6つの顔、6本の腕、そして6本の足。大きな水牛にまたがる、ひときわ不思議な姿の明王がいます。それが大威徳明王(だいいとくみょうおう)です。
この記事でわかること
- 大威徳明王の正体は「死神をも倒す者」。名前の意味と、六面六臂六足(ろくめんろっぴろくそく)の姿のわけ
- チベットに伝わる、水牛の頭をもつ死神と文殊菩薩の伝説
- 死神の焔摩天と、それを倒す大威徳明王。なぜ同じ水牛に乗っているのかという謎
こわい顔の奥にあるのは、知恵の仏様のやさしさかもしれません。
01. 大威徳明王の基本情報
| 分類 | 明王(みょうおう=怒りの姿で人々を導く仏様) |
| 読み方 | だいいとくみょうおう |
| 別名 | 六足尊(ろくそくそん)、降閻魔尊(ごうえんまそん)、閻曼徳迦(えんまんとくか) |
| 梵名(ぼんみょう) | ヤマーンタカ(Yamāntaka=死神ヤマを倒す者) |
| 真言(しんごん) | オン・シュチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ |
| 種子字(しゅじじ) | キリーク(hrīḥ) |
| 五大明王での位置 | 西方を守る |
| ご縁日 | 大威徳明王としての定まったご縁日は、確認できる資料では見つかりませんでした |
02. 大威徳明王とは? ― 死神をも倒す、六本足の明王
① 一言まとめ
大威徳明王は、五大明王(ごだいみょうおう)のひとりで、西の方角を守る明王です。悪いものをくじく強い力をもつとされ、水牛に乗った姿で表されます。
② 由来・経典上の位置づけ
梵名のヤマーンタカは、「ヤマ(死神)」と「アンタカ(終わらせる者)」を合わせた名前です。ヤマは、日本でいう閻魔大王(えんまだいおう)のもとになった神です。つまり大威徳明王は、「死神をも倒す者」なのです。
密教では、仏様は3つの姿で人を救うと考えます(三輪身〈さんりんじん〉)。大威徳明王は、阿弥陀如来(あみだにょらい)と文殊菩薩(もんじゅぼさつ)が、怒りの姿になったものとされます。やさしい言葉では聞きいれない人を、きびしい姿で導くための姿です。
その力から、悪いものを打ちくだく「調伏(ちょうぶく)」の仏様とされます。大威徳明王を本尊とする祈りは「大威徳法」と呼ばれ、調伏を目的とする修法として知られています。その祈り方は、『聖閻曼徳迦威怒王立成大神験念誦法(しょうえんまんとくかいぬおうりつじょうだいじんげんねんじゅほう)』などの経典に説かれています。
③ 姿・持物・印相の特徴
- 六面:6つの顔は、地獄から天上までの6つの世界(六道〈ろくどう〉)を見渡すためとされます。
- 六臂(ろっぴ):6本の腕で、剣や矛(ほこ)などの武器を持ち、仏法を守ります。
- 六足:6本の足は、仏道の6つの修行(六波羅蜜〈ろくはらみつ〉)を歩み続ける決意を表すとされます。
- 印相(いんぞう):胸の前で、檀荼印(だんだいん)という手の形を結ぶことが多いです。両手を組み、中指を立てて合わせる形として描かれます。
- 水牛:台座の代わりに、水牛にまたがります。水牛の背に6本の足をかける、どっしりした姿です。
- 光背(こうはい):明王らしく、燃えさかる炎の光背を背負います。
03. 大威徳明王のご利益 ― 戦勝祈願・怨敵退散
🛡 怨敵・災いを退ける(調伏)
🙏 心の迷いを断つ知恵
大威徳明王は、人々を害する毒蛇や悪竜、怨敵(おんてき=うらみをもつ敵)を降すとされます(『デジタル大辞泉』)。そこから、怨敵や災いを退ける仏様として祈られてきました。
日本では「勝軍大威徳明王法(しょうぐんだいいとくみょうおうほう)」という修法(しゅほう=密教の祈り)で、戦勝が祈られたといいます(『日本大百科全書』)。今では、試合や受験などの勝負ごとの前にお参りする人もいます。
また、死神をも倒すという名前から、死や災いへのおそれをはらう仏様として手を合わせる人もいます。
こんな人におすすめ
- 試合や試験など、大事な勝負をひかえている人
- 災いや悪いできごとが続き、はらいたいと願う人
- 不安な気持ちに負けず、前に進みたい人
ご利益の根拠:大威徳明王を本尊とする「大威徳法」は、悪いものを調伏する修法として行われてきました。また、知恵の仏様・文殊菩薩の怒りの姿とされることから、迷いを断つ知恵を授けてくれるとも考えられています。
04. 大威徳明王と関連する仏様・神々
※神仏習合(しんぶつしゅうごう=神と仏を結びつける考え方)では、菅原道真の御霊(ごりょう)に贈られた「日本太政威徳天(にほんだじょういとくてん)」の名を、大威徳明王の力に重ねたものとする説があります。
05. 大威徳明王に会える寺院
- 東寺(とうじ/京都市南区)講堂 ― 国宝の五大明王像の一体で、西を守ります。講堂の仏像がそろった承和(じょうわ)6年(839年)ごろの作と考えられています。空海が構想した「立体曼荼羅(りったいまんだら)」の中で会えます。
- 真木大堂(まきおおどう/大分県豊後高田市)― 像高241センチ。木造の大威徳明王像としては日本最大とされる、平安時代の重要文化財です。
- 醍醐寺(だいごじ/京都市伏見区)― 上醍醐の五大堂で、延喜(えんぎ)7年(907年)に造り始められた五大明王像のうち、ただ1体残る当初の像です(重要文化財)。今は霊宝館(れいほうかん)にあります。
- 称名寺光明院(しょうみょうじこうみょういん/横浜市金沢区)― 建保(けんぽう)4年(1216年)、晩年の運慶がつくった像です。平成10年(1998年)に再発見され、のちの調査で、像の中の文書から運慶の作とわかりました。神奈川県立金沢文庫で保管されています。
06. 大威徳明王の見分け方 ― 焔摩天・愛染明王との違い
07. 大威徳明王の物語コラム ― 水牛の頭の死神と文殊菩薩
チベットで語り伝えられてきた、こんな話があります。
むかし、山の洞窟で、ひとりの行者(ぎょうじゃ)が長い長い修行を続けていました。あと少しで悟りにたどりつく、そのときです。盗人たちが、盗んだ水牛を連れて洞窟に入ってきました。
盗人たちは、行者の目の前で水牛の首を切り落としました。そして、それを見た行者の首まではねてしまったのです。
悟りを目前に命をうばわれた行者は、怒りのあまりよみがえりました。近くに落ちていた水牛の頭を自分の首にのせ、おそろしい死神「ヤマ」となったのです。死神は盗人たちを倒し、さらに人々をおそいはじめました。
こまりはてた人々は、知恵の仏様・文殊菩薩に助けを求めます。すると文殊菩薩は、死神と同じ水牛の頭をもつ、さらに大きな怒りの姿に変わりました。顔も腕も足も、死神よりずっと多い姿です。
死神はその姿の前にひれ伏し、仏法を守る者になったといいます。この文殊菩薩の怒りの姿こそ、「死神を倒す者」ヤマーンタカなのです。
08. 大威徳明王のまとめと関連記事
この記事でわかったこと
- 大威徳明王は五大明王の西の明王。梵名ヤマーンタカは「死神ヤマを倒す者」
- 六面六臂六足で水牛に乗る姿。文殊菩薩・阿弥陀如来の怒りの姿とされる
- 東寺講堂(国宝)、真木大堂(日本最大)、運慶作の称名寺光明院の像などで会える
次に五大明王のお堂を訪ねたら、まず「6本の足」を探してみてください。
09. ゆる仏様トーク ― 大威徳明王編
六面六臂六足は、今でいえば「前後左右を見渡せる監視カメラを6台つけ、6本の手で同時に仕事をこなし、6本の足で決してころばない」スーパー警備員です。さらに乗り物は、ぬかるみも平気な水牛。どんな道でも、助けに来てくれそうです。
足が6本もあるのに、水牛に乗っている。「歩いたほうが速いのでは?」と思ってしまいます。でも、その水牛はもともと死神の乗り物でした。──そう、足の数ではなく、「何に乗っているか」にこそ意味があったのです(くわしくは謎の章で)。
※経典の言葉ではなく、大威徳明王の姿の意味をもとにイメージしたセリフです。


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