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【お寺めぐり】日本三大薬師-徳川家康の誕生とともに消えた仏像は、なぜ死後に戻ってきたのか(神奈川県・愛知県・高知県)

鳳来寺 山門
徳川家康誕生の祈願所と伝わる、鳳来寺の峯薬師如来

この記事でわかること
・徳川家康の誕生とともに姿を消し、死後に戻ってきたという不思議な仏像の伝説
・鳳凰に乗って百済から帰国したという、仙人が開いた寺の起源
・四国最古の建造物として国宝に指定された、山奥の薬師堂
薬師如来を本尊とする数ある寺院の中でも、特に信仰の篤い3寺が「日本三大薬師」と呼ばれています。※このくくりは地域によって複数の組み合わせが存在しますが、本記事では神奈川の日向薬師・愛知の鳳来寺(峯薬師)・高知の豊楽寺(柴折薬師)という組み合わせでご紹介します。

01. 日本三大薬師とは? 諸説あるくくりの中の代表的な3寺

日本三大薬師には複数の説があり、島根・愛媛・福岡の組み合わせや、福島を含む組み合わせなど、地域によって異なる3寺が挙げられることがあります。本記事では、その中でも比較的よく紹介される日向薬師・鳳来寺・豊楽寺の組み合わせをご紹介します。
寺名 所在地 創建 特徴
日向薬師(宝城坊) 神奈川県伊勢原市 716年(行基開創と伝わる) 約1300年の歴史を持つ古刹
鳳来寺(峯薬師) 愛知県新城市 703年(利修仙人開山) 徳川家康誕生の祈願所
豊楽寺(柴折薬師) 高知県大豊町 724年(行基開創と伝わる) 国宝・四国最古の建造物

02. 日本三大薬師、3つの物語

神奈川

日向薬師(宝城坊)― 約1300年、山里で守られてきた薬師霊場

霊亀2年(716年)、僧・行基によって開創されたと伝わる日向薬師。かつては子院12坊を擁する大寺院として栄え、中世より薬師霊場として篤く信仰されてきました。国指定重要文化財の仏像が数多く伝わる、歴史の重みを感じる古刹です。

愛知

鳳来寺 ― 徳川家康の誕生とともに消えた守り神の像

大宝3年(703年)、百済で仙術と仏教を学んだ利修仙人が、鳳凰に乗って日本に帰国し、鳳来寺山中で3匹の鬼を従えて暮らしたと伝えられています。仙人は霊木「七本杉」の一本から、本尊となる峯薬師如来を刻んだとされています。

【伝説】家康の誕生と死に連動した、寅の守り神像

戦国時代、世継ぎに恵まれなかった松平広忠と於大の方は、この鳳来寺の峯薬師に参籠して祈願したところ、天文11年(1542年)に竹千代(後の徳川家康)が誕生したと伝えられています。さらに不思議なことに、家康が生まれると、寅の守り神とされる真達羅大将像が鳳来寺から忽然と姿を消し、家康が亡くなると、まるで役目を終えたかのように元の位置に戻ってきたという伝承が残されています。江戸幕府の礎を築いた家康の生涯と、一体の仏像の不在・帰還が重なり合う、不思議な物語です。

高知

豊楽寺 ― 四国最古の建造物に眠る、国宝の薬師堂

神亀元年(724年)、聖武天皇の勅願所として行基が開創したと伝わる豊楽寺。寺号は薬師本願経の一節「資求豊足身心安楽」に由来するとされています。

国宝 ― 平安時代末期から鎌倉時代初期の建立と伝わる薬師堂は、四国に現存する最古の建造物として国宝に指定されています。吉野川を望む険しい丘の上に、千年近い歴史がそのまま今に残されています。

03. まとめ

  • 日本三大薬師には複数の組み合わせが存在するが、本記事では日向薬師・鳳来寺・豊楽寺の3寺を紹介した
  • 鳳来寺には、徳川家康の誕生と死に連動して消え・戻ってきたという、守り神像の不思議な伝説が残る
  • 豊楽寺の薬師堂は、四国最古の建造物として国宝に指定されている

薬師如来への信仰が息づく3つの古刹には、それぞれの土地の歴史と結びついた、独自の物語が眠っています。

04. 謎と考察コーナー

【謎】なぜ守り神像は、家康の誕生と死という2つの瞬間だけに反応したのか?

【事実の整理】
鳳来寺に伝わる伝説では、寅の守り神とされる真達羅大将像が、徳川家康の誕生時に姿を消し、家康の死去とともに元の位置に戻ってきたとされています。この像が「移動した」とされる出来事は、家康の生涯の始まりと終わりという、2つの節目にのみ結びついています。

【私の考察】
なぜこの伝説は、守り神像を家康個人の生涯とここまで密接に結びつけたのでしょうか。私は、これは家康誕生の地として鳳来寺が幕府から手厚い保護を受けていた背景から、後世の人々が「この寺の守り神は、家康その人を見守るために遣わされていたのだ」という物語を作り上げたかったからではないかと考えます。守り神像の「不在」を家康の人生そのものと重ね合わせることで、天下人の誕生から死までの物語に、いっそうの神秘性と正当性を与えようとしたのかもしれません。

【結論(あくまで推測)】
守り神像の伝説は、単なる怪異譚ではなく、家康誕生の地という鳳来寺の由緒を、後世により強く印象づけるために語り継がれてきた物語なのではないでしょうか。あなたはどう思いますか?

※あくまで私の考察です。

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