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【お寺めぐり】南都七大寺-なぜ奈良の都に7つもの巨大寺院が集まったのか(奈良県奈良市ほか)

南都七大寺 イメージ
奈良時代、平城京とその周辺に集った国家公認の七つの大寺院

この記事でわかること
・なぜ奈良時代の都に、これほど巨大な寺院が7つも集中して建てられたのか
・大仏の東大寺、鬼退治伝説の元興寺、癌封じの大安寺など、7寺それぞれの個性と伝説
・南都七大寺を効率よく巡るためのモデルコース
奈良を旅すると、必ずと言っていいほど耳にする「南都七大寺(なんとしちだいじ)」という言葉。これは奈良時代、平城京とその周辺に建てられ、朝廷の手厚い保護を受けた7つの官立大寺院の総称です。東大寺興福寺元興寺・大安寺・薬師寺・西大寺・法隆寺――この7寺を知ることは、日本仏教のルーツそのものを知ることにつながります。それぞれの寺に眠る伝説や由緒をたどりながら、実際に訪れたくなる南都七大寺の魅力を一気にご紹介します。

01. 南都七大寺とは? 国家が総力を挙げて建てた7つの寺

南都七大寺は、奈良時代に平城京(南都・奈良)およびその周辺に存在し、朝廷の保護を受けた7つの官寺を指す言葉です。初出は平安時代の史書『扶桑略記』とされ、そこには「東大寺・興福寺・元興寺・大安寺・薬師寺・西大寺・法隆寺」の名が記されています。当時の日本は、仏教の力によって国家を守る「鎮護国家」という思想のもと、都に巨大な寺院を次々と建立しました。南都七大寺は、その国家事業の到達点ともいえる存在です。

南都七大寺のうち法隆寺だけは、他の6寺とは離れた斑鳩(いかるが)の地にあります。そのため、法隆寺の代わりに唐招提寺を含める説も存在します。あわせて訪れる価値のある名刹なので、本記事でも唐招提寺を少し紹介します。
寺名 宗派 本尊 見どころ一言
東大寺 華厳宗 盧舎那仏(奈良の大仏) 国家鎮護の象徴、大仏の鼻の穴くぐり
興福寺 法相宗 釈迦如来 怒りながらも美しい阿修羅像
元興寺 華厳宗 智光曼荼羅/弥勒菩薩 「がごぜ」伝説と飛鳥時代の瓦
大安寺 高野山真言宗 十一面観音 癌封じの祈祷と笹酒祭り
薬師寺 法相宗 薬師三尊 「凍れる音楽」東塔
西大寺 真言律宗 釈迦如来 巨大な茶碗を回し飲む「大茶盛」
法隆寺 聖徳宗 釈迦三尊 世界最古の木造建築群

02. 南都七大寺、7つの物語

華厳宗総本山

東大寺 ― 大仏の鼻の穴をくぐると幸せになれる?

聖武天皇が発願し、天平勝宝4年(752年)に大仏開眼供養が行われた、南都七大寺の筆頭格。当時、飢饉や疫病、政争が相次いだ世相を鎮めるため、天皇は「盧舎那仏(るしゃなぶつ)」という巨大な大仏を造立し、国全体の平安を祈願しました。全国から動員された延べ260万人以上ともいわれる人々の労力によって完成した、まさに国家プロジェクトの結晶です。

【言い伝え】大仏の鼻の穴をくぐると無病息災

大仏殿の柱の一本には、大仏の鼻の穴と同じ大きさの穴が開けられています。この穴をくぐり抜けることができると、無病息災のご利益があると伝えられ、多くの参拝者、特に子どもたちに人気の体験スポットになっています。

→ 詳しくはこちら:【お寺めぐり】東大寺

法相宗大本山

興福寺 ― なぜ「怒りの仏」阿修羅は、あれほど美しいのか

藤原氏の氏寺として発展した興福寺は、天智8年(669年)に山階寺として始まり、平城京遷都にともなって現在の場所に移されました。境内にそびえる五重塔は、日本で2番目に高い木造五重塔として知られています。

【見どころ】怒りをたたえた美少年、阿修羅像

興福寺の宝物である阿修羅像は、本来は「戦いの神」として恐ろしい姿で表されることの多い仏ですが、興福寺の像は三面六臂の繊細な少年のような姿をしています。その憂いを帯びた表情は、見る者の心を強く惹きつけ、日本で最も有名な仏像の一つに数えられています。

→ 詳しくはこちら:【お寺めぐり】興福寺

華厳宗

元興寺 ― 「がごぜ」という妖怪の名前は、この寺から生まれた

元興寺の起源は、日本最初の本格的仏教寺院である法興寺(飛鳥寺)にさかのぼります。平城京遷都にともなってこの地に移築され、「元興寺」と名を改めました。境内の屋根には、飛鳥時代に作られた瓦が今も一部使われており、1300年以上前の姿を今に伝えています。

【伝説】鬼を退治した雷の申し子

かつて元興寺の鐘楼には、人々を怖がらせる鬼が住みついていたと伝えられています。ある時、雷の申し子である怪力の童子がこの鬼と戦い、その髪をつかんで退治したという説話が残っています。この鬼は「元興神(がごぜ)」と呼ばれ、後に「がごぜ」「がごじ」という言葉が、日本各地で子どもを戒める妖怪の名として広まりました。今も使われる「がごぜが来るぞ」という言い回しの発祥が、この寺にあるのです。

→ 詳しくはこちら:【お寺めぐり】元興寺

高野山真言宗

大安寺 ― 竹林に囲まれた、癌封じの祈りの寺

大安寺の起源は、聖徳太子が建てたと伝わる「熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)」にさかのぼるとされます。その後、百済大寺・高市大寺・大官大寺と名を変えながら発展し、平城京遷都にともなって現在の「大安寺」となりました。奈良時代から平安時代前半にかけては、東大寺や興福寺と並び称されるほどの大寺院でした。

【現在のご利益】癌封じの笹酒祭り

現在の大安寺は「癌封じの寺」として広く知られています。本尊の十一面観音立像に祈願する信仰が篤く、毎年1月23日には「光仁会 癌封じ笹酒祭り」、6月23日には「竹供養と癌封じ笹酒夏祭り」が開催され、全国から祈願に訪れる参拝者で賑わいます。参道を包む美しい竹林も、大安寺ならではの見どころです。

大安寺は南都七大寺の中でも比較的知名度が控えめですが、癌封じ祈願と美しい竹林という、他の6寺にはない独自の魅力を持つ寺院です。
法相宗大本山

薬師寺 ― 天武天皇が、皇后の病を癒すために建てた寺

薬師寺は天武天皇9年(680年)、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈願して発願した寺院です。しかし天武天皇自身は寺の完成を見ることなく崩御し、事業を引き継いだ持統天皇によって本尊の開眼が行われました。夫が妻のために願い、妻がその願いを完成させたという、夫婦の物語が今に伝えられています。

【評価】「凍れる音楽」と称された東塔

薬師寺の東塔は、その均整の取れた美しい姿から、明治時代に来日した美術学者アーネスト・フェノロサによって「凍れる音楽」と絶賛されたと伝えられています。一見六重に見える屋根の造形が生み出すリズミカルな美しさは、白鳳時代の建築技術の粋を今に伝えています。

→ 詳しくはこちら:【お寺めぐり】薬師寺

真言律宗総本山

西大寺 ― 女帝が国難平定を祈願して建てた寺

西大寺は天平神護元年(765年)、孝謙上皇が重祚(再び即位)した称徳天皇の発願によって創建されました。恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱という国家的な危機の平定を祈願し、金銅四天王像の造立を誓ったことがそのきっかけと伝えられています。奈良時代には壮大な伽藍を誇りましたが、平安時代に一時衰退し、鎌倉時代に僧・叡尊(えいそん)によって復興されました。

【体験】直径30cmの茶碗で回し飲む「大茶盛」

西大寺を復興した叡尊上人が、鎮守社への献茶の余りを民衆に振る舞ったことに始まるとされる「大茶盛(おおちゃもり)」。直径30cmを超える巨大な茶碗を、参加者同士で支え合いながら回し飲むという、他の寺院では見られないユニークな行事として今も続けられています。

大茶盛は毎年決まった時期に体験できる行事です。訪問前に公式情報で開催時期を確認することをおすすめします。
聖徳宗総本山

法隆寺 ― 世界最古の木造建築群が語る、聖徳太子の祈り

南都七大寺の中で唯一、奈良の中心部から離れた斑鳩の地にある法隆寺。聖徳太子ゆかりの寺院として知られ、現存する西院伽藍は、世界最古の木造建築群として世界遺産にも登録されています。かつて焼失した創建当初の伽藍(若草伽藍)の跡が発掘され、現在の伽藍は後に再建されたものであることも分かっています。

【見どころ】太子の魂が宿るとされる夢殿

法隆寺東院の中心をなす夢殿には、聖徳太子の等身像と伝えられる秘仏「救世観音(ぐぜかんのん)」が安置されています。長らく白布に包まれ、誰も目にすることのできない秘仏として守られてきたその存在は、法隆寺の数ある伝説の中でも特に神秘的なものとして語り継がれています。

→ 詳しくはこちら:【お寺めぐり】法隆寺(斑鳩寺)

03. 番外編:唐招提寺も一緒に巡りたい

律宗総本山

唐招提寺 ― 5度の失敗と失明を乗り越えた、鑑真和上の寺

南都七大寺には数えられませんが、法隆寺の代わりにこの寺を挙げる説もあるほど重要な古刹が、薬師寺のすぐ近くにある唐招提寺です。唐の高僧・鑑真和上が、日本への渡航に5度も失敗し、その過程で失明しながらも6度目でついに来日を果たし、開いた寺院として知られています。その不屈の物語は、南都七大寺の伝説と並べても引けを取らない感動を今に伝えています。

→ 詳しくはこちら:【お寺めぐり】唐招提寺

04. 南都七大寺、効率よく巡るモデルコース

南都七大寺のうち、東大寺・興福寺・元興寺・西大寺は奈良市中心部に、薬師寺・唐招提寺は西ノ京エリアに、大安寺はそのやや南に、そして法隆寺だけは離れた斑鳩の地に位置しています。効率よく巡るなら、エリアごとに2〜3日に分けるのがおすすめです。

  1. 1日目:奈良公園エリア ― 東大寺 → 興福寺 → 元興寺(徒歩・バスで移動可能、大安寺にも足を延ばせる)
  2. 2日目:西ノ京エリア ― 薬師寺 → 唐招提寺 → 西大寺(近鉄橿原線・京都線で移動)
  3. 3日目:斑鳩エリア ― 法隆寺(JR大和路線または法隆寺行きバスで移動、時間に余裕を持って)
奈良市内は近鉄電車・JR・路線バスが充実しており、レンタサイクルを活用すると東大寺・興福寺・元興寺周辺は徒歩+自転車で効率よく回れます。

05. まとめ

  • 南都七大寺は、奈良時代に国家の手で建立された東大寺・興福寺・元興寺・大安寺・薬師寺・西大寺・法隆寺の7寺の総称である
  • それぞれの寺に、大仏開眼、鬼退治伝説、癌封じ信仰、夫婦の祈り、女帝の願い、太子の秘仏など、個性豊かな物語が眠っている
  • 奈良市中心部・西ノ京・斑鳩の3エリアに分かれているため、2〜3日かけて巡るのがおすすめである

南都七大寺を巡ることは、単なる観光ではなく、1300年前の日本人が何を祈り、何を恐れ、何に感動していたのかをたどる旅でもあります。ぜひ、それぞれの寺の物語を胸に、奈良の古刹を巡ってみてください。

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