神の種類
尾張氏系(国津神)
世代
天火明命の十四世孫
父神
尾綱根命(おつなねのみこと)
主祭神社
針名神社(名古屋市天白区)
社格
式内社・延喜式従三位
📅 2026年6月22日 ✍️ 神社めぐり管理人 🗂 神様図鑑シリーズ 📖 読了目安:11分
🌿名古屋市天白区に鎮まる「尾張の始祖の神」——1100年以上前から地域を守る古社の主祭神

尾治針名根連命は名古屋市天白区平針に鎮座する針名神社(はりなじんじゃ)の主祭神として、1100年以上にわたって地域を守護してきた尾張の神様です。針名神社は名古屋市内でも有数の規模を誇る1万2000坪の広大な杜に囲まれた神社。名古屋市内でこれほど広大な鎮守の杜を持つ神社は少なく、境内に足を踏み入れると都市の喧騒が消え深い森の静寂に包まれます。尾張氏は大和政権とかかわりが深く、孝昭天皇・崇神天皇・継体天皇や日本武尊といった皇族(王族)に妃を輩出し、全国の国造家の中でも屈指の勢力を誇った氏族。その尾張氏の氏神として「尾張の始祖の御社」とも呼ばれます。

① 名前と出典

正式名称 尾治針名根連命(おわりはりなねのむらじのみこと)先代旧事本紀・針名神社社伝・針綱神社由緒
尾治針名根連(おはりはりなねのむらじ)・尾治針名連(おはりはりなのむらじ)とも表記される。江戸後期の神祇宝典にも「針名根連」として記録が残る。延喜式神名帳・神祇宝典
名前の意味 「尾治(おわり)」——尾張国の古称。尾張氏の氏族名そのもの。「尾(お)」は丘・峰、「張(はり)」は広がるという意味ともされ、尾張丘陵が広がる地形を指す。

「針名(はりな)」——「針(はり)」は針・槍の意味とも、地名「平針(ひらはり)」の語源とも解される。「名(な)」は名声・神名の語尾。平針(現在の名古屋市天白区)という地名との深い関係を示す神名。

「根(ね)」——神名に使われる「根」は根本・根幹という意味で、「この神が尾張の根幹・始祖」であることを示す敬称。大国主命の別名「大己貴命(おおなむちのみこと)の根の国」の「根」と同源。

「連(むらじ)」——古代の姓(かばね)の一種で、天皇家に近い高い氏族に与えられた称号。「大連(おおむらじ)」は朝廷の要職にも任じられた最高位の氏族を示す。
初出文献 先代旧事本紀(天孫本紀)——尾張氏の系譜の一部として「尾治針名根連命」の名が記録されている。また延喜式(927年)の神名帳に「従三位・針名天神(はりなてんじん)」として針名神社が記載されており、そこから祭神が「針名根連」であることが後世の研究で確定された。先代旧事本紀・延喜式神名帳
神様の種類 尾張氏系・国津神——天火明命(天孫神)の子孫として「尾張の地を守った国造家の神」
主祭神の尾治針名根連命は、尾張氏の祖先神で尾張国一宮の真清田神社の祭神でもある天火明命の十四世孫にあたるとされ、父の尾綱根命とともに犬山市の針綱神社にも祀られている。天孫系の血を引きながら尾張の地に深く根ざした、「天孫と土着の接点にある氏族神」という神格。
🌿 注目ポイント:尾治針名根連命は前記事でご紹介した「真敷刀俾命(ましきとべのみこと)」と同じく、古事記・日本書紀には名が見えない神様です。ただし延喜式(927年)に「従三位」という高い社格で記録されており、平安時代から国家に公認された格式の高い祭神であることは確かです。記紀に名がなくても、尾張の地で1100年以上にわたって地域の氏神として信仰され続けてきた——これは尾張氏という古代の名族が現代まで脈々と受け継いできた生きた信仰の証といえます。

② 尾張氏の系譜における位置づけ——天火明命から十四世代の系譜

🌿尾治針名根連命は尾張氏の系譜の「到達点」——熱田神宮創建から数世代後の神

先代旧事本紀によれば、天火明命から尾張氏の系譜は十四世代を経て尾治針名根連命に至る。宮簀媛命(No.093・熱田神宮創建)は尾治針名根連命の「大叔母の子(父・尾綱根命の大叔母にあたる)」という関係にある。つまり熱田神宮を創建した宮簀媛命よりも数世代後の人物として尾治針名根連命は尾張の地に生きた。尾張氏の一派はのちに熱田神宮大宮司を代々務める系譜に続く。

始祖神(天孫・一世)
天火明命
あめのほあかりのみこと
真清田神社(愛知県一宮市・尾張国一宮)の御祭神。尾張氏・海部氏の天孫系祖神。
十一世孫・初代尾張国造
乎止与命
おとよのみこと
濃尾平野に移住した初代尾張国造。上知我麻神社(熱田神宮)の御祭神。真敷刀俾命の夫。
十二世孫(乎止与命の御子)
建稲種命・宮簀媛命
たけいなだね・みやずひめ
倭建命東征の副将軍と妃。熱田神宮の創建に関わった尾張氏の英雄・女神(No.093)。
十三世孫(建稲種命の御子)
尾綱根命
おつなねのみこと(尾張根命とも)
尾治針名根連命の父神。針綱神社(愛知県犬山市)にも御子・尾治針名根連命と共に祀られる。
十四世孫・本記事の神様
尾治針名根連命
おわりはりなねのむらじのみこと
針名神社(名古屋市天白区)の主祭神。天火明命から十四世代目の尾張氏の氏神。

③ 活躍した時代

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古墳時代後期〜飛鳥時代(5〜7世紀頃)——尾張氏が全国屈指の勢力を誇った黄金期
古墳時代にこの地(尾張丘陵)を治めた尾張氏は大和政権とかかわりが深く、孝昭天皇・崇神天皇・継体天皇や日本武尊といった皇族に妃を輩出し、全国の国造家の中でも屈指の勢力を誇った。尾治針名根連命はこの全盛期の後半にあたる時代の人物と推定される。現在の針名神社の境内に隣接して古墳が発見されており、一族の墓と推定されている。
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祀られる神社

📌 参拝ガイド:尾治針名根連命への参拝は名古屋市天白区の針名神社が最もアクセスしやすい。地下鉄鶴舞線・平針駅から徒歩約15分、または車(平針駅から5分・駐車場あり)でアクセス。境内1万2000坪という広大な杜は都市の喧騒が嘘のような静寂と神聖さで、ゆっくり参拝できます。父神・尾綱根命とともに祀られる針綱神社(犬山市)は名古屋から名鉄で約30分(犬山駅下車・徒歩5分)——犬山城とセットで参拝できる好ロケーションです。
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神話・伝説・史実

延喜式「従三位・針名天神」——10世紀初頭に国家公認された尾張の格式ある古社
針名神社の創建は古く、延喜式神明帳の従三位・針名天神の記載により今から約千百年以上前と推察できる。延喜式とは延喜五年(905年)に醍醐天皇の命により編纂が開始された「養老律令」の施工細則を集大成した全五十巻に及ぶ古代法典であって、この延喜式の第九巻・十巻に記載されている神社のことを式内社と呼ぶ。「従三位」という位階は現代で言えば副大臣クラスに相当する高い格式であり、平安時代の朝廷がこの神社を「尾張国の重要な神社」と公式に認定していたことを示している。式内社として記載されている神社は全国に2861社あるとされ、針名神社はその中でも特に高い格式を与えられていた。

出典:延喜式神名帳(927年)・針名神社パンフレット・Wikipedia「針名神社」
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備前国にも「尾治針名神社」——尾張氏の広域支配が残した全国への痕跡
延喜式神名帳に愛知郡に「針名神社」、備前国御野郡に「尾治針名眞若比女神社」がある。これは尾張氏(おわりうじ)が現在の名古屋・愛知県だけでなく、遠く岡山県(備前国)にまで勢力圏を持ち、その地に「尾治針名」を冠する神社を勧請していたことを示す。尾張氏の一族が濃尾平野だけでなく瀬戸内にまで展開していたことが、この神社名から読み取れる。古代においていかに尾張氏が広域にわたる影響力を持っていたかを物語る興味深い史実である。

出典:延喜式神名帳・尾張氏Wikipedia・姓氏家系メモ「尾張氏」
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「針名神社の本来の場所」論争——平針に移転する前、この神社はどこにあったのか
江戸前期まで現在地北西の天白川左岸の「元郷」という地にあったのが、1612年(慶長17年)に徳川家康の命で駿河街道の整備に伴い平針村ごと南へ移った時に当社も現在地に移転したという。現在も旧地の平針一丁目付近には「神田」などの地名が残るが、これは当社の神田があったことによる。また、天野信景が当社を延喜式神名帳に記載のある尾張国愛知郡「針名神社」に比定したが、その根拠は所在地が愛知郡平針村で「針」の字が共通している点によるのみであり、江戸後期の郷土史家・津田正生はこれを批判し、本来の「針名神社」は中村区烏森町の天神社ではないかとした。「どちらが本来の式内・針名神社なのか」という論争は現在も決着がついていない。

出典:Wikipedia「針名神社」・津田正生の研究・針名神社社伝
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逸話・エピソード

EPISODE 01 京都の宮絵師が描いた247枚の薬草天井絵——針名神社の圧巻のビジュアル

針名神社の拝殿・祝詞殿の天井には、平成30年(2018年)の御屋根替えを機に奉納された、圧巻の天井絵が広がっている。篤志家のご奉納により京都の宮絵師による247枚(祝詞殿77枚・拝殿170枚)にもおよぶ天井絵を取り付けた。四隅には四方の方位を護る四神を配した。なじみ深い植物の絵を中心に全体の約1/3を薬草をモチーフとしていて、華やかな雰囲気で目を楽しませるだけでなく、健康や長寿や様々な願いをさらに強くするそんな願いが込められている。神社本殿の天井に247枚もの絵が敷き詰められるのは全国的にも珍しく、参拝者が「天井ばかり見上げてしまう」と話すほどの迫力がある。薬草をモチーフにした天井絵は「病気平癒」というご利益とも深く結びついており、針名神社が「病気を治すご利益でも有名」とされる理由のひとつとなっている。

EPISODE 02 「大連(おおむらじ)」として品太天皇に仕えた——尾張氏の政治的全盛期を示す記録

先代旧事本紀・尾張氏の系譜に関する記録には、「品太天皇の御世、尾治連の姓を賜い、大臣大連となし」という記述が伝わる。品太天皇(ほむたてんのう)とは第15代・応神天皇のこととされ、「大連(おおむらじ)」とは朝廷の行政の最高位を示す官職——つまり尾張氏の一族は応神天皇の時代に「大連」という朝廷の要職に就いていたということになる。尾治針名根連命の「連(むらじ)」という称号はまさにこの「連(むらじ)姓」の氏族であることを示している。「全国の国造家の中でも屈指の勢力」と評される尾張氏の政治的地位の高さが、神名そのものに刻まれている。

EPISODE 03 壬申の乱を陰から支えた尾張氏——天武天皇の即位に貢献した一族の系譜

壬申の乱(672年)では海部氏に養育された大海人皇子(のちの天武天皇)へ私邸や資金を提供するなど全面的に支援し、彼の第40代天武天皇の誕生に格段の功績を上げている。壬申の乱は天武天皇(大海人皇子)と大友皇子が皇位を争った古代日本最大の内乱。尾張氏(海部氏を含む系譜)はこの重大な歴史の転換点で勝利した側(天武天皇)を支援し、その後の律令国家形成に貢献した。尾治針名根連命はこの壬申の乱より数世代前の人物と推定されるが、尾治針名根連命が守った尾張の地が後世に日本の歴史を動かす重要拠点となったという意味で、その氏族の歴史的重要性を感じることができる。

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ご利益

🌿尾治針名根連命のご利益——「尾張の始祖の神・開運の神・病気平癒の神」として

針名神社は開運・開拓の神様とされ、病気を治すご利益でも有名。天火明命の系譜を引く「尾張の根幹の神」として開運・開拓・地域守護という神格を持ちます。また境内の薬草天井絵との相乗効果もあり、病気平癒のご利益が特に信仰されています。式内社・従三位という格式から国家や組織の守護にも縁が深い神様です。

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開運・運気上昇
天火明命から十四世代続く名族・尾張氏の氏神として開運・運気上昇・総合的な運の向上への守護のご利益がある。
🌱
開拓・新規事業
濃尾平野を開拓した尾張氏の氏神として開拓精神・新規事業・新しい土地でのスタート・農業への守護のご利益がある。
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病気平癒・健康
薬草をモチーフとした247枚の天井絵との相乗効果で病気平癒・健康守護・長寿への守護のご利益が特に有名。
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縁結び
針名神社は縁結びでも知られ、縁結び守護・良縁成就・婚活・パートナー探しへのご利益がある。境内での神前結婚式も行われる。
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地域守護・郷土愛
1100年以上にわたって天白・平針の地を守護してきた氏神として地域守護・郷土への縁・引越し後の土地への定着のご利益がある。
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組織・国家守護
「大連(おおむらじ)」として朝廷に仕えた尾張氏の氏神として組織守護・会社・団体・国家への安泰のご利益がある。
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関わりの深い場所・聖地巡礼

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