閻魔大王(えんまだいおう)は、死んだ人の生前の行いを裁く、冥界(めいかい=死後の世界)の王です。
この記事でわかること
「うそをつくと閻魔さまに舌を抜かれるよ」。その閻魔さまは、実はとてもやさしい仏様の化身かもしれません。
01. 閻魔大王の基本情報
| 分類 | 天部(てんぶ=仏教を守る神々)。密教では十二天の焔摩天(えんまてん) |
| 読み方 | えんまだいおう |
| 別名 | 閻魔王・閻魔法王(えんまほうおう)・閻羅王(えんらおう)・閻王 |
| 梵名(ぼんみょう) | ヤマ・ラージャ(Yama-rāja)=「ヤマ王」。閻魔はヤマの音写(おんしゃ=音に漢字をあてたもの) |
| 真言 | オン・ヤマヤ・ソワカ(一般に伝わる焔摩天の真言。宗派で異なる場合あり) |
| 種子字(しゅじ) | 確認できる資料では確かめられず(焔摩天の種子として伝わるものはあるが、宗派で異なる) |
| ご縁日 | 毎月16日。とくに1月16日・7月16日は「閻魔賽日(えんまさいにち)」 |
| 本地仏(ほんじぶつ) | 地蔵菩薩(日本で作られた『地蔵十王経』などで同じ存在とされる・諸説あり) |
| 担当する日 | 十王の5番目として、亡くなって35日目(五七日〈ごしちにち/いつなぬか〉)に裁く |
02. 閻魔大王の解説 ― 最初に死んだ人間は、なぜ地獄の裁判官になったのか
① 一言まとめ
閻魔大王は、死後の世界で、亡くなった人の生前の行いを調べて裁く王です。仏教では、悪をこらしめ善をすすめる「裁判官」とされます。
② 由来・経典上の位置づけ
閻魔大王のルーツは、古代インドの神「ヤマ」です。インド最古の聖典『リグ・ヴェーダ』に登場します。
ヤマには、ヤミーという双子の妹(または妃)がいました。ヤマは人間として最初に死んだ者とされます。そのため、死者が向かう世界の王になったと考えられました。
はじめのヤマは、こわい神ではありませんでした。『世界大百科事典』によれば、祖先の霊が住む世界の王で、正しい法と光明の神ともされていたのです。
仏教に取り入れられると、ヤマは地獄の主になります。死者の生前の罪を裁く「閻魔法王」と呼ばれるようになりました。
中国では、道教(どうきょう)の考えと結びつきました。唐の終わりごろ(9〜10世紀)、『十王経』(じゅうおうきょう)という経典が作られます。死者を10人の王が順番に裁く、という教えです。閻魔大王はその5番目の王になりました。
日本には仏教とともに伝わりました。奈良時代には、すでに「閻羅王(えんらおう)」と書かれています。平安初期の説話集『日本霊異記』(にほんりょういき)にも登場します。
『十王経』には、中国で作られた『預修十王生七経』と、日本で作られた『地蔵十王経』があります。日本の『地蔵十王経』などでは、閻魔大王は地蔵菩薩と同じ存在とされます。
地蔵菩薩との結びつきは中国で始まったとする説もあり、諸説あります。また、十王それぞれに本地仏(本来の姿の仏)を当てるしくみは、鎌倉時代の日本で生まれたとされます。
③ 姿・持物の特徴
日本でおなじみの閻魔大王は、中国の役人の服を着ています。冠をかぶり、目をむいて口を大きく開けた、怒りの表情です。
『世界大百科事典』によれば、赤い衣をまとい、手に罪人を縛る縄を持つ姿で表されます。笏(しゃく=役人が持つ細長い板)を持つ像もあります。
一方、密教の焔摩天は、まったく違う姿です。インド風の服を着て、おだやかな顔で水牛に座ります。手には、人の頭がついた杖(人頭幢〈にんとうどう〉)を持ちます。
03. 閻魔大王のご利益とは?祈願のポイント
こんな人におすすめ
- 四十九日までの法要で、亡くなった家族の冥福を祈りたい人
- 自分の行いを見つめ直し、心を入れかえたい人
- お盆の時期に、ご先祖さまを迎える準備をしたい人
ご利益の根拠:『十王経』では、残された家族が供養をすると、死者の裁きが軽くなると説かれます。そのため、閻魔大王への祈りは先祖供養と深く結びつきました。
また、密教の焔摩天は、長寿や病・災いよけと結びつけられてきました。ご利益の内容はお寺によって異なります。お参りの前に、各寺院の案内を確かめてください。
04. 閻魔大王と関連する仏様・神様
ほかの十王には、初七日の秦広王(しんこうおう)、二七日の初江王(しょこうおう)などがいます。
05. 閻魔大王を祀る主要な寺院
- 円応寺(えんのうじ/神奈川県鎌倉市)― 建長寺の近くにある「閻魔堂」。建長2年(1250年)創建と伝わります(諸説あり)。本尊の閻魔大王坐像は国の重要文化財で、頭部は鎌倉時代、体は江戸時代に作り替えられたとされます。運慶(うんけい)作の伝承から「笑い閻魔」とも呼ばれ、十王の像も並びます。
- 千本ゑんま堂(引接寺〈いんじょうじ〉/京都府京都市)― 高さ約2.4mの閻魔法王像(1488年、仏師・定勢〈じょうせい〉作)を本尊とし、司命・司録を従えます。小野篁(おののたかむら)が建てたほこらをもとに、定覚(じょうかく)上人が開いたと伝わります(篁を開基とする説も)。毎月16日が縁日です。
- 源覚寺(げんかくじ/東京都文京区)― 「こんにゃくえんま」として知られ、眼病平癒の信仰を集めます。目を病んだ老婆に、閻魔さまが自分の右目を授けたと伝わります。老婆は好物のこんにゃくを断ち、お礼に供え続けたそうです。
- 太宗寺(たいそうじ/東京都新宿区)― 高さ5.5メートルの大きな閻魔像で知られます。目玉が盗まれたという話も伝わります(くわしくはお寺めぐりの記事へ)。
- 宝積寺(ほうしゃくじ/京都府大山崎町)― 鎌倉時代の閻魔王・司命・司録の木像が、国の重要文化財に指定されています。
- 醍醐寺(だいごじ/京都府京都市)― 水牛に乗る密教スタイルの焔摩天の木像(重要文化財「木造閻魔天騎牛像」)が伝わります。
06. 閻魔大王の見分け方 ― 焔摩天・ほかの十王との違い
※像の姿は時代や作者によって異なります。上のポイントは目安です。
07. 閻魔大王の物語 ― 閻魔庁に勤めた平安貴族・小野篁
平安時代の役人、小野篁(802〜853年)には、ふしぎな伝説があります。昼は朝廷で働き、夜は冥界で閻魔大王の補佐をしていたというのです。
『今昔物語集』(こんじゃくものがたりしゅう)には、こんな話があります。大臣の藤原良相(ふじわらのよしみ)が、重い病で亡くなりました。
良相は、閻魔大王の役所「閻魔庁」に引き出されます。ところが、閻魔大王の横には、なんと篁が座っていました。
篁は閻魔大王に申し上げます。「この人は心のまっすぐな人です。どうか許してあげてください」。閻魔大王はその願いを聞き入れました。こうして良相は生き返ったのです。
京都には、篁が冥界へ通ったという井戸の伝説も残ります。六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)の井戸が入口とされます。
こわい閻魔大王も、正しく取りなす人の言葉には耳を傾けた。この話は、閻魔大王が「ただ罰する王」ではないことを伝えています。
08. 閻魔大王のまとめと関連記事
この記事でわかったこと
こわい顔の閻魔さまに出会ったら、その奥にあるやさしさを想像してみてください。
09. ゆる仏様トーク ― 閻魔大王編
閻魔大王は、今でいえば「人生の最終審査の審査員」です。しかも手元には、両肩の倶生神がつけた一生分の記録があります。ごまかしはききません。でも、家族が供養を届けると、評価が上がるとも説かれます。
昼は朝廷のお役人、夜は閻魔庁で裁判の補佐。小野篁さん、まさかの「冥界との兼業」です。睡眠時間はいつ取っていたのでしょう。──でも、その兼業のおかげで、救われた人がいました。閻魔さまの横に、話の通じる味方がいてくれたのです。

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