羅刹(らせつ)は、人を食うと恐れられたインドの鬼神です。仏教では仏法の守り手となり、十二天の「羅刹天」として西南を守ります。
この記事でわかること
- 鬼の「羅刹」と、守護神の「羅刹天」の関係
- 商人たちが流れ着き、観音の白馬で逃げた「羅刹国」の物語
- 羅刹天が守る西南が「裏鬼門」と重なる謎
こわい鬼が、なぜ守る側に回ったのでしょうか。
01. 羅刹・羅刹天の基本情報
| 分類 | 羅刹:鬼神(夜叉と並ぶ種族の総称)/羅刹天:天部(てんぶ=仏教を守る神々)、十二天の一尊 |
| 読み方 | らせつ/らせつてん |
| 梵名(ぼんみょう) | ラークシャサ(Rākṣasa)。羅刹天はニルリティ(Nirṛti)とも |
| 漢訳(かんやく)名・別名 | 羅刹鬼・速疾鬼(そくしつき=足の速い鬼)・可畏(かい=恐るべきもの)。羅刹天は涅哩底王(ねいりちおう)とも |
| 男女の呼び名 | 男は羅刹娑(らせつしゃ)、女は羅刹女(らせつにょ)など |
| 守る方角 | 西南(十二天の羅刹天として) |
| 主(あるじ) | 北を守る毘沙門天(多聞天)。夜叉とともに仕えるとされる |
| 種子字(しゅじ) | nṛ(ニリ)とされる |
| 真言 | 確認できる資料では定まったものが見当たらないため、本記事では省略 |
| ご縁日 | 羅刹天だけの縁日は、確認できる資料では定められていない |
02. 羅刹とは? ― 人を食う鬼が、西南を守る羅刹天になるまで
① 一言まとめ
羅刹は、インドで人を惑わせて食べると恐れられた鬼神です。仏教では仏法を守る側に入り、十二天の羅刹天として西南の方角をまかされました。
② 由来・経典上の位置づけ
羅刹のもとは、ヒンドゥー教の鬼神ラークシャサです。夜叉(やしゃ)と同じく、とても古くからいた精霊だと考えられています。
羅刹の王については諸説あります。財宝の神クベーラが王で、南の島ランカーを本拠地にしていたとする説明があります。クベーラは、仏教の毘沙門天にあたる神です。
ただし一般には、クベーラは夜叉の王とされます。羅刹の王としては、クベーラの異母弟ラーヴァナの名がよく挙げられます。叙事詩『ラーマーヤナ』で、王子ラーマに退治される悪役です。
仏教に入ると、羅刹は夜叉とともに毘沙門天の家来になり、仏法を守る役目を負いました。密教の十二天では、「羅刹天」として西南を守ります。手にした剣で、煩悩(ぼんのう=心の迷い)を断つとされます。
羅刹天のもう一つの梵名ニルリティは、インドの古い聖典では死や衰えをつかさどる女神で、のちに男神ともされました。羅刹天の「西南」は、このニルリティから受けつがれた方角です(「10」でくわしく考えます)。
一方で、中国や日本では、羅刹の「こわさ」も強く残りました。地獄で亡者を責める獄卒(ごくそつ)と同じものとも見られたのです。源信(げんしん)の『往生要集』(おうじょうようしゅう)にも、地獄の怪物として登場します。
羅刹は、男は醜く、女は美しいといわれます。『法華経』を守る十羅刹女(じゅうらせつにょ)は、この羅刹女たちです。
③ 姿・持物の特徴
羅刹天は、鎧(よろい)を身につけた武将の姿です。右手に剣を持ち、左手で剣印(けんいん=人差し指と中指を立てる形)を結ぶ姿で表されます。
全身が黒く、髪の毛だけが赤い鬼の姿とも説明されます。日本では、仏像よりも十二天の絵画の中で出会うことが多い尊です。
03. 羅刹天のご利益 ― 煩悩を断ち、災いをはらう
🧭 西南の方位守護
🛡️ 災難よけ
📿 仏法守護
こんな人におすすめ
- 迷いや悪い習慣を、すっぱり断ち切りたい人
- 家の西南(裏鬼門)の方角が気になる人
- 「こわい神様ほど頼もしい」と感じる人
ご利益の根拠:羅刹天は、手にした剣で煩悩を断つとされます。また、十二天の一尊として西南を守ります。
「裏鬼門の守り」は、方角が重なることからの連想です(くわしくは「10」で考えます)。経典に決まったご利益として書かれているわけではありません。羅刹天を単独でまつる有名な寺は、あまり見当たりません。十二天の絵に会ったときに、西南の一尊にも手を合わせてみてください。
04. 羅刹と関連する仏様・神様
05. 羅刹天に会える主な寺院・場所
羅刹天を単独でまつる有名な寺は、確認できる範囲では見当たりません。そこで、十二天の絵の中の羅刹天に会える場所を紹介します。作品のくわしい紹介は、十二天の記事にゆずります。
- 京都国立博物館(京都府京都市)― もとは東寺に伝わった国宝の十二天像(1127年)の中に、羅刹天の一幅があります。羅刹天は一般に、右手に剣を持ち、左手で剣印を結ぶ姿で表されます。実物でその「型」を確かめてみてください。
- 西大寺(さいだいじ/奈良県奈良市)― 日本最古とされる平安時代の十二天像(国宝)が伝わります。現在は国立博物館に預けられ、展覧会で公開されることがあります。
- 福善寺(ふくぜんじ/千葉県匝瑳市〈そうさし〉)― 千葉県指定文化財の十二天像(鎌倉時代末期〜南北朝時代ごろ)が伝わります。県の解説では、修法(しゅほう=祈りの儀式)のときに道場の四周に掛けて方位を守るもので、羅刹天は西南に配置されると説明されています。公開の有無は事前に確かめてください。
06. 羅刹天の見分け方ガイド
※持物や色は、作品によって異なることがあります。案内や解説パネルもあわせて確かめてください。
07. 羅刹の物語コラム ― 五百人の商人と羅刹の島
平安時代の説話集『今昔物語集』(こんじゃくものがたりしゅう)の巻五第一話に、羅刹国の話があります。もとは、唐の僧玄奘(げんじょう)の『大唐西域記』にも見える、セイロン島(いまのスリランカ)の建国伝説です。
昔、天竺(てんじく=インド)の僧迦羅(そうぎゃら)が、500人の商人と宝を求めて海に出ました。ところが逆風で船は流され、見知らぬ大きな島にたどり着きます。
そこへ、美しい女性たちが現れて一行を館に迎えました。商人たちはそれぞれ妻を得て、楽しく暮らし始めます。
ところが、女性たちは昼になると長く眠ります。ふしぎに思った僧迦羅が館を調べると、固く閉ざされた部屋が見つかりました。中には、死んだ人や弱りきった人が閉じこめられていたのです。生き残りの男は言いました。「ここの女は皆、羅刹女だ。前に来た男たちは、みな食べられた」。
僧迦羅は仲間に知らせ、皆で浜へ逃げます。そして観音菩薩を念じると、海の向こうから大きな白い馬が現れました。一行はその背に乗り、海を渡って逃げ出します。
ところが一人だけ、妻の美しい顔を思い出して未練をもち、海に落ちてしまいました。待ちかまえていた羅刹女たちに、食べられてしまったのです。
話はまだ続きます。のちに僧迦羅の元の妻が追ってきて、国王を夢中にさせ、ついに王を食べてしまいます。そこで僧迦羅は2万の軍を率いて羅刹国へ攻めこみ、羅刹たちを討ちました。僧迦羅はその国の王となり、国は「僧迦羅国」と呼ばれるようになったと語られます。
08. 羅刹のまとめと関連記事
この記事でわかったこと
- 羅刹はインドの人を食う鬼神。仏教では毘沙門天の家来、そして十二天の羅刹天になった
- 羅刹天は西南を守り、剣で煩悩を断つとされる
- 『今昔物語集』には、商人たちが羅刹女の島に流れ着き、観音の白馬で逃げ出す話がある
十二天の絵に出会ったら、西南に立つ黒い武将を探してみてください。
09. ゆる仏様トーク ― 羅刹編
羅刹天は、今でいえば「元・悪名高いチームの選手が、守備の名手としてスカウトされた」ような存在です。こわさを知っているからこそ、西南の守りをまかされたのかもしれません。
美しい女性たちの島だと思ったら、全員が羅刹女だった――。商人たちにとっては、悪夢のような展開です。──そう、見た目のよさに油断してはいけないという教えは、千年以上前から語られていたのです。
※経典の言葉ではなく、剣で煩悩を断つという羅刹天をイメージしたセリフです。


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