この記事でわかること
・弘法大師空海が、なぜ生まれ育った実家の跡地に、これほど壮大な寺院を建てようとしたのか
・唐(中国)の名刹を手本に、6年の歳月をかけて完成させた善通寺の由緒
・産湯の井戸や「戒壇めぐり」など、空海誕生の地ならではの見どころ
香川県善通寺市、弘法大師三大霊場の一つである善通寺には、空海がこの世に生を受けた土地への、深い思いが刻まれています。
01. 善通寺の基本情報
| 正式名称 | 善通寺(ぜんつうじ) |
|---|---|
| 山号 | 五岳山(ごがくさん) |
| 宗派 | 真言宗善通寺派 総本山 |
| ご本尊 | 薬師如来(やくしにょらい)(東院・金堂) |
| 開基 | 弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい) |
| 創建 | 大同2年(807年)着工/弘仁4年(813年)落慶 |
| 寺格 | 弘法大師三大霊場の一つ(他は高野山・東寺)、真言宗十八本山第1番、四国八十八箇所第75番札所 |
| 所在地 | 香川県善通寺市善通寺町3-3-1 |
| アクセス | JR「善通寺」駅から徒歩約17分 |
| 拝観料 | 御影堂・宝物館等:500円(戒壇めぐり込み) |
| 公式サイト | https://zentsuji.com/ |
02. ご本尊「薬師如来」ってどんな仏様?
分類:如来
東院・金堂に安置
① 一言まとめ
善通寺のご本尊は薬師如来。あらゆる病を癒す仏様で、弘法大師空海が生まれ育った父の邸宅跡に築かれた、東院・伽藍の中心に安置されています。
② 由来・経典上の位置づけ
宝亀5年(774年)、後の弘法大師空海は、讃岐国多度郡屏風浦(現在の香川県善通寺市)のこの地で、父・佐伯直田公善通(さえきのあたいたきみよしみち)と母・玉依御前(たまよりごぜん)の三男として生まれました。唐(中国)での修行を終えて帰国した空海は、唐の長安にあった名刹・青龍寺を手本に、父の邸宅跡に寺院を建立することを計画します。大同2年(807年)に工事を始め、6年の歳月をかけて弘仁4年(813年)に完成させました。父の諱(いみな)「善通」にちなみ、「善通寺」と名づけられました。
③ 姿・特徴
境内は、伽藍が広がる「東院」と、空海生誕の地である「誕生院(西院)」の二院からなります。東院の金堂には、本尊の薬師如来が安置されています。
03. ご利益・祈願
薬師如来の病気平癒のご利益に加え、弘法大師誕生の地であることから、安産や子育ての祈願にも篤い信仰を集めています。四国八十八箇所霊場の第75番札所として、多くのお遍路さんが今も訪れています。
04. 境内の見どころガイド
五重塔
善通寺のシンボルともいえる五重塔。過去に幾度か焼失と再建を繰り返し、現在の塔は明治期に再建された4代目にあたります。五岳山を背景にそびえる姿は、境内でも特に印象的な景観です。
御影堂(西院・誕生院)
弘法大師が誕生した佐伯家の邸宅跡に建つお堂。床下には「戒壇めぐり」があり、真っ暗な中を歩いて聖地を巡る特別な体験ができます。
産湯の井戸
弘法大師が誕生した際、産湯に使われたと伝わる井戸。1200年以上の時を超えて、今もその場所に残されています。
御朱印情報
| 受付場所 | 備考 |
|---|---|
| 東院・西院それぞれの授与所 | 四国八十八箇所の御朱印を含む複数種類を授与 |
初穂料等の詳細は参拝時にご確認ください。
05. 参拝の作法ガイド
- 山門をくぐる前に、境内に向かって軽く一礼します
- 手水舎で両手と口を清めます
- 金堂の前で姿勢を正し、静かに合掌して一礼します
- お参りが終わったら、来た時と同じように山門で振り返り一礼して退出します
06. 空海が、生まれ育った土地に込めた思い
唐での長い修行を終えて日本に帰国した空海は、真言密教の教えを広めるため、京都に東寺を、高野山に金剛峯寺を開きました。しかし空海が最初に深く心を寄せたのは、自らが生まれ育ったこの讃岐の地だったのかもしれません。空海は、唐の都・長安で目にした壮麗な名刹・青龍寺の姿を手本に、父の邸宅があったこの場所に、6年もの歳月をかけて寺院を築き上げました。
単に故郷に錦を飾るということではなく、空海にとってこの地は、自らの仏道の原点そのものだったのでしょう。生まれた場所に仏教の教えを根づかせることで、空海は自身のルーツと、生涯をかけて追求した真言密教の教えを、一つに結びつけようとしたのではないでしょうか。父の名「善通」を寺号に冠したことにも、両親への深い感謝の思いが込められているように感じられます。
07. 周辺スポット・アクセス
JR善通寺駅から徒歩約17分
高松自動車道 善通寺ICから約10分
境内に有料駐車場あり
境内散策 約90分
善通寺市内には、空海ゆかりの史跡が数多く点在しています。四国八十八箇所霊場めぐりの拠点としても、多くのお遍路さんに親しまれているお寺です。
08. まとめ
- 善通寺は、弘法大師空海が生まれ育った実家の跡地に、自ら6年をかけて建立した寺院
- 高野山・東寺と並ぶ「弘法大師三大霊場」の一つとして、篤い信仰を集めている
- 産湯の井戸や戒壇めぐりなど、空海誕生の地ならではの見どころが多数ある
弘法大師がこの世に生を受けた聖地・善通寺。ぜひその深い由緒と、四国遍路の祈りが息づく境内を、実際に感じてみてください。
09. ゆる仏様トーク
薬師如来様、いわば「偉大な宗教家の、実家をリノベーションした特別な仏様」です。空海ほどの人物が、わざわざ自分の生まれた場所に戻ってきて寺を建てたというのですから、故郷への思いはよほど強かったのでしょう。
──空海がそう考えたかどうかは分かりませんが、6年をかけて完成させたこの寺には、それだけの覚悟と情熱が込められているように感じられます。
10. 謎と考察コーナー
【謎】なぜ空海は、生まれ育った実家の跡地に、これほど壮大な寺院を建てようとしたのか?
【事実の整理】
唐から帰国した空海は、京都の東寺や高野山の金剛峯寺を開く一方で、自らが生まれ育った讃岐の実家の跡地にも、6年もの歳月をかけて善通寺という壮大な寺院を建立しました。唐の長安にあった名刹・青龍寺を手本にしたと伝えられています。
【私の考察】
なぜ空海は、これほどの時間と労力を、自らの故郷に注いだのでしょうか。私は、これは単なる望郷の念以上に、空海が自身の仏道の「原点」を、目に見える形で確立しようとした試みだったのではないかと考えます。真言密教という新しい教えを日本に広めるにあたり、空海は自分自身の存在の根拠、すなわち生まれ育った土地そのものを、教えの出発点として位置づけたかったのではないでしょうか。父の名を寺号に冠したことも、単なる孝行心を超えて、自らのルーツと使命を一体のものとして示す、象徴的な行為だったのかもしれません。
【結論(あくまで推測)】
善通寺は、空海にとって単なる実家の跡地ではなく、自らの仏道すべての「原点」を確立するための、意図的に選ばれた聖地だったのではないでしょうか。あなたはどう思いますか?
※あくまで私の考察です。

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