この記事でわかること
・日本のお寺なのに、なぜ古代インドの寺院のような外観をしているのか
・境内のあちこちに隠れた13種類もの動物彫刻が仕掛けられた理由
・お寺なのにパイプオルガンが鳴り響き、朝食カフェまである意外な素顔
東京都中央区、築地の街に忽然と現れる異国情緒あふれる建築、築地本願寺。一見お寺らしくないこの姿には、一人の建築家の遊び心と、深い信仰の両方が込められています。
01. 築地本願寺の基本情報
| 正式名称 | 浄土真宗本願寺派 築地本願寺 |
|---|---|
| 宗派 | 浄土真宗本願寺派(直轄寺院) |
| ご本尊 | 阿弥陀如来(あみだにょらい) |
| 創建 | 元和3年(1617年)(当初は江戸日本橋) |
| 現本堂竣工 | 昭和9年(1934年)、設計:伊東忠太 |
| 寺格 | 西本願寺(京都)を本山とする直轄寺院、本堂は重要文化財 |
| 所在地 | 東京都中央区築地3-15-1 |
| アクセス | 東京メトロ日比谷線「築地駅」1番出口直結 |
| 拝観時間 | 6:00〜16:00(夕方のお勤め終了後閉門)、参拝無料 |
| 公式サイト | https://tsukijihongwanji.jp/ |
02. ご本尊「阿弥陀如来」ってどんな仏様?
分類:如来
古代インド様式の本堂に安置
① 一言まとめ
築地本願寺のご本尊は阿弥陀如来。すべての人を極楽浄土へ導くと誓った仏様で、浄土真宗の教えの中心として、異国情緒あふれる本堂に祀られています。
② 由来・経典上の位置づけ
築地本願寺の前身は、元和3年(1617年)に江戸日本橋横山町付近に建てられた、京都・西本願寺の別院「江戸御坊」です。明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼失した後、門徒たちが中心となって海を埋め立て、現在の築地の地に再建しました。「築地」という地名自体、この埋め立てで「土地を築いた」ことに由来すると伝えられています。
③ 姿・特徴
現在の本堂は、大正・昭和期の火災による焼失を経て、昭和9年(1934年)に再建されたものです。当時の門主・大谷光瑞と親交のあった建築史家・伊東忠太の設計により、古代インド仏教建築を思わせる石造りの外観と、鉄筋コンクリート造という当時としては先進的な構造が融合した、日本の寺院建築としては極めて異色の姿になっています。
03. ご利益・祈願
阿弥陀如来への祈りに加え、築地本願寺は「開かれたお寺」として、誰でも気軽に立ち寄れる場を目指した運営が特徴です。境内のパイプオルガンコンサートや、朝食を提供するカフェなど、従来の寺院のイメージを超えた活動が、多くの参拝者・観光客を惹きつけています。
04. 境内の見どころガイド
本堂(重要文化財)
古代インド仏教建築を思わせる石造りの外観に対し、堂内には美しいステンドグラスや、荘厳な音色を響かせるパイプオルガンが設置されています。伝統的な仏教寺院とは一線を画す、異文化が調和した空間です。
動物彫刻めぐり
動物好きとして知られた設計者・伊東忠太によって、境内には獅子・牛・馬・象・孔雀・猿など、全13種もの動物彫刻がひそかに配置されています。本堂正面の階段には、口を開けた獅子と閉じた獅子が「阿吽」の対になって参拝者を出迎えます。
パイプオルガン
昭和45年(1970年)、仏教音楽の普及を願って寄贈された、境内でもひときわ目を引く巨大なパイプオルガンです。毎月最終金曜日にはランチタイムコンサートが開催され、荘厳な音色を楽しむことができます。
御朱印情報
| 備考 |
|---|
| 浄土真宗の寺院は、教義上「御朱印」の授与を行わないのが一般的です |
05. 寺宝・秘宝ハイライト
13種類 ― 境内に隠された動物彫刻の種類数。獅子・象・孔雀など、動物好きの設計者・伊東忠太が仕掛けた、日本の寺院建築ではまず見られないユニークな装飾です。
昭和9年(1934年) ― 現在の本堂の竣工年。宗教施設としては当時珍しかった鉄筋コンクリート造で建てられ、大理石彫刻がふんだんに用いられた、日本近代建築史に残る名作です。
06. 参拝の作法ガイド
- 山門をくぐる前に、境内に向かって軽く一礼します
- 手水舎で両手と口を清めます
- 本堂の前で姿勢を正し、静かに合掌して一礼します
- お参りが終わったら、来た時と同じように山門で振り返り一礼して退出します
07. シルクロードの旅から生まれた、異国のお寺
現在の築地本願寺の姿を生み出したのは、建築史家・伊東忠太と、当時の浄土真宗本願寺派門主・大谷光瑞との出会いでした。大谷光瑞は自ら仏教の源流を求めてシルクロードを旅した人物として知られ、その探検の記録や見聞は、伊東忠太の建築思想にも大きな影響を与えたと伝えられています。二人の交流から生まれたのが、日本の伝統的な寺院建築の常識を覆す、古代インド仏教建築をモチーフにした築地本願寺の本堂でした。
関東大震災による焼失を乗り越え、昭和9年(1934年)に完成したこの本堂は、当時最先端だった鉄筋コンクリート造を採用しながら、随所に石造りの動物彫刻やステンドグラスをちりばめた、和洋アジアが融合する独自の建築として結実しました。仏教が遠くインドから、シルクロードを経て日本に伝わってきた長い歴史の記憶を、この建物自体が体現しているのです。
08. 伝説・言い伝え
【言い伝え】「築地」という地名の由来
明暦の大火で焼失した後、門徒たちが力を合わせて海を埋め立て、この地に寺を再建したことから「土地を築いた」という意味で「築地」と呼ばれるようになったと伝えられています。地域の歴史そのものが、この寺の再建の物語と重なっているのです。
【言い伝え】動物たちが守る本堂
伊東忠太が仕込んだ数々の動物彫刻は、単なる装飾ではなく、それぞれが本堂を静かに見守る守護者であると、参拝者の間で語られることがあります。すべての動物を見つけられた人には、良いことがあるという噂もささやかれています。
09. 周辺スポット・アクセス
日比谷線「築地駅」1番出口直結
境内「Tsumugi」で朝食・軽食
築地場外市場も徒歩圏内
境内散策 約30〜45分
築地本願寺のすぐそばには、グルメスポットとして人気の築地場外市場があり、参拝と食べ歩きをあわせて楽しむ観光客で賑わっています。都心にいながら、異国情緒と下町グルメの両方を味わえる贅沢なエリアです。
10. まとめ
- 築地本願寺は元和3年(1617年)創建、現在の本堂は昭和9年(1934年)、伊東忠太設計による古代インド様式建築
- 境内には動物好きの伊東忠太が仕掛けた13種類もの動物彫刻が隠されている
- パイプオルガンや朝食カフェなど、伝統的な寺院のイメージを超えた「開かれたお寺」として親しまれている
異国情緒あふれる建築と、動物たちが見守る境内。ぜひ築地本願寺で、その独自の魅力を体感してみてください。
11. ゆる仏様トーク
築地本願寺、いわば「お寺の制服を着た、インド帰りの建築家の作品」みたいな存在です。石造りの獅子や象たちが階段を守っているところを見ると、思わず動物園に来たような気分にもなってしまいます。
──焼け出された門徒たちが海を埋め立ててまで再建したこの寺は、まさに人々の信仰の力そのものが形になった場所。今の華やかな姿の裏には、そんな地道な努力の歴史が刻まれています。
12. 謎と考察コーナー
【謎】なぜ伊東忠太は、日本の伝統様式ではなく「古代インド様式」を選んだのか?
【事実の整理】
伊東忠太は、日本建築史の権威でありながら、築地本願寺の本堂には日本の伝統的な寺院建築ではなく、古代インド仏教建築をモチーフにしたデザインを採用しました。これは当時の日本の寺院建築としては極めて異例の選択でした。
【私の考察】
なぜ伊東忠太はこの選択をしたのでしょうか。私は、これは仏教というものの「原点回帰」を建築で表現しようとした、彼なりの挑戦だったのではないかと考えます。仏教は本来インドで生まれ、シルクロードを経て中国、そして日本へと伝わってきました。日本の伝統様式を踏襲するのではなく、あえて仏教発祥の地であるインドの様式にさかのぼることで、「私たちの信仰は、遠い異国から連綿と受け継がれてきたものだ」という大きな物語を、建物そのもので語ろうとしたのかもしれません。
【結論(あくまで推測)】
築地本願寺の古代インド様式は、単なる奇抜なデザインではなく、仏教伝来のルーツそのものを建築という形で可視化しようとした、伊東忠太の壮大な試みだったのではないでしょうか。あなたはどう思いますか?
※あくまで私の考察です。

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