番の過ごし方です。

🎌 正月三が日の初詣参拝者数は全国でも屈指の規模。境内は多くの人で賑わい、活気に満ちた新年の風物詩となっています。

08. まとめ

  • 川崎大師は、無実の罪から救われたいと願った平間兼乗が、海から弘法大師像を引き上げたことに始まる
  • 「厄除弘法大師」として、900年近く厄除けの信仰を集め続けている
  • 大本堂での毎日の護摩祈祷や、厄除け・開運だるまなど、独自の信仰文化が根づいている

無実の罪から救われた男の祈りが息づく川崎大師。ぜひその力強い厄除けの信仰を、実際に肌で感じてみてください。

09. ゆる仏様トーク

厄除弘法大師様、いわば「海から引き上げられて逆転人生を歩んだ」ような存在です。一度は沈んでいたところを引き上げられ、今や全国屈指の初詣スポットの主役なのですから、まさに大逆転劇です。

「海の中に沈んだ我が像を、引き上げてほしい」

──夢の中でこう告げられた兼乗が半信半疑で網を打った、その一投が、900年続く信仰のすべての始まりだったのです。

10. 謎と考察コーナー

【謎】川崎大師の由来には、なぜ二つの異なる物語が伝わっているのか?

【事実の整理】
川崎大師の公式な縁起では、無実の罪から救われた武士・平間兼乗が夢のお告げに従い海から弘法大師像を引き上げたと伝えられています。一方、江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』には、近隣の称名寺が浄土真宗に改宗した際に不要となった弘法大師像を多摩川に流し、それを漁師が拾い上げたという、まったく異なる説も記録されています。

【私の考察】
なぜ一つの寺の由来に、これほど異なる二つの物語が併存しているのでしょうか。私は、これは意図的な脚色というより、信仰の対象としてどちらの物語がより人々の心に響くかという違いなのではないかと考えます。「無実の罪から救われたいと願う男が、夢のお告げに導かれて像を引き上げる」という物語は、参拝者自身が自分の苦しみと重ね合わせやすい、強い共感を呼ぶ構造を持っています。一方の史料的な異説は、より現実的な経緯を伝えている可能性がありますが、信仰を育てる物語としては、劇的で希望に満ちた前者が語り継がれてきたのではないでしょうか。

【結論(あくまで推測)】
どちらの由来が史実に近いかにかかわらず、900年にわたって人々に選ばれ続けてきたのは、苦しみからの救済を描いた「兼乗の物語」だったのではないでしょうか。あなたはどう思いますか?

※あくまで私の考察です。

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