この記事でわかること
・成田山新勝寺・高幡不動尊と並ぶ「関東三大不動」でありながら、意外と知られていない總願寺の存在
・重さ30キロの大松明を掲げた赤鬼が回廊を駆け巡る、400年続く節分会の迫力
・五代将軍・徳川綱吉から御朱印百石を贈られた、江戸幕府とのゆかり
埼玉県加須市にある總願寺。成田山新勝寺・高幡不動尊と並んで「関東三大不動」に数えられるこの寺は、仁和2年(886年)の創建と伝わる古刹で、江戸時代には五代将軍・徳川綱吉から篤い信仰を受けた歴史を持っています。
01. 總願寺の基本情報
| 正式名称 | 不動ヶ岡不動尊 總願寺(そうがんじ) |
|---|---|
| 宗派 | 真言宗智山派 |
| ご本尊 | 不動明王 |
| 創建 | 仁和2年(886年)伝・智證大師作の不動明王を安置 |
| 寺格 | 関東三大不動(成田山新勝寺・高幡不動尊・總願寺) |
| 所在地 | 埼玉県加須市不動岡2-9-18 |
| アクセス | 東武伊勢崎線「加須駅」からバス約10分 |
| 拝観時間 | 境内自由 |
| 拝観料 | 境内無料 |
02. ご本尊「不動明王」ってどんな仏様?
分類:明王
関東三大不動の一角を担う、埼玉の守護仏
① 一言まとめ
總願寺のご本尊は不動明王。怒りの表情で人々を迷いから救い出す仏様で、平安時代の高僧・智證大師の作と伝わるこの像が、1000年以上にわたり関東の地を守り続けてきました。
② 由来・経典上の位置づけ
寺伝によれば、總願寺は仁和2年(886年)、光孝天皇の勅命により、智證大師が彫った不動明王を祀ったことに始まるとされています。長暦3年(1039年)以降、この本尊が正式に奉安されるようになり、以来、地域の篤い信仰を集め続けてきました。
③ 姿・特徴
江戸時代には徳川将軍家からの信仰も篤く、特に五代将軍・徳川綱吉からは御朱印百石を贈られるなど、幕府公認の格式ある寺院として栄えました。今も「関東三大不動」の一角として、多くの参拝者を集めています。
03. ご利益・祈願
不動明王による厄除け・開運のご利益に加え、總願寺は毎年節分に行われる「節分会 鬼追い豆まき式」でも広く知られています。大松明の火の粉を浴びることで厄除けになるとされ、多くの参拝者がこの伝統行事を目当てに訪れます。
04. 境内の見どころガイド
不動堂
關東三大不動の一つとして、平安時代から続く不動明王信仰の中心地。江戸幕府からも篤い庇護を受けた格式ある本堂です。
節分会 鬼追い豆まき式
約400年の歴史を持つ節分の伝統行事。長さ約3メートル・重さ約30キログラムの大松明を掲げた赤鬼、剣を振りかざす青鬼、こん棒を持った黒鬼が、半鐘の合図とともに不動堂の回廊を駆け巡ります。
御朱印情報
| 種類 | 備考 |
|---|---|
| 不動明王の御朱印 | 境内にて確認 |
| 関東三大不動の御朱印 | 境内にて確認 |
05. 寺宝・秘宝ハイライト
886年 ― 總願寺の創建年。光孝天皇の勅命により、智證大師が彫った不動明王を祀ったことが始まりとされ、1000年以上の歴史を今に伝えています。
30kg ― 節分会で赤鬼が掲げる大松明の重さ。長さ約3メートルにも及ぶこの松明が真っ赤に燃え盛りながら回廊を駆け巡る様子は、約400年の伝統を持つ迫力の光景です。
06. 参拝の作法ガイド
- 山門をくぐる前に、境内に向かって軽く一礼します
- 手水舎で両手と口を清めます
- 不動堂の前で姿勢を正し、静かに合掌して一礼します
- 節分会の時期には、鬼追い豆まき式もあわせて見学します
07. 總願寺の由緒
總願寺の歴史は、仁和2年(886年)にまでさかのぼると伝えられています。光孝天皇の勅命を受けた平安時代の高僧・智證大師が彫った不動明王像を祀ったことが、この寺の始まりとされています。長暦3年(1039年)以降、この本尊が正式に奉安されるようになり、以来、関東地方における不動明王信仰の中心地の一つとして発展してきました。
【史実】江戸時代に入ると、總願寺は徳川将軍家からの篤い庇護を受けるようになります。特に五代将軍・徳川綱吉からは御朱印百石を贈られ、幕府公認の格式ある寺院としての地位を確立しました。この歴史的背景から、成田山新勝寺・高幡不動尊とともに「関東三大不動」の一つに数えられるようになったと考えられています。
【史実】400年続く節分の奇祭
總願寺の節分会「鬼追い豆まき式」は、約400年の歴史を持つ伝統行事です。赤鬼・青鬼・黒鬼が半鐘の合図とともに不動堂の回廊を駆け巡り、特に長さ約3メートル・重さ約30キログラムの大松明を掲げた赤鬼の姿は圧巻です。この大松明の火の粉を浴びると厄除けになるとされ、多くの参拝者が集まります。
08. 周辺スポット・アクセス
09. まとめ
関連リンク
謎と考察コーナー:なぜ總願寺の知名度は控えめなのか?
【事実の整理】
成田山新勝寺や高幡不動尊が全国的に高い知名度を誇るのに対し、同じ「関東三大不動」に数えられる總願寺は、それらに比べて知名度が控えめな傾向にあります。
【私の考察】
この差の背景には、立地の違いが大きく影響していると考えられます。成田山は成田空港からのアクセスの良さ、高幡不動は東京都内という立地の利点がありますが、總願寺のある埼玉県加須市は、都心からやや距離があり、鉄道アクセスもバス乗り継ぎが必要な点が、知名度の差につながっているのかもしれません。
【結論(あくまで推測)】
アクセスの利便性では及ばないものの、平安時代からの歴史と400年続く節分の奇祭という点では、總願寺は決して他の二寺に劣らない魅力を持っています。「関東三大不動」を制覇したい方は、ぜひこの總願寺にも足を延ばしてみてください。
【編集メモ】總願寺の創建年については資料により「仁和2年(886年)」の表記に若干の差異が見られる場合があります。また節分会の起源年についても、明確な一次史料の記述が確認できなかったため、「約400年の歴史」という一般的な紹介に基づいて記載しています。

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