金色の孔雀に乗る、やさしい顔の明王。それが孔雀明王(くじゃくみょうおう)です。
この記事でわかること
- 毒や災いを除くご利益と、真言・姿
- 蛇にかまれた僧と「金色の孔雀王」の物語
- 【謎】なぜ明王なのに怒った顔をしていないのか
答えは、「明王」という名前の意味にかくれていました。
01. 孔雀明王の基本情報
| 分類 | 明王(みょうおう)。ただし姿は、やさしい菩薩形(ぼさつぎょう)です |
| 読み方 | くじゃくみょうおう |
| 別名 | 仏母大孔雀明王(ぶつもだいくじゃくみょうおう)、孔雀仏母(くじゃくぶつも)、孔雀王母菩薩(くじゃくおうもぼさつ)、摩訶摩瑜利(まかまゆり) |
| 梵名(ぼんみょう) | マハーマーユーリー・ヴィディヤーラージュニー(Mahāmāyūrī-vidyā-rājñī) |
| 真言(しんごん) | オン・マユラキランテイ・ソワカ |
| 種子字(しゅじじ) | マ(ma) |
| 出典の経典 | 『仏母大孔雀明王経』(ぶつもだいくじゃくみょうおうきょう/不空訳)、『孔雀王呪経』(くじゃくおうじゅきょう/鳩摩羅什訳など) |
| ご縁日 | 孔雀明王としての定まったご縁日は、確認できる資料では見つかりませんでした |
02. 孔雀明王とは? ― 毒蛇を食べる孔雀が仏様になった
① 一言まとめ
孔雀明王は、毒蛇を食べる孔雀を神格化した仏様です。どんな毒や災いも取り除くとされます。明王の仲間なのに、怒りの顔ではなく、やさしい菩薩の顔をしています。
② 由来・経典上の位置づけ
インドは毒蛇の被害が多い土地でした。そのため、蛇の天敵である孔雀は、神聖な鳥とされました。ヒンドゥー教で女神として神格化された孔雀が、仏教に取り入れられたとされます。
もとはインドの女神マハーマーユーリーです。仏教では、5人の守護の女神「パーンチャ・ラクシャー(五守護女神)」の一人にも数えられます。
孔雀明王の呪文(陀羅尼〈だらに〉)を説く経典は、早くから中国で訳されました。古いものに、訳者不明の『大金色孔雀王呪経』(東晋の帛尸梨蜜多羅〈はくしりみったら〉の訳とも伝わる)や、鳩摩羅什(くまらじゅう)の訳とされる『孔雀王呪経』があります。梁の僧伽婆羅(そうぎゃばら)も『孔雀王呪経』を訳しました。唐代には義浄(ぎじょう)や不空(ふくう)も訳しました。
日本では、宝亀(ほうき)11年(780年)の『西大寺資財流記帳』に、孔雀明王の像の記録があります。これが記録に残る最初の例とされます。空海以降、真言宗で特に重んじられました。
③ 姿・持物の特徴
- 顔:明王なのに、怒りの顔ではありません。慈悲(じひ)をあらわす、穏やかな菩薩の顔です。
- 体:多くは一つの顔に4本の手(一面四臂〈いちめんしひ〉)。体は白色とされます。
- 乗り物:金色の孔雀の背に乗り、蓮華(れんげ)の上に座ります。
- 持ち物:開いた蓮華、倶縁果(ぐえんか=ミカンの仲間の実)、吉祥果(きちじょうか=ザクロとされる実)、孔雀の尾羽です。
3つの顔に6本の手(三面六臂)の姿もあります。なんと、京都・仁和寺(にんなじ)に伝わる中国・宋代の絵(国宝)がその例です。
03. 孔雀明王のご利益 ― 毒・災い・病を除き、雨を呼ぶ
🩺 病気平癒・延命
🌧 雨乞い(祈雨)
🤰 安産
🛡 鎮護国家(ちんごこっか=国を守る)
孔雀は、毒蛇や毒虫を食べても平気な鳥です。そこから、孔雀明王を祈ると、あらゆる害毒が除かれると信じられました。のちには、人の心の三毒(さんどく=むさぼり・怒り・おろかさ)を食べてくれる、という解釈も広まりました。
孔雀明王を本尊とする密教の祈りを「孔雀経法(くじゃくきょうほう)」といいます。10世紀には、雨乞いの祈りとして行われました。11世紀には、天変(てんぺん=空の異変)を消し、病を除き、命を延ばし、安産を願う祈りとして、貴族の間で盛んになりました。孔雀には、雨を予知する力があるとも考えられました。
こんな人におすすめ
- 病気や心配ごとなど、体や暮らしの「毒」を取り除きたい人
- 出産をひかえ、母子の無事を祈りたい人
- イライラやねたみなど、心の毒に悩んでいる人
ご利益の根拠:不空訳の『仏母大孔雀明王経』は、この大陀羅尼(だいだらに)を唱えると、蛇の毒などあらゆる毒の災いを滅し、安らかになると説きます(日本大百科全書)。
04. 孔雀明王の関連する仏様
孔雀明王は、胎蔵曼荼羅(胎蔵現図曼荼羅)では蘇悉地院に描かれます(精選版日本国語大辞典)。不動明王などの明王が並ぶ持明院(じみょういん)とは、別の場所です。曼荼羅の中では、2本の手で、孔雀に乗らない姿で描かれるとされます(JAANUS)。
なお、神仏習合で孔雀明王と結びつけられた日本の神は、特に知られていません。
ほかの明王たちのくわしい話は、五大明王や愛染明王の記事で紹介しています。
05. 孔雀明王をまつる主な寺院・会える場所
- 金剛峯寺(高野山霊宝館/和歌山県高野町):快慶(かいけい)作の孔雀明王坐像(重要文化財)があります。正治(しょうじ)2年(1200年)に落慶した高野山の孔雀堂の本尊です(インターネットミュージアムの展覧会レポート)。彫刻の孔雀明王の代表作とされます。展示の時期は霊宝館の案内で確認してください。
- 仁和寺(京都市右京区):中国・宋代の孔雀明王像(国宝)が伝わります。三面六臂の姿です。北宋の作とも南宋の作ともいわれます(Wikipedia/世界大百科事典)。
- 東京国立博物館(東京都台東区):平安時代・12世紀の絹本著色孔雀明王像(国宝)を所蔵します。縦147.9cmの大きな絵で、細く切った金箔(截金〈きりかね〉)の文様が見事です(東京文化財研究所の解説)。展示は期間限定です。
- 安楽寿院・智積院・松尾寺・法隆寺・醍醐寺など:孔雀明王の絵(重要文化財とされます)が伝わります(Wikipedia)。安楽寿院・智積院・松尾寺の絵は正面を向いています。しかし法隆寺の絵は、ななめ左を向いた姿です(世界大百科事典)。
- 正暦寺(しょうりゃくじ/奈良市):鎌倉時代の孔雀明王の彫像があるとされます(Wikipedia「孔雀明王」)。文化財の指定や公開の状況は確認できませんでした。くわしくは寺に確認してください。
06. 孔雀明王の見分け方ガイド ― 孔雀と尾羽とやさしい顔
✅ 孔雀明王かどうか、ここをチェック!
- 孔雀に乗っている:いちばんの目印です。羽を大きく広げた孔雀が台座になっています。
- 手に孔雀の尾羽:長い羽を束ねて持っています。
- 顔がやさしい:明王なのに、怒りの顔ではありません。
- 手は4本が多い:蓮華と果物と孔雀の羽を持ちます。
似ている仏様とのちがい
07. 孔雀明王の物語 ― 黒い蛇にかまれた僧と、金色の孔雀王
お釈迦さまが、舎衛城(しゃえじょう)の祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)にいたころのことです。
出家したばかりの若い僧・莎底(さてい/スヴァーティ)がいました。莎底は、仲間のために薪を割り、お風呂をわかす仕事をしていました。
そのときです。くさった木の穴から、大きな黒い蛇がはい出してきました。蛇は莎底の右足の親指にかみつきます。毒はたちまち全身に回りました。莎底は地面に倒れ、口から泡をふき、目は白目をむいてしまいました。
それを見た阿難(あなん)は、急いでお釈迦さまのもとへ走ります。「世尊(せそん)、莎底が毒にやられ、ひどく苦しんでいます。どうか救ってください」。世尊とは、お釈迦さまを敬う呼び名です。
お釈迦さまは答えました。「私には、摩訶摩瑜利(まかまゆり)仏母明王の大陀羅尼がある。あらゆる毒と、恐れと、災いを消す力をもつ。これを持って、莎底を守りなさい」。
そしてお釈迦さまは、ある昔話をはじめます。ヒマラヤ(雪山〈せっせん〉)の南に、金色の孔雀の王が住んでいました。孔雀王は毎朝この陀羅尼を唱え、昼を無事に過ごしました。夕方にも唱え、夜を無事に過ごしました。
ところがある日、孔雀王は唱えるのを忘れてしまいます。たくさんの雌の孔雀たちと、林から林、山から山へと遊びに夢中になり、気がゆるんでいたのです。そして山の穴に入ったところを、待ちぶせていた猟師の網に捕らえられてしまいました。
縛られた孔雀王は、はっと我に返ります。そして陀羅尼を唱えました。すると、縄は自然にほどけ、孔雀王は仲間とともに無事にすみかへ帰ることができたのです。
お釈迦さまは言いました。「その金色の孔雀王こそ、昔の私なのだ」と。
08. 孔雀明王のまとめと関連記事
この記事でわかったこと
- 孔雀明王は、毒蛇を食べる孔雀を神格化した仏様。毒や災い、病を除くとされる
- 経典では、蛇にかまれた僧・莎底を救う陀羅尼として説かれ、お釈迦さまの前世の孔雀王の物語が語られる
- 日本では孔雀経法の本尊として、雨乞いや病気平癒、安産の祈りに重んじられた
博物館や霊宝館で孔雀明王に出会ったら、怒らない明王の、やさしい顔をじっくり見てみてください。
09. ゆる仏様トーク ― 孔雀明王編
孔雀明王は、今でいえば「どんな毒にも効く、万能の解毒剤」です。しかも、毒を食べても平気で、羽はますます美しい。苦いものを飲みこんで、きれいに笑っていられる、たのもしいお母さんのような存在です。
毎朝毎晩、欠かさず陀羅尼を唱えていた金色の孔雀王。なのに、仲間と遊ぶのが楽しくて、うっかり忘れた日に網にかかってしまいます。毎日欠かさず続けることのむずかしさは、お釈迦さまの前世でも同じだったようです。──そう、悟りへの道も、ときどき寄り道をしたのです。
※経典の言葉ではなく、孔雀明王の姿と「10」の考察をもとにイメージしたセリフです。
10. 孔雀明王の謎 ― なぜ「明王」なのに怒った顔をしていないのか
① 「明王」の「明」は、サンスクリット語のヴィディヤー(vidyā)の訳です。密教では、仏が説いた真言・呪文を指します。明王とは「呪文の王者」という意味です(Wikipedia「明王」)。
② 孔雀明王の梵名は、マハーマーユーリー・ヴィディヤーラージュニーです(世界大百科事典ほか)。後半のヴィディヤーラージュニーは、「明(呪文)の女王」という意味になります。孔雀明王は女性の尊格で、本来は「明王」より「明妃(みょうひ)」にあたる、という説明もあります(日本美術の用語辞典 JAANUS)。別名も「孔雀仏母」「孔雀王母菩薩」です。
③ 経典の題名は、時代とともに変わりました。4〜5世紀ごろの古い訳の題は、『大金色孔雀王呪経』や『孔雀王呪経』(鳩摩羅什の訳とされる)です。唐の義浄の訳は『大孔雀呪王経』。そして8世紀の不空の訳で、『仏母大孔雀明王経』となります(台湾大学仏学資料の書誌による)。経典の題名に「明王」の語が入るのは、この不空の訳からです。
④ 不動明王の名が経典に初めて現れるのは、709年に訳された『不空羂索神変真言経(ふくうけんじゃくじんぺんしんごんきょう)』とされます(JAANUS)。
⑤ 明王の怒りの顔は、仏の世界をおびやかす煩悩や悪に対する「護法(ごほう=仏の教えを守ること)の怒り」をあらわすと説明されます(Wikipedia「明王」)。
⑥ 「07」の経典の物語では、救いの力は「陀羅尼を唱えること」にあります。孔雀王が網にかかったのは、唱えるのを忘れた日でした(『仏母大孔雀明王経』)。
私が注目したのは、③の題名の移り変わりです。「孔雀王の呪」→「孔雀の呪王」→「孔雀明王」。①のとおり、「明」は呪文のことです。つまり「呪王」も「明王」も、意味の上ではどちらも「呪文の王」なのです。
孔雀明王が怒った顔をしていないのは、「明王」と呼ばれる前から、「呪文の女王」として信仰されてきたからではないでしょうか。明王の名を得たあとも、そのやさしい姿は変わりませんでした。毒をのみこんで美しく生きる孔雀のように、やさしい顔のまま、どんな毒も消してしまう。それが、この明王の強さなのだと思います。


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