神の種類
尾張氏系・国津神
役職
初代尾張国造
妻神
真敷刀俾命(ましきとべのみこと)
御子神
建稲種命・宮簀媛命
主祭神社
上知我麻神社(熱田神宮境内)
📅 2026年6月22日 ✍️ 神社めぐり管理人 🗂 神様図鑑シリーズ 📖 読了目安:12分
🏯名古屋・尾張の大国造——熱田神宮に祀られ白鳥塚古墳に眠る尾張の始祖

乎止与命は名古屋・尾張の歴史の出発点に立つ神様です。「国造本紀」では成務天皇の御代に尾張国造に定められたと伝わる。熱田神宮を生んだ宮簀媛命(No.093)・倭建命東征の副将軍・建稲種命という二人の英雄の父神として、尾張国の礎を築いた初代国造という偉大な役割を担った神です。熱田神宮境内摂社・上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)に御祭神として祀られており、名古屋在住者なら熱田神宮参拝のたびに縁を持てる距離にいます。また尾張国造の領域内の古墳の分析から、白鳥塚古墳が初代国造の乎止与命を埋葬したものと見られる。この白鳥塚古墳は名古屋市守山区(しだみ古墳群の一部)にあり、乎止与命の「眠る地」を現代も訪れることができます。

① 名前と出典

正式名称 乎止与命(おとよのみこと)上知我麻神社社伝・熱田太神宮縁記・各種尾張国内古文献
表記の揺れが多い神名で、文献によって以下のように異なる:
各文献の表記 小止与命(こどよのみこと)先代旧事本紀・国造本紀
小止與命・小登與命勘注系図
小豊命(おとよのみこと)新撰姓氏録(弘仁6年・815年)
乎止與命尾張氏系図(徳川宗敬氏寄贈写本)・上知我麻神社ほか尾張国内古文献
名前の意味 「乎(お)」——「小(お)」という美称・謙称。古代では「小」は小さいという意味ではなく、若々しい・生命力旺盛という意味の美称として用いられた。「小止与(おとよ)」とも「小豊(おとよ)」とも書かれることから、「おとよ」という音が本来の名前の音であり、「豊(とよ)」は「豊かな・力強い」という意味を持つと解釈できる。

「止与(とよ)」——「豊(とよ)」と同音。豊かさ・力強さ・豊饒を意味する。「豊(とよ)命」=「豊かな命(みこと)」という読み方もできる。
初出文献 先代旧事本紀(天孫本紀・国造本紀)——平安時代初期成立。国造本紀に「小止与命、成務天皇の御代に、天下に定められ尾張国造となった」という記述がある。天孫本紀では尾張氏の系譜上の「十一世孫」として位置づけられる。先代旧事本紀(天孫本紀・国造本紀)・新撰姓氏録・勘注系図
神様の種類 尾張氏系・国津神——天火明命(天孫系)の十一世孫として初代尾張国造に任命された古墳時代の豪族神
尾張国造の祖であり、日本武尊妃である宮簀媛の父神とされる人物。記紀にその名は記されず、実在したという確証は無し。また実在したとすれば尾張氏の起点となる重要人物であるにもかかわらず、事蹟等が記載される文献は見当たらない。
🏯 注目ポイント:乎止与命は前記事の真敷刀俾命・尾治針名根連命と同様に、古事記・日本書紀には名が登場しない神様です。先代旧事本紀・新撰姓氏録・勘注系図など二次文献にのみ記録されており、表記も文献によってバラバラという謎多き神。しかし「宮簀媛命(熱田神宮を創建した女神・No.093)の父神」「建稲種命(倭建命東征の副将軍)の父神」という位置づけから、乎止与命は熱田神宮の神話の根幹に直結する重要な神として熱田神宮境内に祀られています。上知我麻神社(夫神)と下知我麻神社(妻神・真敷刀俾命)という「夫婦神の対の摂社」で今も信仰を集める存在です。

② 文献別の記録状況

📜六つの文献で六通りの名前——乎止与命という謎多き神の記録

乎止与命は複数の文献に登場するが、それぞれ表記が異なる。古事記・日本書紀には名がなく、先代旧事本紀・新撰姓氏録・勘注系図・各地の社伝にのみ記録される。これほど表記が揺れる神名は珍しく、「後世の編纂者が異なる音写(おとよのみこと)を採用したため」または「複数の人物・伝承が統合されたため」とする解釈がある。

文献・資料 成立年代 記載 神名の表記・内容
古事記 712年 記載なし 宮簀媛命(美夜受比売)は登場するが父神・乎止与命への言及はない
日本書紀 720年 記載なし 宮簀媛は「尾張の国の宮簀媛」とのみ記され、父神の記述はない
先代旧事本紀
(天孫本紀)
平安初期 記載あり 「小止与命」——天火明命の十一世孫として系譜に記録。真敷刀俾命を妻として建稲種命を生んだと記す
先代旧事本紀
(国造本紀)
平安初期 記載あり 「小止与命、成務天皇の御代に尾張国造に定められた」——成務天皇朝(4世紀前後)に初代尾張国造として公式任命されたと記す
新撰姓氏録 815年 記載あり 「小豊命」——天孫系の尾張連の系譜に記録。「河内国 神別天孫 尾張連」の項に登場する
勘注系図
(かんちゅうけいず)
平安期 記載あり 「小止與命・小登與命」——籠神社(天橋立)の海部氏が作成した系図にも同系譜の人物として記録される
上知我麻神社
社伝・尾張国内文献
各時代 御祭神として祀る 「乎止與命」——熱田神宮境内摂社・上知我麻神社(通称:源太夫社)の御祭神として現在も祀られる

③ 尾張氏の系譜における位置づけ

始祖神(一世)
天火明命
あめのほあかりのみこと
真清田神社(愛知県一宮市)御祭神・尾張氏の天孫系祖神。乎止与命から見て十代前の先祖。
十一世孫・本記事の神様
乎止与命
おとよのみこと
初代尾張国造。真敷刀俾命を妻とし尾張大印岐の系譜とも結びついた。建稲種命・宮簀媛命の父神。
妻神
真敷刀俾命
ましきとべのみこと
下知我麻神社(熱田神宮境内)御祭神。尾張大印岐の娘・尾張の土着の女性首長。(本シリーズ前回記事)
御子神①(十二世孫)
建稲種命
たけいなだねのみこと
倭建命東征の副将軍・次の尾張国造・熱田神宮の御祭神。帰路に逝去した悲運の英雄。
御子神②(十二世孫)
宮簀媛命
みやずひめのみこと(No.093)
倭建命の妃・草薙剣を守り熱田神宮を創建した尾張最重要の女神。
孫神(十三世孫)
尾綱根命→尾治針名根連命
おつなねのみこと→おわりはりなね
建稲種命の系譜を継いだ尾張氏。針名神社(天白区)・針綱神社(犬山)に祀られる。(本シリーズ前前回記事)

④ 活躍した時代

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古墳時代(4〜5世紀頃)——成務天皇の御代・尾張国造として任命された大国造の時代
「国造本紀」では成務天皇の御代に尾張国造に定められたと伝わる。成務天皇(せいむてんのう・第13代)の時代は古墳時代の前期〜中期(3〜4世紀頃)とされ、各地の豪族が「国造(くにのみやつこ)」として大和政権から正式に地方統治を委任された時代に相当する。これら尾張の古墳の築造時期や形式から、白鳥塚古墳が初代国造の乎止与命を埋葬したものと見られる。
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祀られる神社・縁の地

📌 名古屋在住者への参拝ガイド:乎止与命ゆかりの地はすべて名古屋市内または近郊にあり、日帰りどころか半日で複数カ所を巡れます。①熱田神宮・上知我麻神社(地下鉄神宮西駅徒歩3分)→②下知我麻神社〔妻神・真敷刀俾命〕(同境内)→③白鳥塚古墳(守山区・車で約25分)→④しだみ古墳群ミュージアムという「乎止与命ゆかりの地一日コース」は、古代史ファン・神社ファンにとって名古屋の奥深さを体感できる最高のルートです。
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神話・史実・研究上の論点

「成務天皇の御代に尾張国造に定められた」——国造本紀が語る乎止与命の任命
先代旧事本紀・国造本紀には「小止与命、成務天皇の御代に、天下に定められ尾張国造となった」という記述がある。「国造(くにのみやつこ)」とは大和政権が地方豪族に与えた地方行政の長の称号で、乎止与命が初代の尾張国造に任じられたということは「大和政権が尾張という地を公式に統治範囲に組み込み、その代表として乎止与命を認めた」ことを意味する。成務天皇の時代に全国各地で「国造の制度」が整備されたとされており、乎止与命の任命はその全国的な流れの一部であった。尾張国造乎止与命の子・建稲種命は倭建命(第12代景行天皇の皇子)の東征に副将軍として随伴し軍功を上げた。妹の宮簀媛は東征の還路に尾張の地で娶られ、そのときに預かった草薙剣を奉納し熱田社を建てたとある。

出典:先代旧事本紀(国造本紀)・尾張国造Wikipedia・尾張氏Wikipedia
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「乎止与命=日本武尊」同一神説——大胆な解釈が語る熱田神宮神話の謎
乎止与命について、実在したという確証は無し。また実在したとすれば尾張氏の起点となる重要人物であるにもかかわらず、事蹟等が記載される文献は見当たらず、出自はベールに包まれており多くの説が出されている。その中に「乎止与命=日本武尊(倭建命)」同一神説がある。古事記・日本書紀では「倭建命(父)→宮簀媛命(妻)」という関係が描かれるのに対し、先代旧事本紀系の文献では「乎止与命(父)→宮簀媛命(娘)」という関係が描かれる。「宮簀媛命の父神」を日本武尊の別名・別側面として解釈したのが同一神説の核心で、「父と義父(妻の父)が混同・融合したのではないか」という説も提唱されている。確証はないものの、この問いは熱田神宮の神話の起源に直接関わるため、古代史研究者が今も注目し続けている論点である。

出典:かむなからのみち「乎止與命(改訂)」・熱田神宮の神話研究
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白鳥塚古墳——乎止与命が眠るとされる名古屋市守山区の前方後円墳
尾張国造の領域で最古の古墳はいくつか確認されており、これら尾張の古墳の築造時期や形式から白鳥塚古墳が初代国造の乎止与命を、尾張戸神社古墳が乎止与命の妻(真敷刀俾命と推定)を、東之宮古墳が次代国造の建稲種命を、兜山古墳が美夜受比売(宮簀媛命とも)をそれぞれ埋葬したものと見られる。誰の墓なのかは正確にはわかっていないが、おそらく尾張国造の乎止与命と推定している。前方後円墳を造ることを許されたということは、大和王権と繋がっていたということ。白鳥塚古墳は名古屋市守山区・しだみ古墳群の中核をなす国史跡であり、現在も歴史の里しだみ古墳群ミュージアムとして一般公開されている。「乎止与命の眠る古墳を訪れる」という神社めぐりとは異なる視点の史跡探訪も、名古屋在住者にはぜひ体験してほしい。

出典:尾張国造Wikipedia・白鳥塚古墳の研究・しだみ古墳群ミュージアム資料
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逸話・エピソード

EPISODE 01 上知我麻神社の通称「源太夫社」——尾張国の蓬莱島に剣を投げた伝説

上知我麻神社は長く「源太夫社(げんだゆうしゃ)」という通称で地域に知られてきた。この剣を投げ社地を定めた石井源太夫(いしいげんだゆう)は尾張国の蓬莱島に宮地が有り、そこに祭られる尾張国造小豊命であるとも有る。尾張国の熱田神宮、境内摂社の上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)は通称源太夫社と呼ばれ、祭神は『先代旧事本紀』に尾張国造と記される乎止與命である。「剣を空に投げてその落ちた地を社地と定めた」という神社の縁起譚は日本各地に見られる古い形式であり、乎止与命がこの地域の神社の鎮座地を「剣を投げて定めた」という伝説が上知我麻神社の起源に結びついている。「源太夫」という通称が長く使われてきた背景には、地元で乎止与命を「源(みなもと)の大夫(たゆう)=この地の創始者の大人」として崇敬していた民間信仰の根強さが見える。

EPISODE 02 尾張大印岐との縁組——大和から来た天孫系氏族が尾張の土着豪族に「入婿」した大事件

乎止与命と真敷刀俾命(ましきとべのみこと)の結婚は、単なる「夫婦の縁」以上の政治的・歴史的意義を持つ出来事として研究者に注目されている。乎止与命は「天火明命(尾張氏の天孫系始祖)の十一世孫」——つまり大和から来た天孫系の血を引く氏族の子孫。一方、真敷刀俾命の父・尾張大印岐(おわりのおおいみき)は濃尾平野の先住の有力豪族(稲置=いなぎ)の系統。海部氏系(≒尾張氏の別姓)の乎止与命が尾張の先住者としての尾張大稲城族に入婿することで出雲系の祀りをやめ、天火明命を祖とする祀りに変えている。尾張国造は、大国主系尾張大稲置の財政的基礎の上に、天火明系海部氏の出自と主権を奉じて創始されたものと考えることができる。この縁組によって「天孫系の霊統(乎止与命)」と「尾張土着の経済力(尾張大印岐)」が合体し、濃尾平野を支配する強大な尾張国造の基盤が生まれたのだという。

EPISODE 03 倭建命の東征を陰から支えた大国造——「息子を副将軍に送り出した父」の決断

倭建命(やまとたけるのみこと・No.081)の東征は、景行天皇の命による関東・東北方面への征討。尾張国造乎止与命の子・建稲種命は倭建命(第12代景行天皇の皇子)の東征に副将軍として随伴し軍功を上げた。妹の宮簀媛は東征の還路に尾張の地で娶られ、そのときに預かった草薙剣を奉納し熱田社を建てたとある。この東征を可能にした背景には、乎止与命が「尾張国造として倭建命に対し息子(建稲種命)を副将軍として提供し・娘(宮簀媛命)を妃として捧げる」という全面的な支援があった。乎止与命は倭建命を直接もてなし草薙剣を預かる役を担った宮簀媛命の父として、倭建命東征という大和政権の一大事業を尾張の地から支えた。「子供たちを歴史の渦中に送り出した父神」という乎止与命の静かな存在感は、熱田神宮の神話を理解する上で欠かせない視点のひとつ。

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ご利益

🏯乎止与命のご利益——「尾張の初代国造・倭建命を支えた父神」として

初代尾張国造として濃尾平野を開拓し・倭建命東征を子供たちを通じて支えた乎止与命は、開拓・国土守護・家族守護・子の活躍への守護という神格を持ちます。熱田神宮境内の上知我麻神社(乎止与命)と下知我麻神社(妻神・真敷刀俾命)を合わせて参拝することで縁結び・夫婦円満のご利益も得られます。

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国土開拓・農業守護
初代尾張国造として濃尾平野を開拓した神として国土開拓・農業・新天地への挑戦・移住後の土地への定着への守護のご利益がある。
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家族守護・子の活躍
建稲種命と宮簀媛命という英雄を産んだ父神として家族守護・子供の成功・子の武運・子のキャリアアップへの守護のご利益がある。
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縁結び・夫婦円満
上知我麻神社(夫・乎止与命)と下知我麻神社(妻・真敷刀俾命)の対の摂社として縁結び・夫婦円満・良縁成就への守護のご利益がある。
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組織運営・リーダーシップ
大和政権から尾張国造として公認された行政のリーダーとして組織運営・マネジメント・リーダーシップ・国政・地方行政への守護のご利益がある。
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縁組・政略・外交
天孫系氏族が土着の有力豪族(尾張大印岐)と縁組することで勢力を拡大した乎止与命として縁組・ビジネスパートナーシップ・外交交渉への守護のご利益がある。
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名古屋・尾張の郷土守護
初代尾張国造として濃尾平野を治めた始祖の神として名古屋・尾張(愛知)の郷土守護への縁が深い。名古屋在住者の守護神として。
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関わりの深い場所・聖地巡礼

御祭神神社【熱田神宮境内】
上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)
📍 愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1(熱田神宮境内南西)
乎止与命を御祭神とする熱田神宮の境内摂社。通称「源太夫社(げんだゆうしゃ)」。下知我麻神社(妻神・真敷刀俾命)と対をなす「尾張の夫婦神の摂社」として夫婦参拝が縁結びに良いとされる。地下鉄神宮西駅から徒歩3分→境内南西へ。
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乎止与命が眠るとされる国史跡
白鳥塚古墳(しだみ古墳群)
📍 愛知県名古屋市守山区大字上志段味(国史跡)
白鳥塚古墳が初代国造の乎止与命を埋葬したものと見られる。しだみ古墳群ミュージアムに隣接し一般公開されている。前方後円墳の地形がよく残る古代の聖地。名古屋市内から車で約25分(守山区上志段味)。古代史ファン必訪の史跡。
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乎止与命の館跡伝承地・宮簀媛ゆかりの地
氷上姉子神社 元宮(火上山)
📍 愛知県名古屋市緑区大高町火上山
乎止与命と真敷刀俾命夫妻・娘の宮簀媛命が居住した館跡の伝承地。火上山(氷上山)の山頂付近に元宮が鎮座する。倭建命と宮簀媛命が出会った場所とも伝わる。名古屋市内から車で約30分。麓の氷上姉子神社も合わせて参拝できる。
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